沖縄と北海道でマッチしたけど、絶対に会えない

畔侑士

第1話

ピコン。と通知音が鳴った。

 夜の0時過ぎにお風呂上がり、電気を消した暗い部屋のなかで、通知に反応した携帯の画面が光っていた。

携帯を手に取り、画面を確認すれば最近登録したマッチングアプリから相手とのマッチ提案を知らせる内容だった。

 マッチングアプリ『アフィニティノート』

 先々月リリースを迎えた新規アプリであり、累計DL数はや10万を突破している。

 大きな特徴としては、相手の画像やプロフィールを見て、自分のなかで良し悪しを決める従来のマッチングアプリとは大きく異なる点にある。短文投稿のSNSを基本とし、AIが投稿内容の分析を行う。

 分析結果から、その人物の性格を数あるカテゴリの中でパラメーター化し、自分以外の投稿者との親和性を診断する。親和性の高い相手を利用者に提案することで、マッチへと促すという仕組みであった。

 砂川那衣は、ソワソワしながらスマホのロックを解除し、相手を確認した。


 ニックネーム おぎわら

 性別 男性

 年齢 26歳

 血液型 O型

 居住地 北海道

 出身地 北海道

 趣味 写真

 性格 おとなしい、マイペース

 相性 92%


 北海道って沖縄から何km離れているのよ、とアプリをすぐさま閉じた。

 沖縄県那覇市、沖縄では屈指の観光地として知られている有名地だが、観光地から離れてしまえば、がらんどうの通りが目立つことも少なくない。むしろ人通りのない場所を見つけて、職場まで通勤することが那衣の日課となってきた。

 沖縄に興味本位でやって来る観光客を避けてきたからかも知れない。人は多いが、出会いの対象としてはどうしても見る事ができなかった。

 一方で地元、職場の知り合いは那覇市が観光地である事に誇りを持っている人々ばかりだった。那衣のような観光地活性化に興味を抱かない者は、大学進学を機にここを出ていってしまう。那衣にはきっかけがなかった。地元を飛び出して、やりたいことも、なりたい職業も有りはしなかった。

 高校卒業後は、ずるずると流されるように実家近くの観光組合に就職した。那衣の地元に対して、いい意味で冷めた目線が、客観的に地元の良さをアピールすることに繋がっていた。客からの評判は上々であった。

 現状に不満はなかった。なかったが、満足はしていなかった。幸せかと問われると、NOと即答できるほどに。

 小さな抵抗だった。誰かに恋い焦がれたり、誰かに心から会いたいと願えるのが恋愛なのだと。恋愛こそが、ここから抜け出す原動力にたり得るのではないかという考えに至り、マッチングアプリに登録した。だが、北海道は遠すぎる。

 部屋の電気を付ける。濡れた髪を乾かした後、再びスマホを手に取り、ベッドに腰を沈めた。

 沖縄から北海道 時間、と検索してみた。意外にも飛行機で3時間5分で行けることに驚いた。

 ふと手に持った携帯が震える。表示は結城瑞穂、職場の同僚からの着信だった。応答ボタンを押下し、「瑞穂、どうしたの」と電話に出た。


「夜遅くにごめんね、那衣いま大丈夫」

「うん、大丈夫。どうしたの」

「彼氏の話でね。相談したいんだけどね…」

「ああ、鏑木さんね。」

「うん…」


 歯切れが悪い。良いニュースではなさそうだ。


「鏑木さん。来月に北海道へ転勤になるんだって、今日言われたの。あり得ないでしょ。いくらなんでも遠すぎるよ…」


 北海道、と那衣は言葉を反芻する。瑞穂の不平不満は止まらない。


「あたし、前の彼氏とも遠距離が原因で別れてるでしょ。鏑木さんとも、このまま別れちゃうのかな…」


 那衣が職についてから、即ち瑞穂との付き合いも2年ほどになる。瑞穂は誰に対しても分け隔てなく接する人柄の良さと整った顔立ちから、職場では人気がある。

 2年近くいると瑞穂の見えづらい部分も自然と表れてくる。これは本人に言うと怒られるに違いないが、瑞穂はこと恋愛に関して、所謂メンヘラ気質なところがあるように那衣には感じていた。

