第48話 稀代のヒーラーちゃんに冗談は通じない。


「ディル様、お帰りなさいませ! 思っていたより早かったですねっ? あ、もしかしてわたくしに会いたくて早く帰ってきちゃいましたか? 嬉しいです!」


玄関扉を開けると、いきなりシンディーが飛びついてきて、俺は大層驚いた。

後ろにじりじり後退する俺に構うことなく、シンディーは胸に頬を擦り付けてくる。


だが、新たに召喚したヒーラー・アポロを伴っていることに気付くや、その目がじとっと湿気を帯びたものに変わる。


「わたくしがいないところで、アポロさんを召喚して、なにしてたんですかっ!! まさか、わたくしがいないのをいいことに、心の傷を身体でヒールしてもらったりなんてこと……」

「いや、ただ病人がいたからヒールしてもらったんだよ。なんとか言ってくれないかな、アポロ」


「そなたが騒がしいのは昔と変わらないようですね、シンディー。少し落ち着くよう、ヒールをかけて差し上げましょうか」

「結構ですっ!!! そうやって私を眠りにつかせて、また二人で心の傷を癒しあったりするつもりでしょっ!!」


……いや、そんなつもりはないんだけどね?


一人、白熱するシンディーをなだめながら、俺たちは屋敷を中へと入っていく。




路地裏でたむろしていた盗賊団をひっとらえ、少年の母親をヒールしたのち。

俺は、ローザスにある屋敷へと帰ってきていた。


来る前は、長居するつもりなどまったくなかった。あくまで俺が拠点を置いているのはテンマであるから、視察を終えたら戻るつもりだった。


だが、いかんせんこの町は、アクドーの悪政により問題だらけだった。


今日の盗賊団退治などは、その問題の一角にすぎない。色々ときなくさい噂も耳にするので、しばらく滞在し調査することとしたのだ。


幸い、施設は整っていた。


「いやあ、こんな立派な屋敷、あんな奴が住むにはもったいないお屋敷ですよね。アホドー、でしたっけ。」

「シンディー。それ、素で間違えてるのか……? アホじゃなくて、アクドーな。

まったくだよ。もちろん、テンマの屋敷も立派だけど、こっちはちょっと華美すぎるな」


今日見てきた町の現状を思えば、なおさらだ。

本当は絵画や背の高いカーペットなんかに費やすのではなくて、町のためになることにお金を回すべきだったろうに。


そうは思えど、今更アクドーの政治に苦言を呈しても仕方がない。



とにかく言えるのは、すでにあるものならば利用しない手はないという事実だけだ。


「ディル様がご不在の間に、ちゃんとお掃除と手入れはしておきましたから安心してお使いくださいな」

「おぉ、助かるよ」

「そりゃあもう。主人がいないところでも、ちゃんと家のために働くのが妻の務めですから♡」


シンディーは、また冗談を言って、とんと胸を張る。

そんな彼女をアポロは眉を落として心配そうに見つめた。シンディーの手をにぎったと思えば、思いつめた声で言う。


「シンディー、大丈夫? やっぱり早くに治療をいたしましょうか。どうやら現実と妄想の区別がついていないようです」

「だーかーらー、いりませんってば!!」


ボタンを掛け違えたようなやり取りに、俺はついつい吹き出す。


稀代のヒーラー・アポロ。どうやら真面目がすぎるあまり、冗談が通じないらしかった。

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