第32話 獣人たちに神と崇められている件



「ほ、本当に我らをこのような素晴らしい村に招いていただけるのですか!」

「えぇ、ここに加わる条件は先ほど示しただよ」



一 住居と身の安全は、テンマで保証する。


二 怪我が癒えるまでは労働力なども求めない。


三 共同生活のマナーを守っていれば、信仰や文化には口出しをしない。


四 対価は求めないが、アクドーらローザスの動きについて知っている情報はすべて共有する。


五 動けるようになったものは、テンマで生産職などについてもよい。


……とまぁ、こんな項目を列挙した誓約書に、先ほど互いのサインをおえたところだ。



「しかし、これではあまりに我らばかりが利益を与えていただいているのでは……」

「そうでもないよ。ローザスの情報は、とても重要だからな。

 それに、もうサインしたんだから心配いらない。さぁ、仮の住まいを案内しますよ、みなさん」


コロロと遭遇してから、数日後である。

彼女の説得は無事に実ったらしい。


俺たちは、テンマ村にデミルシアン族を迎えていた。


村人にとっては、はじめて遭遇する種族だったろう。

しかし俺がこれまで何度も人を連れ帰ってきたせいか、彼らを物珍しがるものは一人もいない。


みな、「あぁ、また……」といった穏やかな反応である。

身構えてやってきただろうデミルシアン族は、拍子抜けしたらしく、ぎこちない様子だ。


「前に見た時も十分栄えていたが、これほどとは……」


一人の呟いたその感想が少し引っかかった。


「前にこられたことがあるのですか?」

「……黙っていてすまない。俺は前に、奴らにこの村の偵察をしてこいと命じられて、近くまで寄ったことがある。

 スコーピオンを追い返すほどの圧倒的なオーラに驚き、すぐに撤退した。むろん、なんの情報も奴らには与えていない」


そういえばあの時、逃げる気配が二つあったが、あれは彼らだったらしい。



「でも、たしか残っていた足跡は犬そのものだったような」


答えてくれたのは、コロロだった。


「我らデミルシアン族は、ほらこのように。手足を変形させられるのです。

 この形態となれば、四足歩行でより早く駆け抜けられるのでございます」


実際に彼女は、腕を犬のそれに変えてみせる。

立派に毛まで生えて、肉球もある。触らせてもらっても、本物そのものだ。


いろんな種族がいるものである。


クマベア族が、その腕を強靭で逞しいものに変える力に近いのかもしれない。



「でも、我ら訓練された戦士をもっても、奴の凶行は止められなかった……。両親も連れて行かれた。

 数が違いすぎたのです」


その言葉に、俺はしばし目を瞑った。


彼女らの無念は必ず晴らしてやらねばならない、と決意を固める。


「大丈夫ですよ、俺たちに任せてくれれば。

 とりあえず、まずは傷を癒してください。こちらが、今回ご用意した家です」


「こ、ここが我らの住まいになるのですか」

「えぇ、昔、ドワーフたちが使っていた即興の掘建て小屋です。

 仮住まいとなりますが、大丈夫ですか?」


むろん改装をして、より強固な作りにしてはあるが、周りの家に比べればシンプルで小さな家々だ。


けれど、


「と、とんでもありません! そなた、これほど立派な家を仮と申したのですか! これなら、集落の家よりずっと綺麗かも」


コロロを含め、全員お気に召してくれたらしい。

家の外壁に触れながら、目を輝かせる。


こうしてみると、年相応に可愛らしい少女だ。

そう思ったのも束の間、咳払いと共にすぐその顔は引き締まる。


「わ、我らは、ひとまず置いてもらう身! まったく問題ございません、ありがとうございます!」


が、デミルシアン族の感情は、隠しても漏れてしまうもの。

耳はひょこっと跳ね、尻尾は機嫌良さげにぶんぶんと揺れていた。


そこから彼らは一通り住居を確認する。

そして、持参していた大きな袋から木箱を取り出した。


「これを置かせていただいても、よいですか?」


厳重な包装の中から出てきたるは、前に言っていた神・白狼の像であろう。


姿勢を低くして吠える様は、悠然として美しい。

しかし、その腕の部分が欠けてしまっていた。


「これが、奴らに壊されながらも守った神像でございます。心苦しいながら、どうかこれを置かせていただけば幸いです」

「うん、それは構わないけど……。コロロ、一ついいか?」


「はい、なんでしょうかディルック様」

「直していいのなら修復するよ。元の形を覚えているのなら、教えてくれないか?」


提案した途端、彼ら全員の目の色が変わった。


「そ、そんな、そこまでしてもらうなんて!」


いやぁわかりやすい種族で助かる限りだ。

キャロットと変わらないくらい分かりやすい。


彼らは、いつのまにかすぐ近くまで寄ってきていた。

全員が俺の方を見上げて、尻尾を振る。


「とにかく任せてくださいよ」


もう錬金術は手慣れたのものだ。


その場で製図を書いてもらって、俺はまったくその通りに作り上げる。


集中して魔法を使用したものだから、俺は出来上がってからやっと気づいた。

白狼の隣に、明らかに俺らしき木像が立っている。



「えっと、なんですか、これ」


答えてくれたのは、コロロだ。俺に尻尾を振りつけてきながら、言う。


「我らが白狼を信仰していたのは、過去に窮地を救ってもらったと言う伝説があるゆえ。

 そなたも、今回我らを救ってくださった!」

「おぉ、素晴らしい出来だ。我らの新しい神! ディルック神!」


いやいや、俺まで神格化されたんだが……!?


つぶらな瞳がたくさん、俺を捉えている。


「えーと、……とりあえずご飯にでもしますか? 作りたくて、うずうずしている少女が一人控えてまして」

「おぉ、神からのありがたいことこの上ない施しでありますか!」

「我ら、甘んじてお受けいたします。あぁ、我らを救ってくださったうえ、お優しき恵みまで。心の底から感謝が尽きない……! 崇めよ! ディルック神に向かって礼拝を!」


「いや、結構ですから!! 止めてくれよ、コロロ」

「ディルック神様!」


あ、だめだこれ。


神と崇められたいアクドーの気持ちがまるでわからん。


というか、まだ奴らを倒したわけでもないのに、いいのか?


思いながらも俺は、デミルシアン族の輪を引き連れ、アリスの食堂へと向かうのだった。

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