第50話 寂れた商店街の復興請け負います!

「ディルさま、わたくしだけを見て? せっかく二人きりなんですから」


ワイングラスを揺すり、アーモンドを一粒つまむ。

それを唇の間に押しこむように入れた彼女は桃色の髪を耳元までかき上げて、まつげを伏せた。


その姿は一見すると、貴族のご婦人のようだった。あどけない顔立ちをカバーするほど、その所作には余裕がある。


かりっと、気持ちのいい音がその口の奥から響いた。

そこまでは、つい唾を飲まされるほどの艶やかさがあったのだが……


「って、うえー。この木の実、無理です、苦いです。ディルさま、代わりに食べてください〜」


うん、やっぱり気のせいだったらしい。


シンディーは舌をベーっと出して、目をぎゅっと瞑る。

すぐにワイングラスを傾けると、それを勢いよく飲み干した。


もちろん、中身は単なる葡萄ジュースだ。


「……えっと、美味しいか?」


あんまり幸せそうなのでこう尋ねると、彼女は我に返ったように再びしなを作り、声をワントーン下げる。


「はい。わたくし、こんなお店に連れてきて貰えてとても嬉しいです。それも二人きりだなんて……幸せです」


この辺りの思わせぶりな態度は、もはや芸術の域だ。

なんなら、どんどん上達している気さえする。


が、残念ながらここはそう雰囲気のある場所ではない。


新領地・ローザスの町にある飲食店街の一角に軒を連ねる大衆酒場だ。


店内を見渡せば、樽が雑多に積んであったり、年季の入った床は削れていたりもする。どちらかと言えば、地元の人に愛される店なのだろう。


「恥ずかしいから、その辺にしてくれよシンディー。ここにきたのは町の調査の一貫で、みんなは別の任務があるから二人ってだけだろ?」

「む、そうですけどぉ。それな言わないお約束です。せっかくわたくしの中の乙女がときめいてたのに」


シンディーは、わざとらしくはっきりとため息をつく。


それさえカウンターテーブルの奥まで、丸聞こえにちがいない。


それくらいには、店内は閑散としていた。


書き入れ時であるはずの夕暮れ時、それも季節は秋に移ろい、気候的にな涼しくなってきたにもかかわらずだ。

酒はちゃんと美味いし、料理も悪くないのだから、原因は一つだろう。


「これも、アクドーの悪政が原因か」

「まぁ搾り取るだけ搾り取ってたみたいですからねぇ。町の人は、外食する余裕なんてないのかもしれません」

「そうなるとお店は閑古鳥が鳴いて売り上げが落ちる。まさに悪循環だな」


俺はそう言って、赤ワイン(こっちはちゃんと本物!)を口にする。


「そういえば見ない人だねぇ、あなたたち」


そこへ、横手から老婦人に話しかけられた。


この酒場の店主だ。

彼女は注文していた揚げ鶏をテーブルに置き、落ちかけていた眼鏡を人差し指であげる。


「客が来ることも珍しいと思ってたけど、よそから人が来るなんてもっと珍しい」

「あら、違いますよ。よそ者じゃなくて、ディル様はここローザスのーーーー」


そこで俺は、シンディーの口を手で塞いだ。


正直に領主だと話して、警戒されたり、気軽に話を聞けなくなっては困る。


手のひらの裏でむぐむぐと言う彼女に代わって、俺は店主に笑顔を向けた。


「少し所用がありまして。人が少ないようですが、客足はいつもこれくらいなのですか?」

「あぁ最近はもうずっとそうだねぇ。

 前の領主があらゆることに税をかけるから、もうめちゃくちゃさ」


窓を直せば修繕税、商人ギルドに入れば取引税、店を開ければ開店税ーー。

どんな商売をしようにも、税をかけられていたそうだ。


「……相変わらずサイテーですね、あのアホは」


シンディーは吐き捨てるように言う。

口さ悪いが、その気持ちは店主さんも同じらしい。


思う通りに情報を引き出すことができたのだけど、


「まったくさ! 奴ときたら商人ギルドでもねぇ……っと、この話はここまでにしとくれ」


もっとも知りたいことが話題に出たところで、話は打ち切られてしまった。


「ギルドがどうかしたんですか」

「悪いけど、その先は答えられないねぇ」


老婦人はそう言うと、それまでとは打って変わり表情を固くする。


となれば、ここは引くしかなかった。


商人ギルドに今もなにかしらの曰くが残っているらしいことが分かっただけでも、とりあえずは収穫があったと言えよう。


「昔はこの通りももっと栄えてたのですか?」


俺は、それとなく話題を切り替える。

すると一度は消えてしまった店主の熱弁が、空気を取り込んだ火のごとく息を吹き返した。


「まぁねぇ。この酒場も、飲食店街もそこそこに栄えていたさ。うちなんかは亜人を受け入れていたから、夜中まで客が絶えなかったもんだよ」

「そうですか、今とは大違いですね……」

「私は商店街組合の会長なんだけどねぇ。ここまでとは想像もつかなかったさ。

 新しい領主になっても、一度離れた客足ってのはなかなか戻ってないのが現実だねぇ。ここもいつまで持つやら」


老婦人はここまで話すと、カウンターの奥へとゆっくり引き返していく。

くの字に曲がった背中には、哀愁が漂って見えた。


眉を両端に下げて、シンディーが言う。


「……ディルさま、どうにかなりませんかね。わたくし、このままここが潰れるのは嫌ですわ」

「それは俺も同じ気持ちだよ。他の店だって一生懸命に営業してきたのに、アクドーのせいで潰れるなんてことがあったら寝覚が悪いな」


悪を暴いて正すだけが、領主としての仕事ではない。

傾いてしまった経済を立て直し、民に活気を取り戻させることも大切な仕事の一つだ。


俺は少し対処法に頭を巡らせる。

こんな時にどんな選択肢を取ればいいかは、元文官としてしっかりパターンを心得ていた。


王都での政策実施経験もあるから、すぐにそれは思いついた。


俺は、シンディーにだけ耳打ちで伝える。


「それ、いいかもです! さっすがわたくしの旦那様。今日も冴えてますね」

「いつものことだけど、褒めすぎだっての」

「だって本当に思ったんですもんー。あ、本当に思ったと言えば声も素敵でとろけそうでした、やんっ♡」


……なぜか両頬を手で覆って、肩を左右に揺すっていた。


とにかく、賛成と捉えてよさそうだった。


___________


【告知】

当作のコミカライズが連載開始となりました。詳しくは近況ノートにてご覧くださいませ。

https://kakuyomu.jp/users/TigDora/news/16817330647544624257

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