第39話 【sideアクドー】虐げてきた亜人に、しっぺ返しを食らう




まさか、森で戦が巻き起こっているとも、その戦が劣勢に傾いているとも知らず……。


アクドー・ヒギンスは、屋敷で眠りこけていた。



使用人は、何度も状況報告のために、部屋を訪れていた。


しかし、寝ぼけていた彼は、その使用人を叱りつけ追い返していたのだ。



やっと目覚めたのは、屋敷内が騒然としだした頃、すでに時は遅い。


飛び起きたアクドーは、寝室の小窓から外を覗く。


そこではちょうど、屈強な亜人たちが屋敷の門を破り侵入するところだった。

矢が飛び交い、一部では火もたぎっている。


煙がつんと鼻をついて、アクドーは眉を顰めた。



人以外を毛嫌いする汚らわしく卑しい民と考えるアクドーにとってその彼らが迫り来る様は、身の毛をよだたせた。


「な、なにが起きている!!!! 僕の屋敷に一体何が起きたんだ!」


アクドーは慌てるあまり、躓きながらも部屋を飛び出る。

近場にいた使用人を捕まえ、床に組み伏せた。


さきほど、必死に彼を起こそうとしていた男だ。


「貴様、なぜこんな状況を知らせなかった!」

「は、はっ! 私は何度も状況を知らせようと……」

「言い訳をするな、カスめ! 状況を話せ、なぜ亜人がここにいる!? 町にいたものは、全て追い出し『白狼の森』はドルトリンと山賊に制圧させたはずだ!」


使用人は、慄きながらも届いていた情報を報告する。


ラベロ家領土の森に誤って侵入したこと、戦となりドルトリンが出撃したが敗れたこと、それにより獣人たちが解き放たれたことーー。


順を追って説明されるなか、アクドーの頭は情報を処理しきれず沸騰しはじめる。


「う、う、うぁぁぁ!!? 貴様、何を言った! ふざけるな、あのドルトリンがディルックに敗れただと!!

 嘘を言え、カスが!! ここで死ぬか!?」


「す、全て本当にございます!! また、町でも暴動が起きています。

 アクドー様が領主となってからの支配には、うんざりだと人間の市民たちも…………」

「けっ、底辺市民どもがイキがりやがって! 腹いせだ。貴様のその顔、ボコボコにしてやる! くそ!!!」


なんの罪もない使用人に手をあげようとするアクドー。


廊下に、強く叩き潰すような音が鳴り渡る。


「……あ、あなたは!」


果たして頬をぶたれ、地面に大きく突っ伏していたのは、アクドーの方だった。

無様に血を吐き出す。


「ウサは、ウサミミ族の兵士! この屋敷の片隅に囚われ、労働に従事させられていた」

 貴様だな、アクドー・ヒギンス。このウサウサ族が、亜人たちの怒り全てを込めて、成敗してやるっ!」


侵入者である亜人たちが、そこまで乗り込んできたのだ。



「な、なんだと、もうこんなところまで!? 警備はどうした!」


アクドーは痛む頬を押さえながらにして、狼狽える。


だが、答える兵はいない。


屋敷に配していた兵士らは、その大半が森での戦に駆り出されていた。


最低限でしかなかった屋敷の守りは、入ってしまえば容易く突破できるほど脆かった。



それも、信頼関係などなく金だけで結んだ縁である。

一部の衛兵は、屋敷から物を盗んだ末、すでに逃走中だ。


だが、そんなことを知る由もなく。



「くっ、僕を誰だと思っている!? 天下のヒギンス公爵家の子息様だぞ!! しかも、この間までは王の側近でもあった! そして、この地の領主だぞ!?

 亜人ごときが触れるどころか、殴るだと! ありえねぇ」


お門違いな怒りも、天を衝く。

ウサウサ族の男に対して、アクドーはがなり立てた。

地団駄を踏み、目を血走らせる。


「去れ! 気味が悪い! 去れ、穢らわしい亜人め! その耳も、毛の生えた腕も、なにもかも生理的に受け付けない!」


生まれながらにして公爵家の甘い蜜を吸い、常に高台の上にいた男だ。


こんな状況下になっても、彼はあくまで自分が支配者でいるつもりだった。


自分の命令を聞かぬものはいない。

そんな勘違いも甚だしい奢りを、彼は抱いていた。


「ウサたちは、いや、亜人たちはみな、人に毛嫌いされることにも耐え、安寧の地を森にのみ得ていた。

 そこすらもはかいしつくし、亜人という理由だけで、違法労働に就かせたこと。

 もう我慢の限界だったのだ!」


ウサウサ族の男は、仲間達の悲痛の叫び全てを代弁して、憤る。


「処刑するなら、ウサだけをやれ!! すべての罪は、一人で被る!!」


一発一発に、恨み辛みの篭ったパンチが繰り出される。

アクドーはすぐに気を失った。



その後、その彼により、アクドーはあえなく捕虜となる。




命を救われたのは、またしてもその身分のためであった。

殺すまでしてしまった場合、人間たちとの全面戦争になるリスクを、考慮してのことだった。

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