第30話 元海賊船、旗を変えて漁へ出る。


海賊らを傘下に入れたことで、海辺へ進出する一つの足掛かりを得た。


俺はそれくらいに思っていたのだが、数日後再び伺ってみると、



「龍の旦那! こいつらが、俺の配下にいた船員たちだ。総勢30名、みな異議はないとのことだった。よろしくお頼み申す」


なんとまぁ、思った以上の大所帯であった。


人数もそうだし、船は5隻も所有していた。

そのうち一つは沖まで出られる大型の帆船だ。


さっそく乗せてもらっているが、安定感が違う。

ちょっとやそっとの波では揺らがない。


「舵をとって、風を受けろ!」


ドドリアの命により、船が方向を変えた。頭上に大きく張られた帆が、膨らむ。


そこに大きく描かれたのは、前に見た髑髏の海賊旗ではない。


いつの間に作ったのか、ラベロ家の家紋である三日月紋の周りに、龍がとぐろを巻いている。


見上げて驚いていると、ドドリアは胸を得意げに叩く。


「どうです! 悪事ばかりが刻まれたあの海賊旗は、もう振り回せねぇでしょ。だから、夜なべして作ったんでぇ! いかすもんでしょう」


圧巻の出来であった。


ついてきていたアリスが、目をキラキラと輝かせる。

超絶人見知りモードが発動していない理由は、簡単だ。


「うんうん! 気分も上がってきた!

 きっとお魚たくさん穫れるよ! あぁ、脂の乗った鯛とか、身のしまったタコとか……。想像するだけで、あぁ海ってなんて素敵な場所なの!

