二章

第25話 【sideアクドー】王側近の立場を追われて……


生まれながらにして、人は恵まれたものとそうでないものとに区別をされる。


それは理想論を語ったところで、どうしようもない、この世のことわりだ。



その例によって、アクドー・ヒギンスは今日もまた、公爵家の恩恵を存分に享受していた。


「僕が、あのカスと同じだなんて……」


ろくに身分のありがたみも知らず、アクドーはふてくされる。



王の側近を解雇させられ謹慎期間の三ヶ月を解かれたのち、彼には再び官位が与えられていた。


辺境地領主の職である。


それは、数ヶ月前にディルックが与えられたものと同じものだった。



ただしそこは、公爵家である。

場所は、父に頼めば選ぶことができたため、あえてテンマとは森を挟んで隣町であるローザスをアクドー自身が選んだ。


ローザスは、テンマよりは幾分開発が進んでおり安全度の高い土地である。



王都に魔物を侵入させる大失態を犯したことを思えば、その処分はかなり甘い。

背後に、権力者であるヒギンス公爵がいなければ、クビでは済まず処刑されていてもおかしくはなかった。


けれど、たとえ王であれ、それを言い渡すことは力関係などを鑑みれば、できなかったのだ。



しかし、驕り高ぶる彼はそんなことには気づかない。


「アクドー様、馬車の出発用意ができました!」

「ふん、遅いぞ! 僕を誰だと心得るか。早くしろ! ちゃんと警備はつくんだろうなぁ?」


「もちろんでございます。ヒギンス家直属の傭兵団が、道中も向こうでの生活にも身辺を警備いたします!」

「はっは、そりゃあ安心だ。ちゃんと働けよ、てめぇら」


真昼間の出立だった。


ヒギンス家は、公爵家の中でも強い権力をその手に握る今をときめく一族だ。


普通であれば、民衆や貴族らの見送りがあって然るべきところだったが、


「なんだ、誰もこないのか! この僕が王都を去るというのに」

「そ、それは……」


答えにくそうに口をつぐむ部下を前に、アクドーは舌を打つ。


思い馳せるは、公爵令嬢のナターシャ・ウォーランドだ。


最後だからと手紙を送ったのだが、探すまでもなく彼女は来ていなかった。



数刻、未練がましく待つアクドーだが、一向に訪れる気配はない。


「あの、アクドー様。そろそろ出立をしたいのですが。お気持ちはわかるのですが、これ以上は待っても……」

「もういい。てめぇら、早く行け!! それ以上、なにか言ったら首はねるぞ!」


痺れを切らして、部下たちにこう指示をした。


誰に声をかけられることもなく、ただただ白い目を浴びせられて、王都の門を出る。



「ふぅ、やっと出ていったか。せいせいしたぜ、あの人の酒癖の悪さときたら酷かったしなぁ」

「俺は殴られて、物を奪われた事があるよ。傍若無人かつ尊大な態度、本当に耐えられなかった」


「公爵家の恥よね、あんな奴。私も口説かれたことがあったけど、速攻断ったわよ」



アクドーの去ったあと、街ではこんな声がひそひそと囁かれていた。





途中途中で豪遊をしながら、アクドーたち一行はローザスタウンへと入る。


到着するなり、彼は町の中心で宣言する。


「今日からこの町の領主様は、僕だ。従わないものは、どうなるか分かるなぁ? 僕は、ヒギンス公爵家の人間だぞぉ」


アクドーなりに、色々と考えた結果であった。

ただ、その答えが最悪の着地点を見たというだけのことである。



どうせ領主になるのだ。

であれば、好き勝手に支配して、全てを思い通りにしたい。


なんの考えもない、単純なる征服欲からの行動であった。


「さっそくだが、こんなボロい館は、僕の住む屋敷にふさわしくない。夜が来るまでに、建て替えろ」

「ふ、ふざけるな! そんなことできるわけないだろ!」

「……あぁん? 誰に向かって口聞いてんだ、てめぇ!」


アクドーは容赦なく、声を上げた住民を蹴りつける。

周囲の傭兵団に刀を抜かせて、その住民へと突きつけさせた。


悲鳴が町から聞こえるが、アクドーはニタニタと口角を吊り上げ顔を歪ませる。


「さぁどうする? 命惜しけりゃ、早く取り掛かれ!!」

「は、はいっ!!!!」



アクドーの新領主就任は、ローザスタウンの住民にとって、突然訪れた災害に等しかった。


前領主は、ごく一般的な統治をしていたから、その落差は酷いものである。



本来、領主には幅広い知識や経験が求められる。

それらを用いて、さまざまな政策を立ち上げ、実行へと移していくのだ。


しかし、それらを一切持たないアクドーは、止まることなく暴走した。



本来、それを抑えるはずの目付役を連れてこなかったのが、問題だった。


「ゲーテ王の元側近だぞ、僕は! 目付けなど必要ない。辺境地くらいどうにでも支配できるさ」


などと思い上がり、独断だけで王都に残してきたのだ。




アクドーはその後も、自分に都合のいいものだけに利益を与え、それ以外のものからは搾取を繰り返した。


「僕はもっと領地が欲しい。どうせ辺境地に赴任したんだ。『開拓』するのも面白いと思わないか、てめぇら。

 あたり全てを僕の領土にするんだ」


恐ろしい統治が、平然と横行する。



「金と珍しいものを独占的に流すことで、商人ギルドを牛耳る権利をいただけるとは……。なんとも最高の領主さまだ、アクドー様」

「アクドー様、我ら山賊団を雇用するとは実にお目が高い!」

「この奇術の力、ぞんぶんにお貸ししましょうぅ。このドルトリンにお任せあれぇ」


金や権力に目の眩んだ、信のおけないゴロツキたちが彼のもとに参集する。

 

ろくに素性も確認せず、それらを全て抱え込んだアクドーは、大きな力を手にしたと、領主の座で踏ん反り返るのであった。


「馬鹿な奴よ、しょうもない貢物で釣られるとは、

まぁいい、ギルドはしたいようにさせてもらうとするかな」

「馬鹿な殿様は大歓迎だぜ、ハッ!」

「全くだ。すくうには、絶好の寄生先であることよ」


裏で、こんな会話が交わされているものとも知らず。

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