第56話 疑わしきはお茶?
「どうも、担当の者です。このたびは、いろいろと商品をお持ち込みいただいたということで……」
試験の結果が信用を生んだこともあるのだろう。
俺たちはさっそく、受付奥の会議室へと通されていた。
応対してくれているのは、事務担当の男性職員だ。見るからに若く、とりあえずの営業対応として駆り出されたのがありありと伝わってくる。
「えっと、基本的には今回の商談でお取り引きということはないので、そのあたりはご承知おきの上で……」
うん、緊張しているのも如実に分かる。
語尾にかけて、声量がどんどんと尻すぼみになっていくのだから、よっぽどだ。
門前払いでないのならば、つけいる隙は十分に見込める。
「はい、構いませんよ。では今回は触り程度でもお聞きください。まず紹介するのは、こちら。いわば魔導灯です」
「はぁ、明かりですか」
「えぇ、建物全体の雰囲気がなんとなくどんよりして感じたので、交換時期かと思いまして」
俺が説明する横で、シンディーが実際に商品を取り出す。
テンマの工場でドワーフらに作ってもらった特製の灯りだ。
普通使われているものよりも、かなり小型のものになっている。
「しかし、これでは手元を照らすのが精一杯なのでは?」
「いえ、これは私たちが特別に手に入れた超目玉品です。そこらの灯りとは違うんですよ」
俺がシンディーへ目配せをすると、任されたとばかり、彼女はぱちっと片目を瞑る。
「ほんとですよ。ほら、見てくださいな! たとえば、一番明るくすると、これくらい!」
「おぉ、ま、眩しい! これだけの光量の灯り、はじめてです……!」
「それだけじゃないですよ。たとえば、このつまみを左にひねると、ほら弱くなりました。ここで明るさを調整できます!
横のボタンを押すと、今度は色味を変えられます。穏やかな色味にすると、暗い雰囲気も様変わりするかもしれませんねっ」
さすがに、古代からこの時代に、これら魔導具を持ち込んだ本人だけのことはある。
その商品解説には、納得感があった。
まだ弱いならと、俺たちはさらに売り込みを行う。
とくに、不要になった書類を破棄する際に使う簡易裁断機には衝撃を受けてくれた。
「こんなに薄いのに、どこからこんな力が?」
「ふふ、でしょう? テンマ産の魔導具は魔石から得た力を普通の魔導具より、よく引き出してくれるんです。
だから何十枚でも、ボタン一つでこのとおり!」
「おぉ……! 今日の仕事がまさに今、一気に減りました!」
「そうでしょうとも! お褒めに預かり光栄ですわ」
他にも、商品の梱包を自動化した魔道具など、変わり種をいくつか提示する。
担当の方はその度に目を見開いて驚き、そしてだんだん、お断りの姿勢が崩れてくる。
それもこれも事前調査の賜物だ。
ここにあるものは皆、今このギルドに足りないものばかりである。
「あの、どれもすごいのですがお高いのでは……?」
「いいえ、このギルドには古くからお世話になっています。特別に割引で販売しますよ。ただし滞在期間も短いので、今即決いただくなら♡」
そして、決定打はシンディーのこのひと言。
起き上がり人形のように揺れていただろう男性職員の心が、完全に傾いた。
「と、とりあえず上に話を通してみます!」
「えぇ、ぜひ。なになら、上司の方々にも直接試していただきたいくらいです♪」
「で、では少々お待ちください! もしかしたら、しばらくかかるかもしれませんので紅茶でも飲んでお寛ぎください」
彼はこう言って、一度会議室を後にする。
軋み音がふっと消え、扉が閉まるその時を、俺は待っていた。
「よし、シンディー。今のうちにこのお茶を採取しよう」
「はい、ディル様!」
いつ職員が戻ってくるか分からない。
俺とシンディーは急いで、持参の水筒にお茶を注いでいく。
……美味かったから盗んでやろう、なんて貧乏根性ではもちろんない。
風邪症状の原因として、この紅茶がもっとも可能性が高いと、アポロと相談した結果、判断したのだ。
商人ギルドの関係者が幅広く罹患している以上、その原因はこの館にある可能性が高い。
なかでも全員が触れ、また本人が意識しないうちに摂取するものといえば、これだろう。
「あれ。でもこれなら、今回も領主として訪れても同じ結果だったんじゃないです?」
「いいや。万が一勘づかれたらと考えて、別のものを提供するんじゃないかな」
「あー、たしかに! わざわざバレてしょっぴかれるリスクは取らないってことですね」
「そういうこと。もっとも、まだ紅茶が怪しいだけで、他の原因があるかもしれないけどな」
この件に商店街会長の言っていた『裏ギルド』が直接関わっているかどうかも、今のところ分からない。
だが調べてみる価値は、十分にあるというわけだ。
「お待たせいたしました!」
俺たちが無事にお茶を詰め替え終えた頃、先ほどの職員が上司を伴い戻ってくる。
そう何人も管理者がいるような大きな組織ではない。
職員が連れてきたのは、この商人ギルドの長だった。
「なんでもかなり勝手のいい道具を持ち込みいただいたとかで」
領主として視察を行った際とは、態度がまるで違った。
その時はへこへこと頭を下げていたのが、今は尊大に椅子に足を広げて座る。
上等なジャケットに袖を通していた。しかも煙の香りが色濃く漂ってくる。
その豹変ぶりに顔が引き攣りそうになるが、今の俺は一商人だ。
組織の上官に接するつもりで、人当たりのいい笑顔を作る。
「いえいえ、そんな。とにかくお試ししてみてください」
そこからは、半分お決まりだ。
偉そうに踏ん反り返ったお山の大将でも、4000年前の技術を前にすれば、目を丸くして驚く。
だんだんとギルド長の方が前のめりになってきて、話が弾みだした。彼はその途中で我に帰ったように、咳払いをする。
「失礼。話すぎたようだ。お茶でも飲んでごゆっくり……おっと。もう飲まれていたとは。もう一度いれさせようか」
「いえ、結構ですよ。でも、とても美味しくいただきました」
「はは、気に入ってくれたか。外から輸入しているんだよ。安い粉茶だがね」
「なるほど、輸入品ですか。これはまたセンスがいい」
俺がそう褒めれば、気をよくしたのかもしれない。
初めに応対してくれた職員を遣わせて、粉茶の入った小瓶をわざわざ持ってきてくれた。
願ってもない展開だ。
もし睨んでいるとおり、この茶になにか原因があるのなら、抽出前の粉を調べられる方がいい。
「これをいただいてもよろしいのですか」
「あぁ、その代わりと言ってはなんだが……」
「魔導具ならば、もちろんお売りしますよ」
「そうか、それは助かるよ。これからもよしなに頼む」
握手を求められたので、こちらこそとそれに応える。
そのあとの値段交渉は、いわばおまけだ。
すみやかにことを運ぶため、ほとんど言い値を飲む形で成立した。
「いやぁ、いい商談でしたね♪」
持ち込んだ荷物の大半を売り、粉茶とお茶のみになった荷物入れとともに、俺とシンディーはギルドの門を出る。
門番から、こちらの姿が見えなくなったのを確認して、彼女と小さく手を合わせた。路地裏に心地のいい音が響く。
「ぜーんぶ首尾通りでしたね!」
「全部って、いきなりテストってなってあわあわしてたのはどこの天才さんだ?」
「あわっ!? あわあわしてません〜。あれはちょっとばっかり、場を盛り上げるための演出ですよーだ! 余裕のよいでしたし!」
少しひやりとする場面もあったが、潜入調査は無事に成功したと言って、よさそうだった。
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