第2話
メッセージを送ってから2週間が経ったが、おぎわらからの返信はまだ来なかった。
「那衣、早く早く。飛行機の搭乗手続きしないと」
「すぐ行く」
那衣はアフィニティノートを閉じて、キャリーケースを引きずり、瑞穂のいる搭乗カウンターへと向かった。
おぎわらの投稿を見る限りでは、頻繁にアプリの更新は行っていないようだった。2週間に1回ほど、北海道の景色と思われる写真と撮影日が投稿されていたので、もしかしたらそろそろ返信が来るかもしれないと那衣は意識していた。
景色といっても、綺麗な夜景や有名観光地を写したものではなかった。交差点で人々が行き交う姿。目立たない通り、公園、空と雲。見てもらいたいというアピールのかけらも無い画像ばかり。マッチングアプリには相応しくない投稿という印象を持った。
那衣は、職場で集客用のSNS運用を行った経験があった。その際に上司から何度も言われた言葉がある。
魅力を押し付けるな、というものだ。
集客サイドが押しつけた魅力には、観光地を訪れたいとぼんやり思っている潜在顧客には響かない。
顧客がどんな理由で観光地を訪れたいと思っても、観光地は、あらゆる理由の広い受け皿であれ。というのが上司の理念だった。
上司の理念に身近に触れ、那衣のSNS発信のテーマは、サブイベントの魅情報発信が主体となった。
大きなイベントがある際の準備風景や、期間限定で実施される体験教室を細かく発信した。メインイベントへの煽りを高めることや、上司の文句通りに顧客の広いニーズを受け止める用意があることを発信から滲ませることが狙いだった。
マッチングアプリも同様だと那衣は考えていた。プロフィール上で、自己アピールを記載することは大切なことだが、アピールのし過ぎも品が無いと捉えられてしまう。アフィニティノートのような投稿型のSNSでは特に、自分を押し付けないように、さりげなく自分を発信することを心掛けていた。
那衣は、改めて投稿されたおぎわらさんの写真を見返してみるが、この方は何も伝える気が無いのではないかと思い始めていた。
1番奇妙だったのは、紹介文だった。
『私とは絶対に会えません』
この一言のみが掲載されていた。
会えませんとは、どういうことなのか。
考えにふけるまま、那衣は荷物を預けて、搭乗ゲート近くの座席に座り込んだ。
「わからない」
「何がよ」と、横から瑞穂に差し込まれた。
無意識のうちに、言葉にしていたと気付き、慌てて那衣は「何でもない」とかぶりを振った。顔が熱くなっているのが、自分でもわかった。
「最近、変よ。どうしたの」
瑞穂は明らかに怪訝そうな顔を露わにした。
「ちょっと考えごとをね」
「考えごと、ね」
ふいに顔を向けて、瑞穂は口元に笑みを浮かべた。
「那衣ってさ、1人で考えごとして、1人でだいたい決めるよね。それで1人で突っ走る」
「言われてみれば、そうかも」
「あと、変なところで思い切りがいいから心配なんだよね。この前のSNS運用のときも、課長の反対押し切って、運用企画を提案して通しちゃうし」
「あれは思いついたら、もう行動してたから」
「だろうね。那衣は仕事熱心って訳でもないのにね。不思議」
いたずらに口元を緩ませてから、砂川くんの熱意に負けたよ、と瑞穂はダミ声で課長の真似をしてきた。
「茶化さないでよ。恥ずかしい」
眉元をきゅっと締めて、那衣は瑞穂の顔を少し下から覗き込む。反対に瑞穂も、ずっと那衣の方を向いてくれていたのだと気づいた。
「北海道来てくれるしさ、大サービスよ。今度ひとつだけ面倒な相談でも、最後まで乗ってあげる。お礼代わりにね」
「ひとつだけなの」
「そ、ひとつだけ」
「ケチね。私は彼氏出来る度に、相談乗ってたのに、2年で4回も」
「それはあたしがモテるからしょうがないのよ」
「性格わる」
「うっさい」
瑞穂から軽く小突かれる。
空気を軽くして遠回しに気を遣われていることが分かった。
「別に悩みとかそんなのじゃないし」
「そう」
視線を前に戻して、瑞穂は
「鏑木さんに連絡しなくちゃ」
と携帯を取り出していた。
搭乗のアナウンスが流れて来た。
そろそろね、と那衣は立ち上がり搭乗ゲートへと足を向けるが、瑞穂はまだ座ったままだ。
「何してるの。置いてくよ」
振り向いて、瑞穂に声を掛ける。
もうちょっとだけ、と瑞穂は手で待ったとジェスチャーしていた。鏑木へ送る文章に悩んでいるようだった。
ため息を吐いて、那衣は携帯を取り出す。宛先は瑞穂。一言だけ書いて送信する。
「やっぱりなんかあるんじゃない」
にやにやしながら、瑞穂はすっ飛んできた。
「人生経験豊富なあたしに話してみ、何でも聞くから」
瑞穂のにやけ面は緩み切っていた。那衣から『相談があるんだけど』と試しに送ってみたのだ。効果はあったようだ。
「それでそれで、何があったのよ」
食い気味に瑞穂が訊ねてくる。思えば那衣から相談するのは初めてのことだった。
「飛行機乗ってからね」と瑞穂をあしらい、那衣は搭乗ゲートへと歩き出した。
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