第24話 他にやるべきことはいくらでもある【一章ラストです】

周りの木々を用いて、錬金術。その手足を縛り上げ拘束する。



魔法も使いようだ。


物を自在に組み上げられる錬金術を高速で扱うことができれば、こうして戦にも生かすことだってできる。



「くっ、くぁっ……!! な、な、なにをした、貴様!?」

「見たまんまだよ。刀を抜いてさえいない」

「く、くそ、イカサマしやがって! もう一回だこの野郎、って、ちぃっ、身体が動かない……ッ!」


深く急所を突いたこともあってか、アクドーは立ち上がれなくなったらしい。


むろん致命傷を負わせたわけじゃない。時間が経てば、元に戻るはずだ。



もう勝負はあったらしい。

あっけなかったが、別に好きで戦ったわけじゃない。俺は刀から手を外し、アクドーに背を向ける。


そこには、拳を握り締め顔を赤くしたシンディーがいて、


「圧勝! さすがです、ディル様!

 それにしても、私の旦那さまに危害加えようだなんて、こいつ……! 殴っても? ぼこぼこに殴り倒しても?」


俺よりも怒りを露わにしていた。

今にその髪が天に上っていきそうな勢いである。


顔こそ一応笑っているが、どす黒い影が落ちているし、声は低く獣が唸るかのようだ。



「構う必要ないさ、シンディー」

「……う。ディル様はそれでよいのです?」

「うん。もう興味もないからな。

 それに、こいつが俺を追放していなかったら、シンディーに会うこともなかったかもしれないんだ。今となっては、別にもう恨みもない

 それで、ここは引いてくれないか?」


シンディーは渋々といった様子ながら、こくんと頷く。


「それより、錬金術で馬車を直してやってくれ。だいぶ無理して走らされたたみたいだ、かなり痛んでる」


「まぁ。罪人への制裁より、被害者の救済! あぁ、なんて心優しいお方っ! はーい、お任せください、ディル様♡」


相変わらず、面食らう切り替えの速さだ。


さっそく修繕に取り掛かるシンディーに、ドワドが手伝いに入る。


俺も手を貸そうと思っていたら、


「ま、待てよディルックゥ!!」


地面を這うようなダミ声で呼び止められた。


這いつくばったまま、アクドーはこちらを睨みつけてくる。


「こんなことをして、タダで済むと思うなよォ!! 俺は公爵家の息子で、王の側近。それがいかに尊い身分か、貴様なら分かるだろう!」

「だからどうした?」


「へっ、僕に楯突いたら、また立場を失うぞ! 今度こそ完全解雇、もしくは処刑されたりしてなぁ。いい気味だ」

「それはならないと思うよ。お前は、むしろ自分の心配をしたほうがいい」


まるで分かっていない様子だったので、仕方なく説明してやる。


「アクドー、お前、仕事はどうした?

 行き帰りで一ヶ月も仕事を放棄するような側近をそのままにしておくとは思えない」


どんな事情があるにせよ、だ。


それも天下のメイプル商会を脅してそのキャラバンを乗っ取ったとはあれば、いくらヒギンス公爵とて庇いきれない。


「ゲーテ王が、お前をそのまま側近に置いておくことはない。クビになるのはお前の方だ」


返す言葉もなかったようだ。


ぎりっと歯をきしませた後、彼は地面に顔を俯ける。


アクドーの処遇をどうしたものか。


このまま一旦、テンマ村に連れて行き、見張り続けるのがいいのだろうが、はっきり言って、もう関わりたくないというのが一番だ。


とにかく決して逃げられないよう、より拘束を厳重なものにする。


とそこへ、馬が数匹、街の方から駆けてきた。

彼らが掲げるのは、王城門にあったのと同じイチョウ紋だ。


一隊が俺の前までやってきて停まる。


「こ、これは、ディルック様! なぜ、かようなところに?!」

「王家の早馬。あなた方こそ、どうしてここに?」


「私どもは、アクドー様を探してきたのです。

 アクドー様が謹慎中の身にもかかわらず屋敷を脱走していることを知ったゲーテ王が、テンマに向かっているかもしれないから捕らえてこいと」


なるほど。

なにをしでかしたかは知らないが、アクドーは謹慎中だったらしい。


なら余計に、側近職を解雇になるのはもう間違いなかろう。


それにしても、謹慎の身でありながら遠方まで俺を追いかけてくる執着心を、どこか他のことへ活かせなかったものか。


「アクドーなら、キャラバンを占領していましたので、捕らえてありますよ」

「おぉ、ディルック様! さすがはラベロ家の血筋、お強いことよ! ありがとうございます!」


俺は、いまだ腹を抱えて転がったままのアクドーを指差す。

いつのまにか泡を吹いていた。


早馬に乗ってきた使者は鞄から一枚の紙を取り出して、無残な姿を晒す彼のそばへと寄った。


「て、てめぇ……なにものだぁ?」

「あなたの身柄を王都へ連れ帰るよう、命を受けています。

 それから、アクドー・ヒギンス様。こちらはあなたへの通達書です」


「つ、通達書……!」

「今日限りで、王の側近の職を解く。そして、謹慎期間は本日より三ヶ月に延長とのこと。

 その後の処分については、後日検討するとのことです」


こうなるだろうことは予想通りだったが、こうも早く解雇が決まるのは、驚きだった。


「な、なんだと……!? そんなこと、僕の親父が認めるわけ」

「了承は得ているとのことです。こちらに証書もございます」

「くっ、くそ、どうして!!」


しばらくは、意味なく暴れるアクドーを見ていた俺だったが、


「ディル様、どうです?! もう結構修理が進んでますよ♪」


シンディーに声をかけられて、彼らから目を切る。


王国からの使者が来たのだ。

もう、俺がアクドーに関して、なにかする必要もあるまい。


あとは任せておけばいいだろう。


「うん、ありがとうシンディー。よし、俺も修繕に加勢する。怪我人は、村に戻ったら治療しようか」

「やんっ、優しすぎてしびれちゃいますっ!」


俺はもう王の側近ではなく、辺境地テンマの領主だ。


やるべきことは、他にいくらでもあるのだから。

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