第57話 ローザス港での攻防開始!


ギルドへの極秘潜入から数日。


早朝から俺たちがいたのは、ローザスにある小さな港だ。

紐やら箱やらの残骸が積まれた細い路地裏に身を潜めて、船着場の様子を伺う。


整備が行き届いていないのだろう。碇や荷台などは錆び付いており、そこには雑多に縄などが投げ出されていた。


張込みのお供は、アリスに作ってもらったパン。携帯用にも関わらず、その味は全く落ちていない。


「ふはぁ、おいしいですね。朝の風を浴びながら食べるのもいいかも」


だからと言って、優雅な朝のひと時を送っていいかといえば違うのだけれど。


シンディーは俺の隣、しゃがんで身体を丸め物陰に隠れつつも、パンをちぎっては口に含む手を止めない。

それを後ろから咎めるのは、ヒーラーであるアポロだ。


「……シンディー。あなた、状況は分かってるの? これは大事になるかもしれないの。ばれたら戦いになるかもしれないの」

「分かってますよー。でも、まだ船も来てないですし、食べてないと眠くて。いざとなったらパンも捨てていく所存ですよ」

「……そう。なら、いいわ。存分にお食べなさい」

「アポロさん……! ついに分かり合えた気がします、わたくし」

「合理的な理由があったから納得しただけのことよ」


こんなやり取りを聞いていれば気が緩みそうにもなるのだけれど、実際のところ、そうしてはいられない。



俺たちは裏ギルドのしっぽを掴むため、ここにいるのだ。



例のお茶をアポロに調べてもらったところ、そこからは思っていた通り中毒性のある粉が検出された。


4000年前にはなかったものらしく、摂取すると初期症状として咳が出る。


やがて頭が霞むようになったり四肢に痺れも現れるが、その頃にはもう摂取をしなければ生きていけない体になっていくーー。


たぶん裏ギルドの目的は、それを蔓延させて茶を売り込み利益を上げることだろう。


住民を薬漬けにして金を搾り取る。まるで、悪魔の粉だ。


それを含んだ茶が今ここで取引されると判断したのは、色々な要素からだ。


「それにしても、ディル様の推理はすごいですね。普通は、限られた情報だけじゃここまで至れないですよ」

「そうでもないって。昔、文官をやってた頃にこのお茶は見たことがあった。その産地を考えれば陸路よりは、海路だ。

 それに、日付はギルドで見た男が言っていただろ?」


「えっと、ワインを出荷できなくて困っていた人ですよね」

「そう。一見普通の話だけど、この町の寂れ具合を見たら、船に積荷も乗せられないのはおかしい。他の目的で船を使ってることは考えられるだろ」

「……………やっぱり、すご。ディル様すご」


なぜか突然に語彙力をなくしたシンディーは、再びパンを食みはじめる。


もきゅもきゅというその咀嚼音を聞いていたら、ついに動きがあった。


遠海の方から一隻の船がやってきて、着港したのである。


「ディルック様、いきますか」

「待て、アポロ。まだ確定したわけじゃない。現場を完全に抑えるまで引きつける」


港ではさっそく荷下ろしが始まる。

茶ではなく、家具や魔導具といった雑貨品が中心のようだった。


一見何事もない光景にも見えるが、怪しい点もある。

取引が始まると、港の関係者らしき人間が、港のあたりに散らばり見回りを始めたのだ。


それも鍛えられた警備隊なのは、その身体を見れば分かった。


うち一人は、こちらにも近づいてくる。

俺たちはなおも息を潜めてやり過ごしていたのだがしかし、運が悪い。


アポロが身を潜めていた木箱が、そこで音を立てて壊れたのだ。


「なんだ? 誰かいるのか!?」


そして完全に勘づかれた。

その職員は笛を吹きながらこちらへ早足で近づいてくる。


「どうやら、負荷をかけてしまっていたようです。申し訳ありません。アポロ、不覚にございます」

「わたくしに忠告しておいて、自分がやらかしてるじゃないですか! ど、ど、どうしましょう!」

「……こうなったら、やるしかないだろ! 俺がここでできるだけ、あいつらを引きつける。アポロは茶があった場合の検分を頼む。シンディーはその護衛だ」


アポロは、すぐに了承してくれる。

シンディーはパンを口に詰めきったあとに、こくこく首を縦に振った。


どう転んでも面倒ごとになるのは避けられない。

ならば、多少手荒なことをしてでも、悪事のしっぽを掴むしかない。


俺はあえて、その壊れた木箱を外へと蹴り出す。


見回りの隊員がそれに驚き武器を抜くのが遅れたところ、俺は彼の頭上飛び越えた。


鞘のついたままの刀で、彼の首裏を打つ。

その時点で辺りを囲まれていたが、そこはバルクに教わった『気』がある。


彼いわく『剛の気』、殺気を周囲にぶつけた。


ばたばたと見回りの隊員たちが倒れていく。


まだ確証を掴んだわけじゃないし、彼らは実情を知らずに駒にされている可能性もある。手荒な真似はできるだけ避けたかったから、勝手に引いてくれるのは助かる限りだ。


それでも一部の者が震える手で笛を吹くから、港中に騒ぎは徐々に広がっていく。


「く、曲者だ!! 用心棒ども、この不埒者を捕らえろ!!」


……一応領主なのだけどね?


だがそんな主張をしたところで、どうにかなるわけじゃない。


俺は素早く逃げ回るのに徹して、警備体制を掻き回す。


そうしつつ横目にアポロとシンディーを見れば、彼女たちはちょうど荷物の積み込まれていた倉庫にたどり着いている。


その後ろから用心棒らしい男が数人で迫っているのを見て、俺はそちらへ向かおうとするのだが……


「ふふ、見えてますよ! 錬金生成!」


シンディーが錬金術により辺りに落ちていた縄で持って、男たちの足元を縛りつけて体勢を崩させる。


「こっちは心配いりませんよ! なので思う存分やってくださいな」

「……そうだったな。うん、そうするよ」


咄嗟のことで少し忘れかけていたが、シンディーだって相当に強い。


だから彼女をアポロの護衛につけたのだ。

ならば今大事なのは、信頼することかもしれない。


「隙を見せたな、侵入者! これで終わりだ!」


背後に気を取られているうち、俺の周りを囲んでいた三人が一斉に突きを見舞ってくる。


『気』で倒れなかった腕の立つ者たちだ。


「星影斬り影縫い……!」


だが避けれない速さではなかった。

即座に下へと腰を沈めた俺はそこで、鞘付きの刀によって回転剣を見舞う。


まるで消えたかのように錯覚させて、相手の足を払う技だ。


俺がそうして警備網を乱していると、倉庫の方からシンディーの大きな声が聞こえる。


「ありました!! やっぱり、お茶密輸してるみたいです!!」


どうやら推理はぴしゃり当たっていたようだ。



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