第28話 新たな召喚英霊(2) 『老剣士』バルク




老剣士・バルク。


彼を召喚したのは、数週間前のことだった。


期待していたのは、開発に直接関わるような生産関係の英霊だったから、はじめはどうしたものかと思った。


しかし、これが古代剣術の達人だったのだ。




俺たちは屋敷を出て、彼らが稽古をする村外れへと出向く。


そこでは、ちょうどバルクがクマベア族たちを相手取り、実践稽古をしていた。


俺の姿に気づくと、クマベア族らは雄叫びをあげる。


「強い剣士相手だろうと関係ねぇ! ディルック様の前で、恥をかきたくない! 全力でいくぜ!!」


その太い腕を遠慮なく、バルクへ向けて振り下ろした。

たぶん、地面にあたれば大きな揺れが起きただろう強さだ。


俺との特訓で鍛えたこともあり、急所を狙う器用さも覚えている。



しかし、バルクは片手のみで握った剣によって、それを止めていた。

まるで重さを感じていないかの如く、軽々しかった。


「な、なんだと!」


そのままクマベア族の腕を地面へと払いのけてバルクは言う。


「魔力がなくとも、『気』の扱い方を覚えれば、貴殿らももっと強くなれよう! 爺のいた時代のお主らクマベア族は、もっと強かった。

 『気』を扱う、クマエリートになるのだ、お前たち! そのためには、さらなる訓練でござる!」


……しかしまぁ、熱血だなぁ。見た目は、白髪白髭で、もう老人だというのに。


俺は半ば呆れるほかない。


バルクの言う『気』。

それこそが、この4000年のうちに忘れ去られ、古代にしかない概念であった。



魔力とはまた別ものらしい。

研ぎ澄まされた心、磨き上げられた技術、強靭に仕上げられた身体があって、発動できるという。


身体に纏わせることで、身体能力の全てを引き上げられる秘技だ。


彼いわく、訓練をすれば誰でも扱えるような代物とのことだった。


バルクはひと段落つくと、俺の前に片膝をつき頭を下げる。


「これはこれは、若様。それに、シンディー様。ご見物とは至極光栄でござる」

「バルクさん。あんまり虐めすぎないでくださいよ。いざと言うときに、全員疲れ切って戦えないのでは困りますから」


「はは、それはそうでござるな。すまぬ!  もう少し非常時のことも考えて、特訓することとしますぞ。

 では再開にござる、者ども! まずは素振り100回!」


果たして、どこまでいじめ抜くのだか。


歳を感じさせぬキビキビとした動きで、彼は再び稽古に入る。

それを目にしたシンディーは、手をぱたぱたと自分の顔を仰ぐ。


「ディル様。わたくし、なんだか暑くなってきました……」

「あぁ、もう夏だしなぁ」

「それもありますけど、なんかこう……暑いんです」


溌剌とした掛け声とともに、クマベア族らの素振りは一斉に始められる。


彼らの汗が太陽光に晒されて、きらきらと光っていた。


たしかに、これは暑苦しい。

眺めていると、俺も意識の境界線がぼうっと薄れていく心地になる。


まさに、その時のことだ。


「…………これは!」


身体の表面で、ぶわりと毛が逆立った。

突如襲ってきた禍々しい気配が、そうさせたのだ。


俺はすぐ剣に手をかけ、あたりに気を配る。




近くまで、魔物が降りてきているらしい。


バルクやクマベア族たちも気づいたようだが、その場所までは把握できないようで、あたりを警戒する。


ただ俺には、龍の探索能力も備わっていた。


すぐさま場所を探知し、それが潜む草陰の前まで駆ける。


のそりと出てきたのは、怪蠍・キルスコーピオン。危険度はAランクと高位に君臨する魔物である。


ここらで見かけるのは、初めてだった。


「ひ、ひぃっ! なんかすごい見た目! よ、余裕のよいじゃありません。ディル様!」


シンディーが俺の後ろで悲鳴をあげる。がしりと腕を掴んできた。


大きな節足は、間近で見ると確かになかなか堪えるものがあった。


この魔物も、以前対峙した大蛇と同じく毒を持つ。


「若! ここは一つ、この爺が得意の剣技を」

「いや、剣はまずいよ。たしかこいつら、切り付けられると、毒を撒き散らす習性があるんだ」


「なんと! ではどうするのでござるか」

「今は、大人しく帰ってもらうほかないかな。シンディー、すぐ終わらせるから離れてくれるか?」


こくりと、彼女はか細く頷く。


俺は剣にかけていた手をだらんと下ろし、腹の下、丹田に意識を置いて呼吸を落ち着けた。


こうして、身体の端々から内側へ中心へと溜めていくのが『気』である。


目を閉じた後、キルスコーピオンを強く睨みつけた。

バルクを召喚した俺も、その今はなき力を扱えるようになっていたのだ。



真正面から、殺気がぶつかり合う。


「す、すげぇぜ! 領主様、気だけで魔物とやり合ってやがる!」


どちらも引かぬ競り合いであったが、やがて薄れていったのは、キルスコーピオンの放つそれだった。


「……ク、クォー」


草むらを長い手足でかき分け、身体を前に向けたまま、そのまま山へと引き返していく。


「あれ……」


思わずこう口から漏れたのは、去っていく気配が二つであったためだ。


すぐさま残されていった足跡を観察しにいけば、犬のような足跡が残っている。


コボルトでもいたのだろうか。

スコーピオンの放つ強烈な魔力で、気づくことができていなかったらしい。


いずれにしても、


「あぁ、見たか今の! 領主様、雰囲気だけであの獰猛な魔物たちを追い払ったぞ」

「さすがだ……! あれが『気』か! なんて格好いい。戦わずして勝った……!」

「やんっ、さすがディル様♡!」


ひとまずの危険は回避できたようだ。


さまざまな感想が、交わされる。



バルクに至っては、ずっと目を閉じずにわなわなと震え、俺を見つめていた。


「やはり、若は格が違うよのぉ」

「いいや、バルクさんを召喚したときに覚えた『気』を使っただけだって」


「なにをおっしゃるやら。今のは『気』を超えているでござる。言うなれば、『剛の気』!」


……ん? なんだろう、それは。


「『柔の気』と対をなす圧倒的なオーラでござる。

 追い払うのが『剛』、従えるのが『柔』。どちらも、『気』を極めたもののみがたどり着けるものぞ!」


「……極めたって、最近覚えたばかりなんだけどなぁ」


「元より素質があったのでござろう。若様の家は代々、剣術の家だったと聞く」


そりゃまぁ、人並み以上の鍛錬はこなしてきたつもりではあるが、実感には乏しい。


「爺の前に生きていた時代において、『剛の気』を纏うものは唯一、伝説となった剣王ベルセルクのみであった。

 若様にも、その才覚があるでござる!」


……剣王って、なんかとんでもないな、おい!


とはいえまぁ、剣術の達人にそう言ってもらえるのは、自信にしてもいいのかもしれない。



そして、


「なんだかやる気が出てきたぜ、おい!」

「こんな強いボスがいるんだ、俺たちもディルック護衛団の名に恥じぬよう、強くなろうぜ! まずは気をマスターするぜ!」

「「おう!!」」


士気の上昇に繋がってくれたようで、なによりだった。


「これなら心配なさそうだろ。シンディー」

「はい、たしかに……! これなら安心して、ディル様といちゃつけます!」



おいおい、そもそもはアクドーたちの侵攻を心配してたはずじゃなかったっけ……?

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