第十二章 自白(3)


   ***

 

「目的は何だ。思い通りにならない秋津を殺すつもりだったか」

 一向に声を出さない十兵衛を挑発するように言えば、即座にその目の色が変わった。

「馬鹿を言え、おれはあいつが御堂にいねえのを確かめて火を付けたんだぞ」

 自白は、秋津の話と一致する。

「そうか。ならば何故火を付けた」

「あんたが目障りだったからだ」

 薄ら笑いを浮かべ、吐き捨てるように十兵衛は言った。

 恭太郎があの場へ通うことが面白くなかったのだろう。

 何となく予想はしていたが、沸々と腹の底に蟠るものが大きくなった気がした。

「秋津は岩屋の中に倒れていたんだぞ。私が駆けつけるのが遅ければ、あのまま死んでいただろう」

 図らずも怒気を孕んだ低い声音が喉を震わせる。

 十兵衛の目が見る間に鋭くなるのを、恭太郎は見逃さなかった。

 今初めて秋津の消息を知ったのだろう。

「……てめぇ、秋津をどこへやった」

「案ずるな、無事に保護している」

「どこへ隠していやがる。なぜすぐに長屋へ知らせなかった!?」

 と、十兵衛は俄に気色ばんだ。

 打たれた縄がなければ掴みかかって来ただろう。

 恭太郎はそれには答えなかった。

「あの娘、月尾藩家中の血筋であるようだな」

「だからどうした、あいつは罪人の子だ。月尾に戻る場所なんかぇんだよ」

 非人頭の言った通り、十兵衛も大筋の事は知っている様子だ。

「あんた一体、あいつをどうするつもりなんだ」

「……どうする、とは?」

 なるほど、自分自身の火刑よりも、秋津のほうが気に掛かっているらしい。

「月尾に帰すつもりなのかって訊いてんだよ」

「………」

 月尾藩へ戻したところで、向こうも扱いに困るに違いなかった。

 そもそもりよがその後どうなったのか、またその生家が存続しているのかすら分かっていない。

「帰すつもりはない。母親は知らんが、秋津は罪人ではないからな。引き渡す義理もない」

 すると十兵衛は安堵か呆れか、軽く鼻で笑った。

「じゃあなんだ、あいつを囲い込んで慰みものにでもしようってのか? あんたのような御身分じゃ、非人の女なんて気が済むまで弄んで、飽きたらいつでも放り出しゃいいしなァ?」

 明らかに馬鹿にした口調だ。

 こうした調べでは、他の罪人もよく悪態をつくものだ。

 それに対する同心や目明しには気性の荒い者が多く、野辺のように温厚な者は珍しいほうだ。

 近頃では恭太郎もこうした応酬には慣れたものだった。

「おまえこそ、馬鹿なことをしたな」

 賤民とはいえ、非人頭の役付きになれば、そこらの下士や軽輩よりもまともな暮らしが出来る。

 牢番や刑場人足といった職は、賤民に固定された、いわば専売特許のようなものだ。

 非番にせっせと内職をせねば日々の暮らしも賄えない下士よりも、恵まれたものだろう。

 源太郎が十兵衛と秋津を我が子のように養い得たのも、そうした役付きの身分にあったからだ。

「それとも元宮家の嫁にでもするか? 出来るわけねえよなァ? あんたにあいつを幸せに出来るとは思えねえ」

「………」

「……元宮様、これはどういう」

 控えていた野辺も流石に顰蹙して恭太郎に声を掛ける。

 が、恭太郎はそれを制した。

「つまりは秋津を連れ戻すためにやった、というわけだな」

 十兵衛の挑発には一切乗らず、淡々と事実のみを確かめるのみに留めたのであった。

 

   ***

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