第4話 追放したパーティリーダーの必死な自己アピール
ギランだけじゃない。
ロウ、リップ、ミレイユと、俺が所属していたパーティメンバーが勢揃いしていた。
泥に汚れた服や、切り傷だらけの身体。
どうやら、もうダンジョンに挑んだらしい。
見た所、新規メンバーはいないようだ。
あまり気にしてもしょうがないとは思っていたが、俺はメンバー募集の掲示板を実は確認していた。
だけど、そこにはギラン達の募集用紙は追加していなかった。
一週間かけても新規メンバーが立候補しない時だってあるのに、勧誘は進んでいるのか心配だった。
案の定というか。
少ないパーティメンバーでダンジョンに挑戦したので、普段以上にズタボロだ。
ギランはまだ他人をこき下ろすだけの元気はあるようだが、後ろにいるメンバーは話す気力もあまりないようだった。
一人メンバーが欠けたとはいえ、まだ一日しか経っていない。
まさか高難易度のダンジョンに、無謀に挑戦したわけじゃないんだろうか。
みんな、あまりにも憔悴しきっている。
「大丈夫か? ギラン」
「はあ? お前如きが俺の心配か? それよりもお前の身の振り方を考えろよ!! お前はソロなんだろ!? お前こそ大丈夫か? 味方の後ろにいるだけの腰抜けがっ!!」
こ、怖いんですけど。
藪蛇だったのか、眼が血走っている。
「俺は大丈夫、というか、もう、大丈夫とか大丈夫じゃないとか関係ないな。実は冒険者を引退しようと思ってる」
「は? そりゃいい!! お前みたいなカスは元々冒険者失格なんだよ!! 散々俺達パーティに苦労かけやがって!!」
うーん。
どんどん元気を取り戻してくるな。
ギランは、他人の悪口を言っている時だけ輝いている気がする。
こんなパンパンパン間髪入れずに貶める言葉が出てくるのって凄いな。
ある意味尊敬できるんだけど。
見下されるのに慣れていた俺は、最早腹立つこともない。
ギラン達と離れることができたので、心が軽くなったからだろうか。
だが、傍から見れば不愉快だったようだ。
「あなた達、何を言っていますの?」
眼の据わったアリアが間に入ってきた。
いつも笑みを絶やさないアリアが真顔になっている。
ベルと争っていた時とは別人だ。
喧嘩するほど仲がいいというが、相手を信頼しているからこそ言い合えている関係で親友で戦友だと俺は思っている。
二人はきっと認めないだろうけど。
だけど、今アリアはキレそうになっている。
周りも静かになった。
だけど、ギランはまるで態度を変えない。
飄々と話し出す。
「これはこれは。お優しいSランク冒険者のアリアさんじゃないですか。あー、もういいんですよ、そいつのことを庇わなくても。そいつは俺達『ドラゴンクロー』パーティから抜けたんだから」
「……申し訳ありませんが、どういう意味でしょう」
「だから、アリアさん、いつもそのクズを勧誘してましたけど、それってただの同情ですよね? でも、安心してください。そいつはもう俺達パーティの一員じゃないんで本音で語っていいんですよ。俺達に期待してくれているのは知ってますから、もう気遣いなんていらないんですよ」
「期待……?」
会話が跳ねないせいで、どうやら何かを察したらしい。
ギランはこっそりと視線を動かす。
ギャラリーが沢山いる中で、影響力のあるSランク冒険者に不当な扱いをされたらどうなるか。
自分達の保身について考えを巡らせているらしい。
上擦った声で早口になる。
「ひょ、評価しているって言ってくれたじゃないですか!! この前!! Bランクパーティになるのも目前だって!! そしたら一緒に高難易度ダンジョンに一時的にでもパーティとして参加できるってっ!!」
