第38話 主に受けた、なににも変えがたき恩を返しに。


「く、くそ……馬鹿な公爵家の子息に取り入って、組織を復活させる作戦が台無しだぁ…………! なんて強い男だ、ディルック・ラベロぉ」


ドルトリンは、こう呻いてそれきり気を失ったらしい。


土嚢の下から、声が聞こえなくなる。



組織の復活、とはなにを指すのか。

いろいろと気になることはあるが、それを聞き出すのは、今じゃなかろう。


それに、俺の役目でもない。


拘束はしっかりと済ませたのだ。

この戦いが終わったら、牢屋でたっぷり拷問されるといい。



無視を決めることにして、探知魔法で周囲の状況を確認する。


「……森が、かなり荒れてるな」


大量の気配が、そこかしこで入り乱れていた。


さきほどまで、俺にだけ集中していた攻撃の手が一転していた。

広い森の中、敵勢にだけ向けられている。



状況をこの目で確認するため、俺は近場にあった大木の上まで駆け上がった。


と、そこで見たものは、


「散々ウサたちをこき使ってくれやがって! ウサたちの恨み、思い知れ!! 侵略者ども!!」


「やっと身体が自由になった! 毎日毎日、ろくな睡眠も取れずに労働させられた挙句、今度は兵士扱い! 絶対にゆるさねぇ!! いくぞ、手長族!!」


「そうだそうだ、奴らに続くぞ!!」


亜人たちの反乱、猛反撃だった。


「く、くそ、言うことを聞け!! 亜人ども!!!!」

「もう言いなりにはならないウキ!!」


各所で、アクドー配下の軍勢と交戦を開始している。


「……なんだ、これ」


呟いてから、合点がいく。


ドルトリンを締め上げたことにより、服従スキルの効果が解けたのだ。



こうなると分かっていれば、先にあいつを締め上げればよかったと思うが、あの時は仲間の危険を知り、ほぼ反射的に動いてしまった。


なんにせよ、結果的には良しだ。




それにしても、ばらばらの種族であるはずの亜人たちが、ここまで統率を取って動けるものだろうか。


指揮する者がいるのか、と戦線の前方まで確認しに行って、驚いた。


揺れる旗は、ラベロ家の仲間にのみ振ることを認めている三日月紋。


激化する争いの中心にいた大男は、見知った顔のものだったのだ。


「おぉ!! やはり、あなた様でしたか、ディルック様! ここまで大規模な技を使えるのは、俺たちが知る限り、あなただけだ、大恩人!!」

「…………クマリン?」

「よかった、覚えてくれていましたか!!」


テンマ村にいるクマベア族たちを、もともと率いていた者だ。


少し前に、集落へと帰ったはずだが……


「前に言いましたぜ。俺たちは、この『白狼の森』に住む一族! 集落に戻ってからも、ディルック様の下で勤めた素晴らしい日々を忘れることはなかった」


こういうことだったらしい。


「クマリンがこの大勢の指揮を取っているのか!」

「そうとも! ここは一丸となって抗戦するよう、みなに持ちかけた。

 俺たちクマベア族。義に応じて、馳せ参じましたぜ!!」


なんて頼もしいのだろう。


俺は彼の近くまで降り立って、敵を散らしながら、久しぶりの会話を交わす。


「助かったよ、クマリン。クマベア族たちは、アクドーたちに従わなかったのか?」

「うむ。元より、俺たちの一族は東の森に集落を構えておりました。

 奴らは一度、うちにも怪しい話を持ちかけてきましたが、断り申しましたぜ。

 俺たちクマベア族は、大恩あるあなた様の旗以外は掲げたくねぇ! と」


「……それで、よく無事だったな?」

「ディルック様に戦略も、武も鍛えていただいておりましたから。かっか! もう、そんじゃそこらの回し者には負けませんぜ!

 さぁ、ここは任せてくだせぇ!」


俺は、こくりと頷く。

もうここは、援護攻撃をするまでもなさそうだ。


「これ、もう少ないけど、アリスの作った兵糧丸だ。窮地に陥ったら、使うといい」

「これは、なんと! かたじけない……!」


懐から、アリス自家製食料を残り全て手渡して、最後に言う。


「全部が終わったら、また村へ来てくれるか? 礼がしたい」

「はっは、領主様は仲間に引き入れたあとでも対応が手厚いなぁ。

 ありがたい言葉だ。それを思えば、俺たちの士気も上がるってもんよ! いくぜ、クマベアの意地を見せろ! とっとと終わらせるぜ!!」


おぉ、と声が上がる。

同時に戦が激化してきたので、再び一旦木々の上までのぼった。


だんだん高くなってきた朝日に照らされ、見晴らしが良くなっていた。改めて、戦況を確認する。


「互角、いや勢いも数も、もうこちらが優ってる!」


それどころか、だ。


アクドー直下にあるローザスの町でも、暴動が起きているらしい。


違法労働をさせられていた亜人たちだろう。


その気配が集結しながら向かうのは、一点の場所だ。



悪の元凶、アクドーのいる屋敷に違いなかった。

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