第34話 戦場、蹴散らします!



「こいつ、なにを言ってやがる! テンマの領主だと? 

 境界線を超えてるのは、てめぇじゃねぇか。ほら、領地境界線の小道はてめぇの後ろだ」


「はんっ、亜人を内輪にとりこむ変人だと聞く。目もおかしいらしいなぁ。けっけっけ」


清らかな朝にふさわしくない笑い声が、耳をつんざく。


それ自体はひどく不快だった。

だが、それを差し引いても作戦の成功は喜ばしい。


なぜなら、なにも分かっていないのは彼らの方だからだ。


「一線を超えたのはお前たちのほうだよ、よく見てろよ」


俺は立ち上がり後退し、先程大技で抉り作った道まで出ていく。


足先で少し土を掘って、真下を指差した。


「ここは、さっき俺が作った道だ。その証拠に、まだ真新しい茶色をしてる。もともとあった道は、お前らが越えてきた道だよ。山賊ども」

「……な、なんだと!? だが道なんて……み、道だ…………」


彼らは後ろを振り返り、そのまま固まってしまう。

そこでは、ちょうど元の小道が露わになるところであった。


シンディー、キャロット、コロロの三人に手によって薙ぎ払われたのは、木々の模型だ。


夜中のうちに錬金術を用いて、作成していたものだ。これにより、道の場所を誤認させていたのだった。


「というわけだ。大人しく捕まってくれるか、侵入者さんたち」

「くそ、なんて悪知恵の働く男だ!」


本物の悪党に言われるとは、思ってもみなかった。

褒め言葉と受け取っておく。


「へへっ、だが、関係ねぇ。この騒ぎで、じきに大部隊がくる。

 どうせ入っちまったもんは仕方ねぇ、うちの幹部が来る前に、ここでやっちまえば大手柄だぞ、野郎ども!」


仲間に知らせるためだろう、大きな指笛が吹かれる。


騒然とし始める西の森の気配を探知してみれば、もうかなりの人数がこちらへと向かい始めていた。


多勢に無勢はもうお手のものだが、少ない味方がこう固まっていては逆にやりづらい。


「コロロ、二人を乗せて逃げられるか? 手足を獣化して走り抜けてくれ。デミルシアン族の足なら、たぶん一刻とかからず着くはずだ。

 逃げるんだ、それから村に着いたら警備を固めるよう知らせてくれるか」

「……そなたは残るのですか」

「俺は残るよ、やらなきゃいけないことがある」


異議を唱えたのは、シンディー一人だった。


「で、でも! それなら、わたくしもご一緒に……」

「俺の心配はいらないから。先に帰っててくれ。終わったら、アリスにうまい飯でも作ってもらって屋敷で食べよう。

 コロロ、じゃあ頼む!」



俺は、戦闘服の内ポケットに入れていたアリス特製の携帯食料を噛みながら、ひとときの別れを告げた。


さすがに、アリスの料理は伊達じゃない。

かりっとひと噛みするだけで、魔力が漲り始める。


さっき森に新しい道を作るという大技をやったばかりだが、これならば、まだまだ戦えそうだ。


剣を構え直す。敵の数は目で見える範囲で50以上、感覚で探知できる範囲で1000は固い。


町にもいるだろうから、総数にすれば3000近いか?


俺は先ほど作った道まで敵を誘き寄せ、その剣を飛びよけて、空いたスペースへと飛び降りる。


「ラベロ流・月船斬り!!」


足元を払うように、龍火を帯びた剣を半円状に振り切った。



魔力がない頃なら、一人を倒すための奇襲的な技だったが、今はもう違う。


火を纏った爆風が、生きる龍かのごとく地を這う。


勇み武器を向けていたものたちが、次々に道へと突っ伏していった。



力は加減していたから、死なせるようなことはあるまい。

血を吐くものはあれ、致命傷ではなさそうだ。


斬り終えた低姿勢のまま、あたりを見回す。


「ふぅ、これで100は減らせたか?」

「ば、ば、ば、化物だぁぁ!!! つ、強すぎる! これが人一人の力か!? ひぃっ、俺は逃げるぞ!!!」


みんな、あぁして逃げてくれればいいんだけどなぁ。無益に傷つけたくないし。


背を向けて敗走する敵兵を眺めながら、そう思った。

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