「それは、レイリーがいたからですわ」
バッサリ、と一言で斬る。
ギランは言葉を詰まらせた。
確かに言っていたな。
アリアは、俺達『ドラゴンクロー』は、CランクパーティからBランクパーティになるのは時間の問題とか何とか。
あの時機嫌が良かったギランの顔は憶えている。
「レイリーをクビにしたそうですわね。レイリーのいないあなた達パーティの適性ランクは、良くてDランクぐらいですわね。なんて浅はかなんですか、あなた達は。逆にこれからは、遠慮なくあなた達には文句が言えそうですわね」
ギランはどんどんヒートアップしていく。
「Dって、そんなはずない!! 俺らは全員Cランクなんです!! そこのFランク冒険者とは違って!!」
「……あなた達がそこまでランクが上がったのは、全部レイリーのお陰ですわよ。レイリーは、ダンジョンのマッピング作業、戦闘時における後方支援、あなた達全員分の装備品の管理や、冒険者ギルドへの報告資料作り、さらには帳簿管理、寝床や食事の準備までやっていましたわ」
目頭が熱くなってきた。
アリアはいつも適当な冗談ばかり言っていた。
でも、こんな時は本気で怒ってくれるんだ。
しかも、細かい部分もしっかり見ている。
細かすぎて、なんでそんなことまで見ているのかは気になる。
同じパーティメンバーじゃないと把握できないことまで知っている。
背中にうすら寒いものを感じたけど、無視しよう。
せっかくいいことを言ってくれているんだし。
「そんなの誰だってできるじゃないですか!!」
「……その誰でもできることを、何故分担しなかったのですか? 彼は毎日文句も言わずに徹夜でやっていたことを私は知っています。一度訊いたことがあります。どうしてそこまでできるのかと」
思い出せない。
何を言ったんだろう、俺?
「『仲間のためだから、当たり前ですよ』――彼はそう言っていたのですよ。少しはレイリーの努力を認めて上げたらどうです!!」
怒鳴ったアリアに胸が締め付けられる。
言ったような気もする。
ちゃんと記憶に残っていない。
それは、俺にとっては意識もしていない当たり前のことだったからだ。
仲間の為に努力するのは普通なんだ。
ダンジョン探索は、命が懸っているんだ。
だから俺だって一生懸命やった。
認められなくても、毎日ずっと。
それを認めてくれたことが、何より嬉しかった。
「……もっとも、レイリーがやっていたのは、誰でもできることじゃありませんけど」
突き放すようなアリアの言葉が響いたのか、ギランは危なげな足取りになる。
後ろ手でテーブルにつき、後ろを振り返る。
仲間達は気まずそうに下を向き援護してくれない。
周りの冒険者達はいい顔をしていない。
どうやらギランに助け船を出してくれる奴がいないと分かると、焦点が定まらないようになる。
「何だよ、これ。ああ、そうか。…………金か?」
髪の毛を搔きむしって苦悩して出た結論。
それは、金だった。
「金でも握らせたんだろ? ただでさえ金ないのに、印象操作の為に金でも積んだのか。はー、そういう最悪な発想に行き着くなんて、本当お前って頭悪いよなあ!!」
俺が手放しで褒められるのが納得いかないからといって、買収っていう発想に飛躍するのはおかしい。
ダンジョン探索の疲労で頭が回らないんだろうか。
そもそもアリアの実家は金持ちだ。
賄賂を渡してなびく訳がないことぐらい、少し考えれば分かるだろうに。
しかも金持ちだから、物心ついた時から金銭関係の邪推はあったんじゃないだろうか。
もしかしなくとも、逆鱗に触れてないか?
