第51話 自粛ムードの打破すら規格外?

数日後、俺はさっそくとある企画を実行に移していた。


もちろん、商店街の方々と話し合いをした上でのことだ。


「……まさか、あんたみたいな若い子が領主だったとはねぇ」

「あの時は黙っていて申し訳ありません。ただ、同じ目線でお話をしたかったものですから」

「いいや、気にしてないさね。それがきっかけで、こんな企画まで組んでくれたんだ。むしろ感謝せんといかんねぇ」


そう言って、商店街会長兼酒場店主の女性は、人のよさそうな笑みを浮かべる。


その細められた視線の先では、とある施策の実施準備が着々と進められていた。


中でも、商店街の方々から引っ張りだこになっているのはアリスだ。


人見知りの彼女が大勢の知らない人間に囲まれてなお生き生きとしているのだから、理由は一つしかない。


「まさか、うちの商店街で出店をやろうだなんてねぇ。この状況じゃ考えもつかなかった。新しい領主さまは、若いのに立派なもんだ」

「いいや、褒めるなら俺じゃなくてアリスにしてください。俺も、彼女がいなかったらそもそも思いついていません」


「そうやって潔く仲間の手柄にできるあたりが、統治する者の器だって言っているのさ。私も商店街会長をやっているから分かるけど、なかなかできることじゃーー」


会長さんは、そこで喉を詰まらせ、いきなり咳き込みはじめる。


乾いた咳がこほこほと、止まらなくなってしまった。


「水お持ちしましょうか? うちのアポロなら、ヒール魔法もかけられますが」

「いや、遠慮しておくさね。単に、私はもう歳なんだ。最近は咳止めに貰ったポーションを飲んでも、一度始まるともう駄目でねぇ。生い先短いのさね。

 そうだ、私がぽっくり逝ったら、あんたがここの次の会長になるってのはどうだい?」


茶目っ気のある方だ。


まだ咽せ返って苦しそうな声ながらも、商店街会長は頬に皺を寄せ、肩で笑う。


「縁起でもないことを言うのはやめてください。まだまだ人生これからですよ」


俺がこう返事をした矢先、遠くの方から人気者が快速飛ばして駆けてくる。


会長の両手をはしっと掴んで、視線を合わせるため腰をかがめた。


「そうですよ!! 咳なら、ポーションもですけど、特製の生姜焼きおすすめです! なにせ、生姜をたっぷりと使っているうえ、タレは香ばしく炒めた長ネギがたっぷり使われてます。味にも健康にも効果的めんです!!」


なんという爆弾トーク……!

アリスはのべつまくなしに喋り、会長さんを圧倒してしまう。


「おいおいアリス、その辺にしておけよ。困ってるだろ」


俺はアリスの後ろへと回り、彼女の両肩を引いた。

すると彼女は、そこで我に返ったらしい。


「す、す、すいません…………あたしはこれだからダメなんだ。空気読めない、遠慮できない、制御できない。全部ない。つまり、存在が迷惑…………」

「おぉ、またすごい落差だな……!

 誰もそこまで言ってないっての。むしろ、アリスにはみんな感謝してるだろうよ」


俺が言うのに、会長さんは大きく頷く。


「あぁ、そうさね。あんたの考案したメニュー、それぞれの店のいいところを残しながらも、目新しさもしっかり演出してる。素晴らしい才能だよ」

「えっと、えっと、お褒め褒めありがとうございます……!」

「ちょっと、あんた噛みすぎだよ? こんな婆さんに緊張することないさね。あんたも、うちの後継者候補なんだから」


いやいや、勝手に後継者候補にされたら困るんだけどね?


アリスがいなくなった生活なんて、俺とシンディーはーーーー

いやそれどころか、テンマのみんなだって考えられないだろう。


「なんなら二人合わせて、会長職でも……」


と、まだまだ勧誘してくる会長との会話は一旦そこで切り上げる。


俺も、準備の手伝いへと入った。


といって、設営のほとんどはシンディーと協力して錬金術で終わらせていた。


残る仕事にして、最大の課題は……


「これから、西通り商店街で屋台企画を実施します! かなーりお安くしております、ぜひ集まってくださいな!

 珍しい料理、ほっぺが落ちる絶品料理を取り揃えておりますよ〜」


人を集めることだ。

俺はシンディーと二人、大通りから民家の密集する地域を看板掲げて練り歩く。


が、


「み、見てもらえない……! わたくしがプラカード片手にこんなに可愛くしてるのに見向きもされない!?」

「そもそも人通りが少ないから仕方ないよ」


アクドーの悪政により民はすっかり萎縮してしまっているのか、成果は芳しくない。

空いた窓から覗く人は多くいても、出てこようとはしてくれなかった。


「むー、そうですけど。でも、どうするんですか、こんなの。

いかにアリスちゃんのごはんが美味しくてもこれじゃ……」


シンディーが不安げに、両眉を落とす。

一方の俺はといえば、こんな場合の策をすでに用意してあった。


俺はシンディー【古代召喚】を利用し、白龍を空中へと呼び出す。

シンディーを腕に抱えて、彼の背へと飛び乗った。シンディーがしがみついて、「こわーい、怖いです〜」と迫真の演技を見せるのはともかく。


俺は白龍の首元までのぼり、彼に話しかける。


「悪いな白龍、急に呼び出して」

「いかがした、主人よ。我の出番があるような場合とは思えぬが?」

「あぁ少し力を貸して欲しいと思ってな。あの屋台の少し奥まで飛んでくれるか」

「うむ、それは一向に構わぬが」


白龍は俺の指示通りに、屋台の奥へと羽ばたく。

その時点で何人かはすでに、こちらを注目しているようだったが、狙いはそれではない。


「ゆっくり羽ばたいて緩やかな風を起こしてくれるか?」

「加減はするが……万が一あの屋台は壊れたりせぬのか?」

「舐めてもらっちゃ困ってよ、白龍。このわたくしとディル様の愛の結晶で作った屋台! そう簡単には壊れないんだから」


そう、その辺の構造はばっちりだ。仮の施設とはいえ、安全面に抜かりはない。


白龍の雄大な羽ばたきにより、ほどよい風が起こされる。


それに乗って住宅地の方へと運ばれるのは、鶏の香草焼きやら、近海で採れた魚介類をふんだんに利用したパエリアなる料理やらが醸し出す豊かな香りだ。


これならば開いた窓から入り込むだけで、なによりの宣伝になる。


さて、結果はどうなるだろうか。

俺とシンディーは白龍の背から、固唾を飲んで見守っていたのだが…………


「ほんとに人通り増えてますよ、ディル様!」

「みたいだな。あとは案内板も置いてあるから、問題なく流れてくれそうだ」

「さすがすぎです、ディル様ったら。こんな規格外な作戦、思いつきもしませんでした……」


無事にうまくいってくれた。

ぞろぞろと人出が増え始めるのは、上空からの遠目にでも確認できる。


「白龍もありがとうな。こんな作戦のために呼び出して悪い」

「いや、平和が一番だ。それに貢献できることがもっとも喜ばしい。我は赤虎とは違って、争いは好まぬ」

「白龍のそういうところ、わたくしも好きですよ。それにディル様を助けてくれましたし。

 そうだ、ご褒美に鶏の香草焼き! 私が作ってご馳走様しちゃいます!」

「それはありがたい、シンディーよ」


一見微笑ましいシンディーと白龍の会話だったが……なんだかんだの結果、アリスが作ることになるだろうことは、もう目に見えていた。

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