第55話 たまにはカンニングだって正当手段?

「なんだか落ち着いた雰囲気ですね」

「まぁそう言えば聞こえはいいけど……、単純に人が少ないな」


ギルド館の中へ入った俺たちは、扉を入ったところで立ち止まり、まずは中を見わたす。


活気がないのは、視察に訪れた時と変わらない。

通常、取引や交渉が行われるラウンジに人影はほとんどなく、老人が数人集まって、茶をたしなんでいるだけであった。


そんな環境で、あまりきょろきょろとしていては、ギルド職員に不思議に思われかねない。

俺たちはすぐに、受付カウンターへと向かう。


窓口は、3つあるが、現在は一つに絞られていた。

俺たちの前に並んでいたのは、一人だけだ。


すぐに対応してもらえるだろうと踏んでいたが、話が少し長引いているようだった。


「頼むよ、週末に来る船に俺の作ったワインを乗せてほしいんだ。まだ間に合うんじゃないのか?」

「すいませんがすでに積み荷は埋まっておりまして……」

「そこをなんとか、一部でもいいんです! 直前料金なら払いますから!」


頼んで断ってと、話が堂々巡りになる。

領主として来ていたら、仲裁に入ることもあったかもしれないが、あくまで今は一商人だ。


小道具として持ち込んできた荷物袋の中身を確認していたら、横の受付窓が開いて中年ごろの男性職員から声がかかった。


「今日はどういう用件です?」

「今回は、ギルドさんの方に商品の売り込みをさせていただきたく来たのです」

「えっと、うちにですか」

「えぇ、魔道具から生活用品まで取り扱っています。ぜひお話だけでも聞いていただけないでしょうか」


俺とシンディーはそう言いながら、荷物をカウンターに置くと同時、ギルドライセンスカードを提示する。


むろんただ取引をしにきたわけではない。目的は、受付の裏側、事務所に通してもらうことだ。そしてできれば、お偉いさんを一人でも引っ張り出したかった。


先日事務所の視察をした際、不足している事務用品は調査済みだった。

そのため今日持ち込んできたものは、今このギルド館が必要としているものとずばり一致しているに違いなかった。


しかし、簡単に事は運ばない。受付の男性は後ろへ引っ込むと、しばらくして浮かない顔で帰ってくる。


「売り込みですか、ありがとうございます。うーん、お話を聞きたいのはやまやまなのですが……」

「どうかされましたか」

「いや、こちらのギルドカード。拝見するに、どうやらかなり古いもののようでしたから。最近の取引履歴も調べさせてもらったのですが、ないようです。

 そういった場合、ライセンスの更新試験を受けていただいております」

「えっ……!」


シンディーは驚きの声をあげ、すぐに手で口をふさぐ。


一方の俺は、目に見えて取り乱しこそしなかったものの虚をつかれた思いであった。


こういった更新関連の手続きは、各ギルドに一任されている。この規模のギルドでまさか試験を要するとは考えもしなかった。


「お受けになるのなら、すぐに準備いたしますがいかがいたしましょう」


シンディーは、半ば思考停止状態になっているらしかった。試験、無理、嫌い、などとつぶやいている。


だが、こうなった以上は乗り越えるしかない。

俺は差し出された受検申請用紙に偽の名前を書いて(当然シンディーの分も)、申し込みを行った。





「こんなの聞いてませんよ、わたくし。試験とか無理です、というかそもそも数字嫌いです~」


試験が行われる部屋に入り、監督者を待つ間。


シンディーは机に左頬をくっつけ、だらんと腕を垂らして、無駄に足をぷらぷらと揺らす。


完全に諦めモードだ。

貴族学校に通っていた時に、まったく勉強をしていなかった同窓生が同じような姿をしているのを見たことがある。


「意外だな。錬金術が得意なら、得意なほうかと思ってたよ」

「感覚派なんですよ、細かいところの計算とかまで緻密にやってつくってるわけじゃないんです~」

「……なるほど。天才ってことだな」

「勉強はできませんけどね」


いつもなら少し褒めれば、犬や猫より分かりやすく嬉しそうにするのだが、今日ばかりはそうはいかない。

元気に跳ねた髪の毛も今は一緒にしなびている。


「あー。どうしましょ、わたくしのせいで作戦失敗したら……」

「そこまで気負うことないよ。そうなったら、今度は他の面子に同じ作戦を実行してもらえばいいだけのことだろー」

「嫌です、それ。わたくしの任されたお供役ですもん、絶対失敗したくないんです」

「……とはいってもなぁ」


時間があるのなら、経済基礎、契約関連などの講義を実施してもいいところだが、当然そこまでの時間は用意されていない。

試験の内容が分かっていれば、即席で教えることができなくもないが、当然そう甘くもないし……


そこまで考えたところで、ひらめきが降りてきた。


「なぁ、もしかしたらいけるかもしれない」


うまくいくかは賭けだが、時間もない。

シンディーに思いつきを伝えると、彼女の目に光が戻る。試験官が入ってくるまでの短時間で準備を終えた俺たちは、試験に臨んだのであった。



試験の内容自体は、そう難しいものではなかった。

基礎的な計算や、町の経済事情、法規制などに関する問題が選択式で出されており、筆記問題はない。


正直すぐに解けてしまう内容なのだが、そこはあくまで一商人だ。

ほどよく、あえて間違えるような問題も作りながら一旦、最後まで解き終える。


少し離れた席でシンディーが解答を終えているのを見た後に、俺は少し回答を修正して、試験時間を終えた。


あとは待つのみ、試験官が出ていったあとでシンディーは俺にピースサインを向けてくる。うまくいった証に、俺はこくりと頷いた。


「完璧ですね、これで!」


そう言いながら彼女は机の上に立つ。

しっかりとひらひら舞うローブを押さえながら、試験前に天井に張りつけていたとある魔道具を手に取った。


そして席に座りなおすと、あたかも美容用品かのように髪型の確認をはじめる。


要するに、鏡だ。

ただし、ただの鏡ではない。拡大して映し出すこともできるうえ、その光景を腕に巻いたブレスレッドに映し出せたりもする。

普段は、物を拡大したり手の入らないような狭い場所を確認できたりする便利な魔道具だ。


これをシンディーが持っていた美容品などから、即席で生成して俺の答案用紙を天井の鏡に映し出していた。


要するに、イカサマだ。


文官として勤務し、試験を取り仕切ったこともある身からすれば、本来は禁じ手だが、この状況では仕方がなかった。


「少し怖かったけどな。試験官が上の方見るたびにひやひやしたよ」

「ま、天才のディル様が考えて、天才のわたくしが作ったんです♪ 余裕のよいですよ」


無事に試験が終わったことで、シンディーは調子づく。

これで、魔道具の精度が悪く落ちていたりしたら、と少しだけよぎりはしたが、無事に受かることができていた。


「いや、お二人とも素晴らしい成績でしたよ。更新完了です。このギルドで、あそこまでの高得点を取られるかたはそういないですよ」


と、採点を終えた試験官が興奮気味に語る。

もう少し手を抜くべきだったかと若干ひやっとしたが、無事にライセンスカードを更新することができた。


「それで、取引の方はいかがでしょうか」

「それなら、少々お待ちください。今、担当の者を呼びますので」


さて、ここからが本番だ。

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