第十二章 自白(4)

   ***

 

「何故、ここにいる? 待っているようにとあれほど言い置いただろう」

 供を引き連れたまま自ら裏口へ急いで来たらしい恭太郎は、開口一番に叱責した。

 が、秋津も構わず声を上げる。

「十兵衛が捕まったって、本当なんですか」

「……それでここまで来たのか」

「どうなんですか、聞けばかしらまで引っ張られたって言うし、そんな馬鹿な話があるわけ──」

「あの男が火を付けたのに間違いはない。頭のほうは今日にも解放してやれるだろう」

 勿論、非人頭も長屋から火付犯を出した責めは負わねばならないだろう。

 だが、十兵衛のほうは駄目だ、と恭太郎は冷たく言い放つ。

「でも! せめて、十兵衛に会わせて貰えませんか!」

 そのためにここまで来たのだ。

 どんな事情で火付けに走ったにしろ、恩義のある人に変わりはない。

 火付けが本当に十兵衛の仕業だというのなら、直接その理由を聞きたかった。

「……」

「……」

 引き下がる気のない秋津と恭太郎は、互いに暫時睨み合う。

 ややあって、恭太郎は背後に控える男に首を巡らせた。

「ここはもう良い、依包殿への報告を纏めるよう野辺に伝えてくれ」

 それだけを命じて下がらせると、恭太郎は再び秋津の目を捉える。

「私が良いと言うまで出るなと言ったことを忘れたのか。すぐに孝庵のところへ戻れ」

 そして自分のおとないがあるまで待つように、と。

 少し前にも聞いた指図だ。

「十兵衛が自分で言ったんですか、火を付けたって! 一度でいい、会って話をさせて下さい」

「面会を許すわけにはいかない。頼む、大人しく待っていてはくれないか」

「だけど、このままじゃ十兵衛は火炙りにされるんだろ!? それを黙って待ってろって言うのかよ!」

「そうではない! おまえが出て来たところで、状況は何も変わらないんだ!!」

 恭太郎の声が、普段の柔和さを欠く。

 が、それは咄嗟に出た秋津の無礼な物言いを咎めるものではなかった。

「きっとあたしが原因なんだ。あたしが十兵衛を何度も追い返したから──!」

 そうでなければ、あんなところに火を放つ理由は無い。

 取り乱しかけた秋津の肩を、恭太郎は両手で掴む。

「落ち着いてくれ、おまえのせいではない」

 誤解のないように、と前置いて、恭太郎は声を落とした。

「私が、おまえを想っているのは前にも話した通りだ。おまえが十兵衛を庇い、奴のところへ戻ろうとすることも快く思っていない」

「……な、何だよ、急に」

「おまえを想うのと同時に、奴に対して良い感情を持てないことは、言い訳のしようもない」

 真っ向から見詰める恭太郎の目は、一分の揺らぎもなく秋津のそれへと注がれる。

 その後、一つ深い呼吸をし、恭太郎は続ける。

「だが、だからと言って奴を罠に嵌めたり、冤罪で処刑しようというものでは決してない。奴の火付けの理由が何であれ、私は私の役目を果たさねばならないんだ」

「………」

 秋津がどう動こうと、手心を加えることはない。

 そういうことだろう。

 真正面から見合っていた目を、秋津はふと逸らした。

「……わかってくれ。これが私の職務なんだ」

 秋津を追って来た波留が奉行所に辿り着いたのは、それから間もなくのことだった。

 

 

 【第十三章へ続く】 

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