第3話 冒険者ギルドの受付嬢は現役Sランク冒険者です


「二人ともいい加減にして下さい!!」


 そう叫ぶと女性が杖を振る。

 Sランク冒険者とAランク冒険者二人の頭上に、空間の歪みが発生する。

 歪みは拡がり、やがて穴が開く。

 酔っている二人が上を眺めると、バケツをひっくり返したような水が放出される。


「うわっ!!」

「ブフッ――――ッ!!」


 残念美女は立ち上がり、団長は口に入った水を吐き出しながら椅子から転がり落ちた。

 団長、頭から床にいったけど、大丈夫だろうか?

 首が変な方向に曲がっていた気がするけど。


「だ、団長――――――ッ!!」


 大規模ギルド『千本槍』の団員達が、団長であるレイスに駆け寄る。

 レイスはまだ酔いが冷めないのか、うーんと唸っていて意識が低迷している。

 団員達に肩を担がれ、外の空気を吸わせるために冒険者ギルドから出て行った。

 彼は結局何がしたかったんだろうか。

 とてもAランク冒険者とは思えない体たらくだった。


 そして、誰にも止められなかった諍いの仲裁に入ったのは、二人と同じく上級ランクの冒険者。

 しかも、Sランク冒険者だ。

 途轍もない魔力を身に秘めている。


 彼女は俺と同じ魔術師ではあるが、使うのは召喚魔術という魔法スキルだ。

 空間を支配し、契約した精霊を使役することができる。

 召喚魔術は大量の魔力を消費する為、普通の人間ではまず習得できない。


 だが、エルフ族である彼女は生まれつき、人間の限界を遥かに超えた魔力量を持っている。

 さっきは水の精霊を使役したのだろう。


「大丈夫ですか? レイリーさん。またあの変態ストーカーのせいで大変な目に合いましたね」

「あっ、ありがとうございます、ベルさん」


 縄を解いてくれた。

 これでようやくまともに動ける。


 ベルさんは現役のSランク冒険者でありながら、冒険者ギルドの受付嬢でもある。

 眼鏡をかけている彼女は見た目通り仕事熱心であり、美人で強いこともありギルド内で相当な人気を持っている。


 優しい性格で、高圧的な態度を取ることが多い冒険者達にも、しっかりと対応してくれる。

 

 ただし、例外もいる。

 同じくSランク冒険者である我が儘お嬢様のアリアだ。


「ベ、ベルッ!! 何をしますの!! もう少しでレイリーさんが、私とパーティを組んでくれる予定でしたのに!!」

「そうなんですか? レイリーさん」

「い、いえ。そんな予定は……」

「なっ――」


 ベルさんは勝ち誇ったように胸を張る。


「ほーら。あなたが全部勝手にやってることじゃないですか。もう少しレイリーさんの気持ちを考えたらどうです」


 ベルさんはしゃがみ込んで、俺の手首を優しく触ってくる。


「縄で絞められた所が赤くなって大丈夫ですか? あの怪力ゴリラは手加減を知らないんだから」

「ゴッ、って、だ、誰がゴリラですか!! 誰がっ!! レディに対してそのような口ぶり許しませんことよ!!」


 ゴリラの相手をしていられないとばかりにベルさんは顔を顰めると、こちらに向き直る。


「それより、レイリーさん」

「はい」

「あのパーティから抜けられたんですね。こう言っては何ですけど、私は抜けて良かったと思いますよ」

「そう、ですかね。やっぱり……」

「ええ。ですから――」


 コホン、と溜めると、



「今度は私とパーティを組んでみるというのは、どうでしょう?」



 とんでもない提案をしてきた。


「……えぇ?」

「冒険者ギルドの受付嬢をしているので、ダンジョンや装備の新情報をいくらでも教えられます。自分で言うのも何ですが、ダンジョン攻略にはもってこいの人材だと思いますよ」

「えーと、それは確かにそうですけど……」


 仲裁に来たんですよね、この人。

 レイス団長がいなくなったので、周囲の熱も冷めてたのに。

 なんて蒸し返すことを言うんだ、また。

 ゴリラなんか、拳震わせてますけど。


「あ、あなたはいつもそうやって点数稼ぎして、良い所をだけをかっさらうハイエナのような人ですわね。あなたのような狡猾エルフだけには、レイリーさんを渡すわけにはいきません」

「それはこちらの台詞です。彼を物扱いしてオークションを開くなんて……。あなたのような非常識金髪ストーカーにはレイリーさんに近づいて欲しくありません」


 二人は距離を詰めて対峙する。

 元々仲が悪い二人だ。

 さっきより引っ込みはつかないぞ、これ。


「こ、今度はSランク冒険者同士の決闘だああああっ!!」

「こりゃあ、さっきの人材オークションよりももっと盛り上がるぞ!! お前、どっちに賭ける!!」

「俺達冒険者の天使のベルちゃんに決まってるだろ!! ベルちゃん以外勝たん!!」

「……アリアだろ。あいつの攻撃の速さの前じゃ、誰であろうと何もできないのを知らないのか……あいつにだけは逆らったらダメなんだ……」


 アリアは多方面に迷惑かけているせいか、青ざめているギャラリーもいる。

 一体、あの人は普段何をしているんだ。

 トラウマ抱えている人までいますけど。


 賭けと喧嘩はウラジオの花、という言葉があるぐらいここの冒険者達は血気盛んだ。

 1000ゴルド!! だったら俺は2000ゴルド!! と、どちらが勝つかお金を賭けている。

 どんなことでも大騒ぎにして、酒を飲みたい人達ばかりだ。

 みんなの金をまとめてオッズを計算して盛り上げようとする人もいて、こんな時ばかり結束力が強い。


「何だ、この騒ぎ……」


 周りの熱狂に居心地悪そうに、人垣を抜けてきたパーティがいた。

 その先頭にいたリーダーは俺を視界に入れると、見下すように鼻で笑った。


「何だ、俺達が追い出してやったクズじゃないか」


 みんながバカ騒ぎしてくれたおかげで、落ち込んでいた気持ちを忘れることができていた。

 なのに、今一番会いたくない元パーティリーダーがそこにはいた。


「――ギラン」

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