 そこへ出られるなんて、あたし、夢みたい!」


お料理魂が、彼女の心を燃やしていた。


船の話をすると、真っ先に飛びついてきたくらいだ。


「アリスちゃんってば、暴れたらダメですよ」

「そういうシンディーさんは、わざと怖がって、ディルック様にひっつくのお見通しだもん。おあいこ、おあいこ!」


「二人とも、あとで酔われたら困るから、いがみ合うなよー」


そう言って静まるなら事は早いのだが、そうは問屋が卸さないのは、日常生活でよく理解している。


今や村にはたくさんの住居が構えられているが、二人はいまだ、俺とともに屋敷に同居中だ。


どうやら、共同生活が気に入ってしまったらしい。



騒々しいうちにも、船は元海賊団の手によって進められ、俺たちは沖まで出ていく。


「旦那! 例の網、どの辺りで下ろすんでい?」

「ちょっと待ってくれ。今、探知するから」


陸だろうが海だろうが、勝手は同じだ。


目を閉じて、気配に意識を済ませば、やがて水の下の生き物たちの動きが見えてくる。


強い反応があったのは、右手側だ。


「ドドリア、右に強くかじを切ってくれるか。魚群が辺りを旋回してる」

「了解しやした! でも、船乗りならこう言いますぜ。面舵いっぱい! ってね」

「なるほど、海の流儀ってわけか。みんな、面舵いっぱいだ!!」


船が大きく方向転換する。


船員たちが慌ただしく動く一方、俺たちは用意していた仕掛け網を広げ、漁の準備を始めた。


これはシンディーと共に作った魔導具だ。

中心へ誘い込むような海流が自動で生まれる仕組みである。


「範囲としては、こんなものか……?」


目的地について、俺たちはいよいよ網を水面へ下ろしていく。


知識はあれど、いかんせん実践は初めてだ。

まごまごとやっていると、


「たくさん、たくさん、取ろうよ! あたし、どんな珍魚でも捌いてみせるから!」


アリスが意気揚々と網の範囲を広げていく。


「ちょっと、これ大丈夫でしょうかディル様……! アリスちゃん欲張りすぎたんじゃ」


シンディーの不安は、その少し後、現実のものとなった。


魚群もかかったが、もっと大きなものも引っ掛けてしまった。


「だ、旦那! まずい、あれは大海獣・トドセル! 尋常じゃないほど鋭いツノを持っていて、船を突き破ることもある大物! 海の主とも言われる存在だ」

「ねぇ、ドドリアさん。あれって食べられるの?」

「アリスちゃん、食い意地はそこまで! あわわ、わわ、どうしましょうディル様!」


言ってる間にも、トドセルはこちらへ突進してくる。


眠りについていたらしく、気づけないまま、網に巻き込んだのが災いした。


怒りを露わにしていて、その圧は肌で感じられるほどに膨張していく。


このままでは船体が大破して、海に沈められかねない。


だが、海の中ではまともに戦えるかどうか。



迷う時間もなく判断を迫られた俺は、水面下でこちらへ猛然と向かってくるトドセルへ剣先を向ける。


身体から柄を伝って刀身まで。俺は、魔力を行き渡らせていった。

一方で、別の回路では『気』を練るのも忘れない。

剣が二つの異なる力を纏う。


それを、俺は海の中へと差し込んだ。


失敗すれば、海のもくずとなりかねない。が、


「………きゅーん」


無事に技は効いたらしい。

トドセルは、途端に大人しく従順になり、甲高い声で鳴く。



前に剣士・バルクが言っていた『剛の気』とは反対、『柔の気』を使ったのだ。


「龍の旦那……! すげぇ、あの海獣の王を従えちまった」

「トドセルが甘え声を出すところなんて、初めて見た! すげぇ、俺たちの新しい頭は、海の上でもイカすぜ!!」


船員たちが歓声を上げる。

さすがは元海賊、陽気なもので楽器をたたき祝うものもいた。


俺は船の端で、トドセルと少し戯れてから、網の外へと出す。


網を引き上げてみれば、


「おぉ、お魚! お魚!」

「こら、アリスちゃん! 反省しなさいってば! まぁ、この漁獲量はすごいですけどぉ」


二人も大興奮の大漁であった。


アリスには後でちゃんと忠言するとして、今は彼女のやる気に、水を差したくなかった。



俺たちは、港まで帰ってくる。


船員らを連れて村まで戻ると、すぐに始まったのは公開解体ショーだ。


「このお魚、マグロっていうんだよ! この身が美味しいのなんのって、誰も知らないなんて驚いちゃった。

 マグロって本当は数日置いて熟成させなきゃ美味しくないんだけど、あたしの調味料は特殊だから、もうそこまで終わってるよ」


理屈はよくわからないが、だ。


「4000年前はこんな大きな魚捌いて食べてたんだな」


「そーだよ! ディルック様にも食べてほしい、そしてわかって欲しい! マグロの尊さ!」


匂いや騒ぎに釣られて、わらわらと人が集まってくる。


覚醒状態のアリスは、その中心で見事な手際で魚を捌き続けた。


その場にいたもの全員で、食べてみたが、たしかに絶品だった。


魚とは思えぬ脂の乗り方で、お酒が進むことこの上ない。

ちなみに、テンマ産のものはまだ開発途中であるため、キャラバンから仕入れた上等白ワインだ。



『調味料生成』スキルでもって俺とアリスで生成した甘塩がまた、合うこと合うこと!


みんながマグロ肉の美味さに蕩けているなか、眉を顰めていたのは、ドドリアたち元海賊団員だ。


「ほ、本当に俺たちが混じってえぇんですかい?」


略奪を生業としていた身として、引け目を感じているらしい。


もしくは、過去に街で除け者にされた過去が彼らを縛っているのか。


ドドリアは、空のグラスの底を眺めて俯く。


別に、そのグラスの中を遠慮で埋める必要はないのだが。


「いいんだよ。誰も気にしてないだろ。ほら」


俺が目線を向けたのは、元海賊の連中とグラスを合わせる村人たちだ。


さっそく打ち解けてくれている。


「獣人もドワーフもいるんだ。種族も、身元も関係ないって。

 気にするなよ、俺たちはもう仲間だ。酒は嫌いなのか?」

「いいや、毎日飲んでやしたが……」

「じゃあ、何も変えなくていいさ」


俺は、ドドリアのグラスに白ワインを注いでやった。一方、自分用に注いだ分をくいっとあおる。


すっきりした後味に浸っていると、


「なんだ、海の男ってのは涙脆いのか……?」

「旦那ぁ! まだ数日だが、俺はあんたの下につけて本当よかった」


隣ではまた、ドドリアが泣きじゃくっていた。


「旦那、俺はこんなに塩辛いワインは初めてだ……!」

「美味しいのかよ、それ」

「なにをおっしゃるか! 心底美味い酒だぁ。今まで盗んだどんな酒よりうめぇ」

「そりゃあ、よかった」

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