第58話 海すら飛び越える


やはり茶が密輸されていた。


その事実が日の元へ晒されて、俺はすぐに船の方へと目をやる。



彼らは既に動き始めていた。碇を外し、船を海へと出さんとしている。


俺はすぐに乗り込もうと飛び出しかけて、そこではっと気づいた。



遠海の方までを俯瞰すれば、まだ着岸していなかった船たちも次々に引き返していくではないか。


「ディル様、乗り込みますか!? かちこみますか!?」


そこへ、シンディーがお茶の入った袋を俺の方へ向けて振りながら確認してくるから、俺は首を横に振る。


「シンディー、アポロ、二人は港の見回りをしててくれ! まだ協力者がいるかもしれない」

「えっ、じゃあ放っておくんですか?」

「いいや、根本から叩く方が楽だろ」


俺は港から最も遠い位置にいる船を睨みつけた。


おそらく首謀者はあの場所にいる。

それを叩くために大切なのは、陣取り合戦をするような大局観だ。


俺はすぐさま【古代召喚】スキルを利用する。


するとそこに現れた光の球から呼び出てきたのは、白龍だ。


小さな港を考えれば大きすぎる体を悠然と宙に浮かせ、雄大な羽をはためかせる。


「主人よ、なにやらのっぴきならない状況らしいの」

「少なくともゆったりはしてられないな。あの船たちを一挙に止めなきゃいけない」

「あの最奥の船まで主人を運べばよいか?」


それでもまだ不確実だ。

海を逃げるものをもっとも確実に捕らえるならば、海を封じるしかない。


「いいや、白龍の役目は別だよ。ドドリアのところまで行って、あの沖まで船を回すよう伝えてきてくれ。可能な限りの数、船を出すんだ」

「……なるほど。あいわかった。急ごう」


俺は頼もしい味方が飛び去るのを、少しだけ見送る。


ドドリアたち海賊を奮起させるのには彼が最適任だ。

なぜならドドリアたちは、海賊旗に施すほど龍に憧れていた。


きっと、いつも以上の力を引き出してくれる。


さて、任せきりにするのは性に合わない。俺は俺で、奴らの足止めを図らねばなるまい。



さっきまで荷下ろしをしていた船は、すでに岸を離れていた。


「これで奴も乗ってこれない! 早く去るぞ!」


などと、奴らは勝ち誇ったように言う。


けれどその距離はせいぜい20メートル弱だ。

これならば、余裕で届く。


俺は船体の上を高く飛んで、船首に着地する。


「なっ、なんて奴だ…………」


彼らは腰を抜かしたらしい。

勝手に震えてしゃがみこむのをよそに、俺はそこで『錬金生成』を使う。


「うん、こんなもんだな」


港に散らばっていた錆だらけの碇を利用して作り上げたのは、かなり長尺の鉄鎖だ。一端を、港にあった鉄橋に巻きつけてある。


俺は鎖を足元の船首にしっかりと括り付ける。


簡単には外れないことを確認してから、さらに奥にあった船へと飛び移った。


「なっ、なんて奴だ……!?」


まったく同じ反応をされると、苦笑いしかできないが、俺はそこでも船に鎖を括り付け、それを繰り返す。


「く、くそ!! 動きが取れないぞ!?」

「まったく外れないし、切れねぇ!!? なんだ、この鎖!」


すると後方から聞こえてきたのは、焦りに満ちた声だ。


そりゃあそう。

魔力を込めた鎖で港に繋がれているのだから、そう簡単に切れたら困る。



もっとも船首を切り落とされれば逃げることはできるが、それをやるにはかなりの時間と労力がかかる。


時間稼ぎの意味では十分だった。




が、しかし一筋縄ではいかない。

一番奥に控えていた船は、港から見た時にはわからなかったが、手前にあった船より立派な作りをしており、また大きかった。


しかも、どうやら風を起こせる人間が同乗しているらしい。


帆船はかなりの速さで、沖へと出ていく。


流石に跳び移ることもできない距離だ。


「……やりたくなかったけど、仕方ないか」


作戦がないわけではなかった。

ただ気が乗らないのは、奴の扱いはかなり厄介だからだ。


だが、迷ってはいられない。

こうしてる間にも、大船は遠ざかっていく。


「……古代召喚!」


俺は決心して、そいつを召喚する。

その巨体は、さすがの重みだ。船が転覆しそうなほど、大きく揺れる。


後ろでは船員たちが船体にしがみついて、怯えている。


「兄貴、随分と久しいな。で、オレを呼んだってことは、こいつら全部もらっていいか? まずそうだが、腹の足しにはなる」


白竜と並び立つ、獣王・赤虎だ。


出てきた途端にこんな物騒な物言いをするくらいには、気性が荒い。


彼がその鋭い眼光を向け、牙からよだれを垂らせば、船員たちの中には失神してしまうものもいた。


「……だめだ。たしかに悪者ではあるが、下っ端だ。とりあえずは捨て置け」

「じゃあオレはなにを食えばいい、壊せばいい!?」

「飯ならあとでやる。だから、なにも壊すな。せっかく船を結んだ碇が台無しになるだろ」

「じゃあどうしてオレをーー」


赤虎が反抗するような目を俺に向ける。

が、そこは『気』をぶつけ返すことで、封じ込めた。


ある種の躾だ。赤虎は猫みたく身を丸くする。


「……兄貴はやっぱり怖いぜ。わかった、あとで鹿でも猪でもくれんなら、大人しくしておこう。で、オレはなにをすりゃいい!? 海獣の狩か!?」

「違うっての。そうだな、お前がやるのはただ……」

「ただ?」

「あれに向かって跳んでくれ!! おまえにしか届かねぇと思ってるよ」


俺の投げかけた言葉に、どうやら一気に思いが昂ったらしい。

赤虎は一つ吠えたあと、姿勢を低くして俺を乗せてくれる。


「兄貴、見てな! 白龍みたく飛べなくとも、オレにゃあ脚があるのさ!!」


やっぱり白龍とは張り合いたいらしい。


彼は一度後ろへ下がると、船体を大きく揺らしながらを助走をとる。

船が大きく揺れる不安定な足場をものともしないあたりが、野生の勘だろうか。


一切力を逃さず、船首を蹴飛ばして海へと飛び出た。


「じ、自滅行為だ…………!! 海に落ちるぞ!!?」


後方からはこんな声が聞こえてくるが、そんなことはありえない。

なぜなら俺は一切の曇りすらなく、赤虎を信じきっていた。


その荒い性格はともかく、彼がその力を発揮すれば、できないことではない。


敵の風邪魔法使いが、乱気流を起こして妨害を仕掛けてくる。


が、それすらも彼の前では無意味だ。


「どうよ、兄貴!! やるもんだろ!!?」


思ったとおりだ。

はたして、赤虎の前脚はしっかりと大船の船体を掴んでいた。





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