第49話 空っぽの部屋も、錬金術なら一瞬で早変わりです



頑なにシンディーの頭を心配し、ヒールを施さんと圧をかけるアポロ。

彼女はやがて廊下の壁際まで、どんどんとシンディーを追い詰めていく。


そんな状態に、痺れを切らしたらしい。シンディーはくるりと身を翻すと、俺の右手側から左手側へと逃れた。


「あーっ!! そういえば、アポロさんの部屋はまだないですけど、どうしましょうか!?」


袖にしがみついてきて半ば俺を盾のように使いながら、わざとらしく話を切り替えるシンディー。


強引極まりないが、たしかにその件については考える必要がある。


「急に召喚しちまったしなぁ。余ってる部屋はあるか?」

「んー。アホドーの荷物は処分しちゃいましたから、なんにもない部屋ならいくつかありますよ」


必要だったとはいえ、俺の都合で召喚したのだ。

だというのに、家具一つない部屋に入れるなんて待遇はあんまりだ。


「それで問題ありません」


アポロはこう断言するけれど、俺の方が納得できない。

俺はシンディーを見て、二人でこくりと頷き合う。


てっきり錬金術で用意しようという話になるものだと思っていたら……


「こんな時こそ、愛ですね、ディルさま!」

「えっと、なんで愛……?」


まさかの愛を説かれる展開ときた。


意図がつかめずそのまま聞き返せば、下唇内側へ丸めて、シンディーは不満顔だ。


「分かってくださいな! わたくしとディル様の愛の結晶、錬金術ですよっ。アホドーの家具を処分した時に出た廃材がありますから、それを使いましょう♪」

「あぁそういうことね……」


少し認識のずれはあったものの、どうやらやりたいことは同じだったらしい。


「よし、じゃあ晩ご飯の前にさっくり終わらせようか」

「はいっ、愛の結晶でさっくりと!」


やたら『愛』を強く押し出してくるが、そこに反応しても仕方がないのは、もうよく分かっている。


ご機嫌なシンディーと、そんなシンディーをやはり心配するアポロとともに俺はまず廃材を空き部屋へと持ち込む。


広さは十分だが、ほとんど物がないがらんとした空間だった。

俺とシンディーは背中合わせに、その真ん中に立つ。


「では、わたくしは小物をやりますからディルさまはベッドや衣装棚のような大きなものをお願いします」

「了解。デザインとかはよく分からないから任せるよ」

「はいっ、シーちゃんにお任せを!」


分担確認ののち、「錬金生成!」との声がシンディーと揃う。


現代では消失してしまった魔法、錬金術。

この技は、同量の魔力を引き換えにして、想像が及ぶ範囲ならば、さまざまなものを作り出すことができる。


本来は細かなものを作り出す程度の魔法なのだけど…………

俺には白龍からもらった大量の魔力が、身体の中に眠っているから、大きなものだって作り出せる。


かっと眩い光が発生したのち、だんだんと視界が晴れていく。すると、あら不思議。


がらんどうだった空間が、立派な部屋になり変わっていた。


「へへん、さすがディルさま! 完璧です、完璧! あのベッドも戸棚も、廃材を変換しただなんて思えません♪ 完璧に新品ですよっ!」

「シンディーこそ、やっぱりすごいな。ここまで凝ったものは、俺には想像できないし」


思わず感嘆したのは、部屋中に散りばめられた小物の数々だ。

ただ家具を作るだけではなく、きちんと女の子らしい部屋になっている。


「えっへん。これくらい、余裕のよいですよーだ。

 ひらひらレースとか、きらきらお星さまとか、可愛い猫の絵とか、そういう可愛いものは得意なんです」


シンディーはそう言うと、腰に手をやり、軽く顎をしゃくりあげる。


「どーですか、アポロさん! これが私たちの愛の証拠ですっ」


……どうやら俺が誉めたことで、彼女は強気を取り戻したらしい。

果敢にも、アポロにこう主張して見せる。


「……相変わらず素晴らしい腕前ですね、シンディー。それからディルック様も、見事な腕前でございます」

「ふふっ、そうでしょうとも! 気に入ってくれます?」

「おおよそは。ですが、一点だけ」


アポロはそう言うと、後ろでアップにまとめ上げた髪を整えながら、ベッドに近づく。


枕元に置かれた猫のぬいぐるみをまじまじと見てから抱え上げた。


「こういったものがあると、アポロは寝つくことができません。シンディー、お返ししてもいいですか」

「な、な!? こんなに可愛いのに!?」

「使い勝手を犠牲にはできないですから。申し訳ありません」


深々とした一礼ののち、アポロはシンディーにお手製のぬいぐるみを差し返す。


しばしぽかーんと放心したのち、シンディーはうるっと瞳をにじませると、猫のぬいぐるみを思いっきり抱きしめた。


「いいですよ、そんなこと言うならこの子はわたくしが連れて帰りますったら帰ります! 今夜は一緒に寝ますもん」

「シンディー。残念だけど、そのぬいぐるみは生きておりませんよ。喋りかけても無駄かと思います。

 そのような思い込みをするとは、やはり一度ヒールをーー」

「受けませんってば〜! もう、ディルさま〜、助けて〜!!」


……また最初に逆戻りときた。

いつもは勢いで相手を圧倒するシンディーも、年上のアポロには敵わないらしい。


やいの、やいの、と俺の周囲で二人が騒がしいやりとりを始める。


「……あ、あの。もうご飯できてますから、そろそろ食堂へ。バルクさんたちはもう食べ始めています」


そこへ部屋の外から、控えめに声がした。

みれば扉の影に隠れるようにアリスが中をうかがっていた。


こちらにしばらく拠点を置くことになったから、同じ屋敷に住む彼女にもこちらへ来てもらっていたのであった。


そう言われると、芳しい香りがほんのり漂っている。

それに気づいてか、俺たち3人のお腹が同時に鳴った。


「ほら、二人ともそろそろやめろよ。アリスのご飯が冷めたらもったいない」


俺は、二人の肩を軽く叩いてこう言う。


「……そなたの言うとおり。では一度、食事といたしましょうか」


アポロはそれで納得してくれて、一旦騒ぎは収まったのであった。

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