第29話 新たな領地に向かうと海賊に囲まれましたが?



守りを充実させ、地盤を固めるのも大切だが、それで縮こまっていてはいけない。


まだまだ未開の地が、この辺境には広がっている。



ある日、俺が満を持して乗り出したのは、海辺だ。

新しく管轄となった新領地であり、隣町・ローザスに繋がる森へ直接繋がる要所でもある。


そのため、なんとしても早めに押さえておきたかったのだ。



海辺といえば、場所は違えど、前に人攫い集団をとっちめたこともある。

嫌な予感がしていたので単身乗り込んだところ、


「……あぁん? なんだ、お前は!」


今度も、荒くれた風体の男たちが廃港を占拠していた。


リーダーらしき男がくわえタバコのまま、顎をしゃくる。

あっという間に、大の大人10人ほどに囲まれてしまった。


彼らが打ち立てるは、髑髏マークの周りでとぐろを巻く龍の旗だ。

それは悠然と海風に揺られていた。


俺はあくまで、穏やかに声をかけ返す。


「俺は、新しくここの領主になったディルック・ラベロだ。あなた方は?」

「見りゃわかるだろ、海賊さまだ! この辺り一帯の海や島を締める『昇り龍』海賊団よ。

 命が惜しけりゃ、とっとと降伏しやがれってんだ! 海賊の世界に、地位は関係ねぇぞ?」


太く穂先の鋭くとがった槍が向けられる。


それにしても、龍とは。

俺はその本物の力を使うことができるのだが、彼らがそれを知る由もない。


「ふはは! これは少し前に盗賊集団から盗んだ武器だ。切れ味、テメェの身体で試してみるか?」

「残念だけど、痛いのは好きじゃないんだ」


俺は、その穂先を手で鷲掴みにする。

指先にためた魔力で作り出すのは、手刀だ。


こつと根元を叩けば、槍は簡単に折れる。


「こ、こいつ……!」


砂浜に転がったそれを見て、海賊たちは俺から距離を取った。



「ここは街で除け者にされていた俺たちの唯一の居場所! てめぇみたいな貴族出身の野郎に邪魔されてたまるかよ!」


「お前たち、もともとは街の者か」


「あぁ、そうだ! だが、家柄を理由に奴隷みたいに働かされ嫌になって出てきて、たどり着いたのがここ!

