第52話 稀代のヒーラーちゃんも動揺する。

機転を利かせたこともあって、屋台の客足は順調に伸びていった。


バルクら警備隊を、列の整理に導入しなくてはいけなくなるほどだ。


その混雑の中、ひときわ目を引く少女はシンディーだ。

わざわざ空き地に踏み台を作ったかと思うと、その上に立って……


「こちらで、美味しい楽しい素敵なイベントやってますよ〜! この焼鳥串なんかもう絶品! んー、頬が落ちちゃいそう〜♡ ひと口齧れば、炭の香りと山椒の程よい辛さが口いっぱいに幸せを運んでくれます♪

 喉が渇いたら、今度はミルクティー! 濃厚な牛乳と芳醇な茶葉の香りがーー」


まさしく独壇場だった。


通りの真ん中、目立つところで実食しては身振り手振りを交え、売り込みを行う。


この豊かな表現は、アリスの仕込みだったりするのだが、違和感なく演じられるあたりがさすがだ。


美少女がご飯をお薦めをしている。


実際、男どもはそれだけでふらふらと吸い寄せられていくのだから、効果的めんだ。


そしてそれが決して誇大広告にならないのが、アリスが商店街の方々と一緒になって作り上げた今回の料理である。


肉の卸ろしをやっている店では、アリス生成の調味料を使った塩麹ダレ焼き鳥。

喫茶店では、ミルクに茶葉を出す濃厚ミルクティー。


商店街会長のやっている酒場では、白ワインを活かしたあさり蒸しなどなど。そのアイデアは、目を見張るものばかりだった。


そして、当然彼女には調理スキルもある。


「あ、皮目が焼けたら火は中火です!!」


今も商店街の方々と一緒になって、裏方で忙しそうに走り回っていた。


かなり大変そうだが、顔には充実感が滲んでいる。


一方の俺はといえば、英霊たちの頼もしい光景を商店街の端にある、がらがらのブースから眺める。

隣には、銀色の髪をした無表情の淑女が一人、凛として座っていた。


「……混じらなくてもいいのですか? アポロとともに座っていても退屈でしょうに」

「そう見えるとしたら心外だな。俺は十分、祭りを楽しんでるよ。アポロといると静かで落ち着くしな」


俺の発言に、アポロはぴくりと跳ねて、積み上げていた書類が崩れる。


彼女はそれを直しながら、心なし赤い顔を素早く横に振った。


「………詭弁でございますね。ただ座っているだけの何が楽しいのかわかりません」

「こうやって町が賑わうのを見るのは、悪くないものなんだよ。それに、なにもしてないわけじゃないしな」


そう、やることがなくて暇を持て余しているわけではない。

このブースは屋台の行列で体調不良になったり、そもそも調子が悪い人を診察するために設けた救護所である。


備えあれば憂いなし。

誰も来ない方が望ましいが、とても重要な施設なのだ。


「そうだ、ちょうどいい。ヒールのやり方、もう少し細かく教えてくれるか? 傷を治すのと、体力を戻すのとじゃ使い方が違うんだろ?」

「かしこまりました。それであれば、多少は有意義ですね」


召喚により同じだけの力が手に入るとはいえ、実際使うとなればコツがいる。

早速教えてもらうのだけど……


「まずは傷口の治療ですが、これにはまず血を止める必要があります。そのため、血液の凝固を活性化を促す必要があり、そのための神気はーー」


どこまでも現実主義の彼女らしい。

アポロの講習は、実践というより超理論派であった。


それでも俺はなんとかついていって、要点をメモに取る。

彼女による説明がだんだんとヒートアップしてきた頃、ついにブースを家族連れが訪れた。


「子どもが転んで怪我をしてしまって……」


聞けば、祭りの混雑に巻き込まれたらしい。


「そうですか。ならば、すぐに手当てを行いましょう。ディルック様、お願いしても構いませんか」


またとない実践の機会でもある。

俺は一つ返事で受けると、子どもに目線を合わせるため地面に膝をつく。


恐々とした目をしていたから、「大丈夫」と一声かけた。

擦りむけて血の滲む膝上に、両手を三角に組む。


活性化を促すには、軽くノッキングするように『神気』なる力を加える必要があるらしい。


その後も俺は、直前に教えられた通りに実践する。


「……あれ。もう痛くない、少し痒いけど」


果たして、きちんと扱うことができたようだった。

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