 瑞穂が言うには、自分の期待と彼氏の行動が伴わないときに、ひどく不安になるらしい。それが那衣からは、普段の人当たりの良さとの大きな落差を覚えていた。

 だが那衣は瑞穂のことが嫌いではなかった。相手をよく見て誠実に接しているからこそ、大きく浮いたり沈んだりできるのだろう。


「ねえ、那衣。聞いてるの」

「ごめん、ぼうっとしてた」

「もう、真剣な話なんだよ。ちゃんと聞いてよね」


 瑞穂の言葉は、それほど怒気を含んだ口調ではなかった。自分の恋愛沙汰の話に巻き込んでいる自覚から申し訳と思う気持ちが瑞穂にもあるからだろうか。


「ごめんってば」

「いいよ。それでさ、どうすればいいと思う。別れるなら傷が浅いうちに別れた方がいいのかな」

「瑞穂は鏑木さんのこと、どれくらい好きなの」

「ちょー好き。ずっと一緒にいたい。表には出さないけどね。恋愛は駆け引きしてなんぼなのよ」

「即答で惚気るのやめてよね」

「あ、ごめん」


 電話越しに瑞穂のおどけた声が垣間見えた。那衣は安堵して、話を戻した。


「そんだけ好きなのに、物理的な距離が離れると気持ちも離れてしまうのは違うんじゃない」

「違わないよ、少なくともあたしの場合はさ。だって逆のことを言えばだよ。こんなにも相手のことを近くに感じているのに、物理的な距離が離れてるからこそ、恋人に会いたいって気持ちが生まれるわけでしょ。その会いたい気持ちを遠距離に大きく阻害されるわけ、わかる」


 瑞穂の言葉が段階的に熱を帯びていく。


「遠距離だからこそ好きな気持ちを維持するのは難しいの。少しの距離ならスパイスだけど、会いたい時にすぐに会えないのは困るのよ」

「結構真面目に考えてるんだね」

「あたしのこと馬鹿にしてない」

「気のせいよ」

「そう、気のせいか」


 瑞穂は柔らかく笑う。釣られて那衣も笑った。その後で、先程調べた検索結果を思い出した。


「ねえ、沖縄から北海道って飛行機で3時間ぐらいで着くみたいだよ。知ってた」


 那衣は調べたばかりの知識をひけらかすように、瑞穂に教えた。

 思ってたより時間かからないのね、と瑞穂は小さく声を漏らした。


「こういうのはどう。鏑木さんが北海道に行ってしまった後で、瑞穂が鏑木さんに会いたいって思ったら実際に会いに行ってみるの。もしかしたら高すぎるハードルと決めつけるのは早計かもと思い直すかもしれないよ」

「それってテストみたいね」

「そういうこと」

「なんか気が引けるなあ」と瑞穂は渋った。

「恋愛は駆け引きしてなんぼ、なんでしょう」


 那衣はいたずらに言葉を返した。中々煮え切らない様子の瑞穂は、少しの沈黙の後、ほそぼそと口を開いた。


「…じゃあ那衣も北海道来てくれる」

「え」

「お願い、着いて来て。やっぱり初めて行く土地だと怖くて…」

「分かった。ちょうど溜まってた有給消化したいと思ってたところだし。旅行と思って着いて行ってあげる」

「やった、じゃあ決まりね。日程決まったらまた連絡するから。それじゃ」と瑞穂は電話を切った。


 北海道、と那衣は同じ単語を口にした。携帯のマッチングアプリを再び起動する。マッチング相手のおぎわらからのマッチ提案を承諾し、メッセージを打った。


『北海道ってどんなところですか』

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