 やっと見つけた安寧の地よ! 貴様などに壊されてたまるか!」

「どうせもう、こいつに逃げ場はねぇんだしな」


俺へ向けられていた武器が、一斉に刺しこまれる。


「ラベロ流・月満ち回転剣舞!」


それを間一髪のところまで引きつけてから躱して、俺は上へと跳び上がった。

同時に、剣技を見舞ってやる。


「う、浮いただと……ってうわっ!?」


武器の全てを薙ぎ払い、お次は召喚魔法だ。

呼び出したのは、もちろん白龍である。


強い光とともに現れた彼は、俺を包むようにして、その大きく雄大な体を顕現させた。


「「り、龍!? 本物!?」」


海賊らは、目をひん剥いて俺たちを凝視する。

やはり初見は誰しもこうなるらしい。


「まさか俺たちの旗に導かれてやってきたのか!? 俺たちの味方をしてくれるのか!」


「そんなわけがなかろう。吾輩は、ディルック様ただ一人を我が主人と定めておる!」


「し、喋った!? くっ、こいつが龍を従えているとでも言うのか!」

「そのとおり。吾輩は忠実な僕よ。

 主人よ、この外れ者たちを蹴散らせばよいか?」


白龍は、その鱗を揺らめかせながらどすの利いた声で問う。


「そこまでしなくてもよさそうだけどね。ほら」


俺がそう言ったのは、すでに海賊たちがみな跪き平伏していたからだった。


態度が一転していた。みながみな、必死に頭を下げ続ける。


「龍と戦うなんて勘弁してくれぇ!」

「す、すいませんでした! まさか本当に龍がいて、それを従える方だとは思いもせず!」

「龍は我ら海賊団の象徴! 俺たちは、どうしたってあんたに逆らえねぇ……」


とりあえず荒事は片付いたらしい。

それを横目に白龍は、俺の頬へ長い髭を擦り付けてきていた。


そんな彼に注がれるは、きらきらと憧れを含んだものや、力に怯える目などさまざまだ。


「むぅ、こう注目の的となると、なんだかやりにくいの」

「悪い。白龍、もう休んでてくれていいぞ」


俺は彼の鱗を撫で労ってから、召喚を解く。


急に現れ、またしても急に消えた巨竜に、海賊らは呆気に取られていた。





「お前たちは、どういう活動をして、どこで金を手に入れていたんだ?」


一段落してから、事情を尋ねる。


彼ら曰く、海賊といえど、あたり構わず暴れ散らしていたわけではないらしい。


「俺たちが物を奪ってきたのは、もっぱら巨万の富を持つ富豪たちの船や屋敷のみ。

 昔俺たちをまるで物かのように扱ってきた奴らへの仕返しだよ」

「……お前たち、奴隷だったのか?」


「中には、そう言う奴もいる。安銭で殺し合いをさせられ、背中に大傷を負った者もいた。


俺たちは、そいつらへの復讐ついでに生計を立てていた。信じてくれ!」


海賊の言うことだ。

鵜呑みにしてはいけないのは、元役人として鉄則である。


無法者たちは狡猾で、相手を騙すことに躊躇いがない。


ただ、彼らは少し違うようだ。


その素直な態度を鑑みても、彼らの拠点にある物品を見てみても、嘘はついていないらしい。

転がっているのは、場所に似つかず高そうな家具類だ。


たしかに、一般層からせしめられる物ではない。


「だからって、ただでは許せないな。略奪をしたことには変わりない」

「…………くっ、罪は罪ってか。やはり役人は頭が固えな」


「なんとでも思うがいいさ。でも、一つだけ言わせてくれ。

 搾取された辛い過去があるなら、なおさら、お前らが同じことをしちゃいけない。

 それじゃあ、お前らまで低俗に堕ちることになる」



はっとしたのか、海賊たちは顔を伏せて押し黙った。

ある者は心底悔しそうに、浜の砂利を握りしめる。


「じゃあ、どうしろってんだ……」


その気持ちは、痛いほどよくわかった。

俺だって、身分や外れスキルのせいで、何度も苦渋を飲まされている。


「俺はこの港を再興したい。文明を復興したいって夢があるんだ。

 その人員になってくれないか。それが、逮捕に代わる罰だ。金も住処も保証する。

 悔しさや恨みは、力に変えるんだ。そうするしかないんだ」


「…………なっ、俺たちみたいなはみ出しものを雇おうってのか!? でもさっき、許さないって……」

「許すとは言ってないけど、捕まえるとも言ってないだろ」



驚きの声が、海賊たちの間で広がる。


そこまで変なことを言っただろうか。


「今、うちは人手不足なんだ。それに、海ならお前らの方がずっと詳しいだろ? それで、どうだ? 俺は決して、お前たちを見下さない。海賊風情とも笑わない。

 ただ断るようなら、俺も役人の端くれだ。捕まえるしかなくなっちゃうんだけど」


冗談を交えて、提示する。


一人は涙ながらに、俺の腰にしがみついてきた。

くしゃくしゃの顔で、見上げてくる。


「俺は、この海賊団の船長をしていた、ドドリアだ! 本当に、俺たちに場所をくれるのか」

「うん、その代わりちゃんと働けよ?」

「約束しよう、龍の旦那! これから俺たち『昇り竜』海賊団は、正式に旦那の配下に入らせていただきます。

 粉骨砕身、働き申す!」



海辺開拓初日にして、大成果である。

味方にしてしまえば、心強そうな面々だった。



「旦那! これから、末長くお世話になりもうす! う、初めて俺たちのことを分かってくれた……」

「旦那ぁ、あんたはなんて、いい奴なんだ !! うぉぉん涙がとまらねぇ!」


……まとわりつかれて泣かれるのは、困ったものだが。

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