今では自他共に認める実力派のSランク冒険者だ。
だが駆け出しの時は、お金で冒険者のランクをギルドから買ったんじゃないかって悪評が立った時もあった。
腹に据え変えていることを言われたのだ。
ギランの命が危ない。
「ドタマにきましたわ」
何かが壊れる音がした。
一瞬、アリアがキレた音が、実際に聞こえたんじゃないかって思った。
だが、それはベルさんによるもの。
机を指の力だけで引き千切っていた。
しっかりと指の形に抉れていた。
拳で叩いて机を真っ二つにするより、よほど困難な壊し方をしている。
アリアとは対照的に、静かにキレていた。
いい加減、冒険者ギルドで大騒ぎされるのが嫌だったのかもしれない。
根は真面目な人だからな。
角度的にギランからは見えないから何の反応もしていないが、見えている冒険者は顔面蒼白だ。
普段物腰の柔らかい人が本気でキレた時が、一番怖い。
魔術師といってもSランクぐらいになってくると、素手でCランク冒険者を圧倒できるだけのフィジカルは大体持ってるからな。
ベルさんは、アリアの肩にポン、と手を乗せる。
「まだ酔ってるみたいですね。あなたもレイスのように外に出て酔いを覚ました方がいいと思います」
「……分かりましたわ」
ベルさんが平常運転だったら、アリアも引かなかっただろう。
キレた理由の一つはきっと、戦友が馬鹿にされたからだ。
その気持ちが伝わったので、アリアも溜飲が下がったに違いない。
「ギランさん、本日我が冒険者ギルドにお越しいただいたのは、仕事の達成報告でしょうか? それとも狩ったモンスターの売却でしょうか?」
「……あ、ああ、どっちもだ」
「それではこちらに」
「フン。やった話が通じる奴がいてよかったよ!! じゃあな、Fランク!! 変な空気になったのはお前のせいだからな!!」
ギランは捨て台詞を吐いて、受付まで歩いていった。
周りに大声で自己アピールすることで、自分が正しいことを強調していった。
凄いよな。
あれだけ自分が正しいと思えて、それを口に出すことができるなんて。
俺は自己肯定することがあんまりないから、素直に楽観的な思考になれるのは羨ましい。
実際、ギランについていっているパーティメンバーはいるんだから、ギランみたいに自身満々の後ろについていくのが楽だっていう人も、少なからずいるからなー。
「なんだ、戦わないのか。残念だな」
「お前、黙ってろ。もう少しで血の雨が降る所だったぞ」
「えっ、どういうこと?」
「Sランク冒険者が本気になったら、ここにいる冒険者全員巻き添えってことだ」
ぞろぞろと、ギャラリーと化していた冒険者達がはけていく。
そんな中、アリアだけは俺との距離を詰めてきた。
「申し訳ありません。出しゃばった真似をしてしまいましたね」
「い、いいえ。むしろ、ありがたかったです」
アリアが俺にしてくれたことを思い出すと、涙が顎を伝った。
年の割には童顔のせいで、他人に舐められることが多い。
だが、二十歳過ぎて人前で泣くなんて恥ずかしかった。
「な、泣くほど嫌でしたの!?」
「そ、そういうことじゃなくて!! 嬉しかっただけだよ。俺の言いたい事全部言ってくれたから」
この世で一番不幸なのは何なのか。
それは人によるとしか言えない。
お金がない事や、冒険者としての実力がない事とか。
生まれや育ちが悪いとか。
色々あるだろう。
でも敢えて言うなら、それは認められないことだと思う。
誰にも自分の努力や気遣いを認められなかったら辛い。
だから愚痴ったり、他人を貶して自分を高めることに一生を捧げる人だっている。
ギランのような自己アピール力が強い人間はいる。
だけど、俺はそれができない。
口下手で自分に自信がないから。
だから不幸なままだ。
でも、分かってくれる人はいるんだ。
「それに、何も言えないのが申し訳なかったから」
でも、それはアリアの優しさに甘えているだけだ。
本当だったらギランにバシッと言い返して、自分の正しさをぶつけるべきだった。
でも、また話を聴いてくれないと諦めて何もできなかった。
アリアやベルさんに助けてもらってばかりだった。
それがどうしようもなく情けない。
「何も気になさる必要はありません。全部本心ですから」
胸に手を当てて、きっぱりと答える。
確かに、自分の気持ちを素直に述べていた気がする。
嘘を吐くのが苦手なアリアだからこそ、その言葉は響いた。
「ああ、でも、少しでも申し訳ないと思うのなら、条件として私とパーティを組んでもらってもいいですわよ」
「あっ、それは無理です」
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