第33話 龍の力を制御し男、その脅威は森の形をも変える



望んでこそいないが信奉され、救世主として扱われたのなら、彼らの思いを裏切るわけにはいかない。


デミルシアン族からの話をもとに、作戦をしっかりと立てたうえで俺は『白狼の森』へと足を踏み入れる。


たしかに、かなり大きな森だ。


普通に行けば、ローザスまでは半日近くはかかるだろう。


そこを白龍でショートカットして、ものの数分で俺たちが辿り着いたのは、領地の境界線となる小道である。


もう真夜中、月明かりのみがうっすらと地面を照らしていた。


「そう、ここでございます。ローザスの侵略者どもは、今のところ、自分達ではこの境界線を越えておりません」


コロロがくれた情報に、俺は眉をしかめる。


「……こちらから先に侵攻したことになるのは、まずいな」


領地の範囲をわきまえているとは、アクドーらしくない。

あいつ一人なら間違いなく、俺の領土など自分のもの同然と考えて進行してくる。


妙な奴らが、彼についていると見て良さそうだ。


「あれ。でも、じゃあどうやって森中の種族に声をかけてるんだ?」

「民族の移動は、彼らの侵入ではありませんから。すでに従えた種族の者たちに、説得させているのです。

 『いずれ、東の森は全て焼き尽くす!』と」

「要は、山火事にでも見せかけるつもりか」

「はい…………」


とことん、やることが意地汚い連中である。

全てが手中にないと気に食わないらしい。


思い通りにならないものは、全て憎しというところだろう。



ならば、存分に憎んでもらうとしよう。


「罠のことなら、うちに任せてちょうだい。もう何回も、悪い人はこの罠で仕留めてきたわ」


敵が厄介な手を使うなら、こっちにも出方というのがある。


こちらには、土木の職人で、罠師でもあるキャロットがいるのだ。


「きゃっ、格好いいですよ、キャロット姉さんー」

「か、か、格好いいって! やめてよシンディーってばぁ、嬉しくないし。と、とりあえず錬金術を駆使して手伝いなさいっ」

「でも、本当に格好いいなキャロット」


「ちょ、ディルック様までぇ! あ、あ、当たり前でしょっ!」

「あんまり大声出すなよー」


それにシンディーもいれば、俺はどちらの能力も使いこなせる。


作戦については、二人とも打ち合わせの上、綿密に立ててあった。


夜の影に身を潜めながらも、俺はその予定通りに作業を進めていく。



大掛かりな作戦こそ、慎重に動かなければならない。


「さぁ仕上げだけど……。これはディルック様しかできないわ!」


仕込み終わったのは、もう明け方になる頃だった。


俺は小道に出て、自らの領地、東の森へ向けて剣を抜く。


白龍の力で感知し、この地点から一直線の場所に、人や動物がいないのを改めて確かめてから、剣を顔の近くに寄せた。


魔力を、刀へとじわりじわり伝えていく。


「す、すごい、さすがディル様!」

「尋常じゃない力……! さすがね、うちらの主様は。周りの木々が、力を溜めているだけで軋んでる」


風が起き、音が騒ぐ。

それが徐々に鎮まり、魔力が静かなるエネルギーとなったところが、最高到達点だ。


「ラベロ流・半月下弦斬り!!」


振りかぶった剣を地面へ向けて、強く叩きつける。

魔力が巨大な球体のように、地面をものともせず一直線に解き放たれていく。


それは、一歩間違えれば災害クラスの力だった。

事前に安全を確認していなければ、どうなったか。


またたく間に、森の木々がえぐれて、倒れていく。

これまで聞いたこともない轟音が耳をつんざいた。


その出力は、普段の二倍である。


いつかドワーフらに作ってもらった輪廻の腕輪に溜めていた魔力も、同時に放出した。



発動者である俺でさえ、それは未体験の力だった。


「な、何者だ!? なにをした!?」



少しして、西の森からアクドーの手下らが駆けつけてくる。


夜警に当たっていたらしい。

もちろん、ここまで想定済みで俺たちは罠を仕掛けていたのだ。


場所は、小道のあった地点である。


「う、うわっ!? くそ、なんだ!?」


踏むと足枷が飛び出てくる装置により、彼らは自由を失う。


そうなったら運の尽き。

その装置は、踏めば重みにより、さらに別の罠も発動させるのだ。


「う、うぉっ!?」


捕まった手下らは足を支点にして、宙へと浮き上がる。

枷の先についているのは、魔力を纏った細く透明な糸だ。


それが木の上に吊るしていた滑車を回転させ、糸の先にいた俺たちのそばまで手下らを運んできた。


その時には腕にも枷がついており、もはや抵抗さえできない。


「どう? 伊達じゃないでしょ?」


ポニーテールを結び直しながら、片目だけをつむるキャロット。


「あぁ、全くだ。こりゃあ最高の罠師だ」

「あ、あ、ありがとう……。まぁ当然のことよ」


と、ジタバタともがくのは捕虜たちだ。


「お前、隣村の奴らか!? くそ、はなしやがれ! ワテらが誰の下についているか知っての行動だろうなぁ!」


「アクドーだろ。それくらい分かってる」


「へっへ、分かってんじゃねぇ〜かぁ! てめぇらがどんな策を用いようと、こっちは金と数が違うんだよ、カスめ!!!」


「うるさいですね、ほんと。ディル様、殴ってもーーーー」

「シンディー、いいよ。言わせておけばいいんだ」


「へっ、わきまえろ!! 俺を捕まえたところで、貴様らはかなわねぇよ!

 なにせ、アクドー様の家臣様は妙な力を持ってんだ。

 俺が叫び散らせば、必ず援軍が来て、お前らの終わりだ!!」


静かで穏やかな朝は、今日も森には訪れない。


けれど、今だけはそれでいい。

むしろ、叫び散らしてもらわなくては困るのだ、彼らには。


むしろ、叫んでくれる方が思う壺である。


「おい、確かにこっちから声がしたのか?」

「あぁ、間違いねぇ! 大方、俺たち山賊のバックに公爵様がついてるとは知らない情弱どもが、喧嘩売ってきたんだろ」


「ひっひ、最高の朝だ。朝から亜人どもの血が見れるってわけか! この大槍でひとつきにしてやる」

「万が一でも浴びねえようにしねえとなぁ? 一生ものの汚れになっちまう」



息をひそめて彼らが向かってくるのを待つ。


俺は、拳を震わせるコロロの手を握って、諭すように揺すった。


耐えるのは、もうほんの少しだけだ。



そして、彼らアクドーの配下はまんまと踏み入れた。

全く気づくことなく、俺の管轄である東の森に。


「ディル様! うまくいきましたっ!」

「当然よ、綻びはないわ」


頼もしい二人に頷きを返して、俺は剣を抜き草陰から立ち上がる。


「き、貴様は!?」

「俺はこの東の森を管轄する領主。ヒギンス家が境界線を破り侵入してきたため、返り討ちにする」


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