第十二章 自白(3)
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「目的は何だ。思い通りにならない秋津を殺すつもりだったか」
一向に声を出さない十兵衛を挑発するように言えば、即座にその目の色が変わった。
「馬鹿を言え、おれはあいつが御堂にいねえのを確かめて火を付けたんだぞ」
自白は、秋津の話と一致する。
「そうか。ならば何故火を付けた」
「あんたが目障りだったからだ」
薄ら笑いを浮かべ、吐き捨てるように十兵衛は言った。
恭太郎があの場へ通うことが面白くなかったのだろう。
何となく予想はしていたが、沸々と腹の底に蟠るものが大きくなった気がした。
「秋津は岩屋の中に倒れていたんだぞ。私が駆けつけるのが遅ければ、あのまま死んでいただろう」
図らずも怒気を孕んだ低い声音が喉を震わせる。
十兵衛の目が見る間に鋭くなるのを、恭太郎は見逃さなかった。
今初めて秋津の消息を知ったのだろう。
「……てめぇ、秋津をどこへやった」
「案ずるな、無事に保護している」
「どこへ隠していやがる。なぜすぐに長屋へ知らせなかった!?」
と、十兵衛は俄に気色ばんだ。
打たれた縄がなければ掴みかかって来ただろう。
恭太郎はそれには答えなかった。
「あの娘、月尾藩家中の血筋であるようだな」
「だからどうした、あいつは罪人の子だ。月尾に戻る場所なんか
非人頭の言った通り、十兵衛も大筋の事は知っている様子だ。
「あんた一体、あいつをどうするつもりなんだ」
「……どうする、とは?」
なるほど、自分自身の火刑よりも、秋津のほうが気に掛かっているらしい。
「月尾に帰すつもりなのかって訊いてんだよ」
「………」
月尾藩へ戻したところで、向こうも扱いに困るに違いなかった。
そもそもりよがその後どうなったのか、またその生家が存続しているのかすら分かっていない。
「帰すつもりはない。母親は知らんが、秋津は罪人ではないからな。引き渡す義理もない」
すると十兵衛は安堵か呆れか、軽く鼻で笑った。
「じゃあなんだ、あいつを囲い込んで慰みものにでもしようってのか? あんたのような御身分じゃ、非人の女なんて気が済むまで弄んで、飽きたらいつでも放り出しゃいいしなァ?」
明らかに馬鹿にした口調だ。
こうした調べでは、他の罪人もよく悪態をつくものだ。
それに対する同心や目明しには気性の荒い者が多く、野辺のように温厚な者は珍しいほうだ。
近頃では恭太郎もこうした応酬には慣れたものだった。
「おまえこそ、馬鹿なことをしたな」
賤民とはいえ、非人頭の役付きになれば、そこらの下士や軽輩よりもまともな暮らしが出来る。
牢番や刑場人足といった職は、賤民に固定された、いわば専売特許のようなものだ。
非番にせっせと内職をせねば日々の暮らしも賄えない下士よりも、恵まれたものだろう。
源太郎が十兵衛と秋津を我が子のように養い得たのも、そうした役付きの身分にあったからだ。
「それとも元宮家の嫁にでもするか? 出来るわけねえよなァ? あんたにあいつを幸せに出来るとは思えねえ」
「………」
「……元宮様、これはどういう」
控えていた野辺も流石に顰蹙して恭太郎に声を掛ける。
が、恭太郎はそれを制した。
「つまりは秋津を連れ戻すためにやった、というわけだな」
十兵衛の挑発には一切乗らず、淡々と事実のみを確かめるのみに留めたのであった。
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