第5話
ホテルに戻り、しばらくして鏑木とのディナーから瑞穂が帰ってきた。
那衣が見る限り、デート帰りにも関わらず冷静だった。
鏑木に、「明日も仕事があるから」と今日のところは返されたにも関わらずだ。
瑞穂のことだ。発狂するに違いないと思っていたが、明日も鏑木と会う約束を取り付けたから問題なしと言っていた。
久しぶりに彼氏に会えた喜びと、離れた寂しさとが上手くバランスをとっているのだろうと思うことにした。
那衣はどうしてたのか、と聞かれたので、北海道庁に行って写真を撮ってきたことを伝えた。言うべきか迷ったが、おぎわらから連絡が来て、即返信をしたことも隠さずに伝えた。
相談を持ち掛けておいて、言わないのはフェアじゃない。そう思ってのことだった。
「それでやっぱり返事はないわけね」
「そうだね。おぎわらさんは元々アプリを開く頻度も高くないみたいだから。やっぱり見られないうちに消しておこうかな」
急に恥ずかしくなってきて、那衣はメッセージの削除ボタンに手をかけたとき、「待った」と瑞穂は那衣の動きを制した。
「このまま待ったらどう」
「え」
「おぎわらさんが、那衣に会う気があるのかどうか、はっきりするじゃない」
「そうだけど…」
煮え切らないわね、と瑞穂は呆れ顔をしながら、テレビを付けた。
沖縄では見かけない、チャンネルの中で、ニュースが報道されていた。
『昨年の石狩市花川殺人事件の初公判が、本日行われました。被告荻原真紀(56)は終始俯いた様子ながらも、夫の荻原洋司さんへの犯行を認め、時折り涙を浮かべていました。またこの事件の死体遺棄容疑で、逮捕勾留されている息子の荻原聡之(26)の公判も近日中行われる予定です』
「殺人事件ってどこにでもあるのね。あーいやだ、いやだ」
「…」
「どうしたのよ。そんなに見入って」
黙って殺人事件の報道を凝視する那衣を不思議に思い、瑞穂は声を掛けた。那衣からの反応はない。あっという間に、ニュースは別の話題へと移っていった。
しばらくしてから、那衣は戸惑いながらも、ゆっくり口を開いた。
「ねえ、さっきの映像」
「映像?」
「そう。さっきテレビで流れていた映像、写真と同じなの」
「何の写真よ」
「映像をみても、まだ分からないの」
声を張り上げて、那衣は自身のスマホの写真を見せた。
「おぎわらさんの投稿写真と、いま報道の映像されている事件で流れているのが、同じだって言っているの」
瑞穂はスマホの写真と報道中に流れていた映像とを頭の中で比較した。
「言われてみれば…」
「間違いない、同じものだった。それに、事件の被告とその息子の苗字は、荻原。この、おぎわらさんのことじゃない」
那衣は画面のおぎわらのアカウント名を指さして、興奮気味に瑞穂へ見せる。
「考えすぎよ」と瑞穂は首を横に振ったあと、テレビのチャンネルを変えた。横目でみらりと那衣の表情を確認する。
「そうだね。わかった」と言い退けたが、那衣はスマホの画面から目を離さない。
『絶対に関係がある。1人でも調べるわ』 と、那衣の顔がそう言っていた。
「あー、もう」と、瑞穂は髪をくしゃくしゃにする。
「この件だけは、最後まで乗ってあげるわ。約束したからね」
那衣はスマホから顔を上げる。
「ありがとう」
「ちょっと待ってて、鏑木さんに電話かけるから」
頭の中で疑問符が浮かんだ。
「何で鏑木さんなの」
「何でって、そうか。那衣には教えてなかったっけ」
ベッドから立ち上がり、腰に手を当ててから、瑞穂は自慢げに言った。
「鏑木さん、テレビ局のディレクターやってるのよ。報道部門ではないと思うけど、何か知ってるか聞いてみるから」
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