第22話 しもべとなり戻ってこい? 当然お断りです。俺には信頼できる仲間がいるので。



「本当なら、もう話が終わってる頃なはずなんですけどねぇ。遅いですね、あの紅葉の商会」

「あぁ、まったくだ。どうしたんだろうな」


テンマ村の開発こそ進んできたが、一歩外へ出れば、ここはまだまだ未開拓の地だった。


山や森といった緑だけに囲まれる単調な景色を見て、シンディーが退屈そうにあくびをする。


緊張の糸が切れるのも無理もない。

もうかなりの時間、村のはずれで待ちぼうけを食っている。



待ち人は、メイプル商会のキャラバンだ。

前にボーリックシティで取り付けた商談のために、この村を訪れる予定である。


しかし、約束の昼頃をとうに回って、もう夕陽が落ちる頃合いになるというのに、まだ来る気配さえない。


「自信を持って売れるだけの代物を用意しただけに、もどかしいですなぁ」


立ち会ってもらうつもりで呼んだドワーフの族長・ドワドも、焦れったそうに歯噛みをする。


ただ待つのは、このあたりが潮時かもしれない。



俺は魔力をいくらか消費し、仲間である伝説の生き物を空へと召喚した。


「白龍、少し頼んでいいか? 俺たちを乗せて、空を飛んでほしいんだ」

「うむ、吾輩に任せるがよい。久しぶりの出番ぞ、気合が入るというものよ」


三人とも、もう何度目かの飛行だ。慣れたものである。


その雄大な背に乗り、俺たちは地上を後にした。


王都からテンマへ来る際に使った細い街道を辿るようにして、空から探索を開始する。



「白龍、できるだけ高く飛んでくれるか」

「構わないが、それで見えるのか、我が主人よ」

「見えないけど、分かる。お前のくれた力も、結構使いこなせてきたらしいんでな」



意識を尖らせ魔力の糸を放てば、多少遠くからでも、気配を察知できる。


白龍と同等の力を手に入れるとは、人知を超えた能力を手にすることらしい。


「もうそこまで成長されているとは。はっは、さすが我が主人よ」

「あんまり褒めないでくれよ。まだまだだよ」



人を1000人くらいは簡単に隠せそうな深い森だ。

しかし、この力を使えばまるで草原のごとく全体が手に取るようにわかった。


異変を見つけたのは、森の入り口すぐのことだ。

馬車数台が、こちらへ向かってきている。


しかし、様子がおかしい。

やたらと、のろのろ動いている。すぐにでも止まってしまいそうな遅さだ。


「白龍、あそこに向かってくれるか」

「うむ、お安い御用だ」


俺たちはそこまで一気に急降下する。

メイプル商会の馬車であることを確認したうえで、進行方向前で召喚を解いた。


シンディーとドワーフ族長と三人、白龍から降り立つと、


「な、なんだ、今度はいったい!? 空から人が降ってきたぞ!!?」


突如姿を見せたものだから、引き手に妙な勘違いをさせてしまったらしい。


だが俺の姿を認めるなり、彼は体を逸らして声を上げる。


「でぃ、ディルック様!! なぜ、こんなところに!?」

「来るのが遅かったから、迎えにこさせてもらったんだ。なにかあったのかい?」

「あ、あぁ! やっと救いが来たんだ。実は、そちらに向かおうとしていたのですが、馬車を王都からずっと乗っ取られていてーー」


ここまで言ったところで、


「おい、遅いうえに止まってんじゃねぇぞ、クソ野郎!!! 下郎のごとく働けカス!!」


汚い吠え声が、それを遮った。


全身に鳥肌が逆立つような気味の悪い声は、よく聞き覚えがあった。



そいつは怒りに満ちた顔を、後方の馬車からのぞかせる。


はっきりその面を目にした時、俺は腹の奥からなにかが熱く煮え返ってくるのを感じた。


抑えようにも、湧き上がってくる。


「ふっはっは、ディルックじゃねぇか! こんなところで会えるなんて、手間が省けた。僕を迎えにでもきてくれたのかい?」


アクドー・ヒギンス、その人だ。


彼の顔だけは、もう二度と見たくないと思うものだった。


アクドーは大口を開けて笑いながら、馬車を降りてこちらへと近づいてくる。


「な、なにあの人。知り合いですか、ディル様」

「まぁちょっとした因縁があってね。あいつが俺を王城から追い出した張本人だ」

「…………あの男が!」


シンディーはアクドーへ、きっと目を尖らせ警戒の姿勢を見せる。


「面倒なことになりそうだ。二人とも、すこし後ろへ」


俺は彼女らを守るように手を広げ、アクドーの前に立ちはだかった。


「なんだぁ、そいつらは。貴様のしょうもない領地の住人か? 可愛い女の方はともかく、ドワーフが仲間とは趣味が悪いなぁ。はっはは」


久しく見ていなかったが、なにもかもそのままだ。


いけ好かないその笑みも、考え方もなにも、俺には到底受け入れられないものだった。


「なにをしにきた。わざわざキャラバンを乗っ取って、なんのつもりだ」


「なんだ怒るんじゃねぇよ、せっかく会いにきてやったんだ。王の側近たる高貴な僕が、じきじきになぁ! 土下座して迎えてくれたっていいんだぞ?」


「話を逸らすんじゃない。その王の側近様が、わざわざ二週間近くかけて、ここまで来る用事はなんだと聞いている」

「そう話を急ぐな。簡単なことよ。

 ディルック・ラベロ、お前を連れ戻しにきたのさ。ただし、僕の配下に入ると言う条件つきでなぁ」


なにを言われたのか、俺は一瞬混乱してすこし遅れて理解する。


王の命令ではなさそうだった。

もしそうだったら、キャラバンを乗っ取って来る必要性はない。


そもそも本人ではなく、国の旗を掲げさせた使者を寄越すだろう。


つまり、アクドーは個人の判断だけで、ここまでやってきたのだ。


「反乱分子の貴様に、王は赦しなど与えない。そこをこのアクドー様が救ってやろうと言うんだ。

 戻ってこい。そして僕の配下に入るんだ、ディルック。そうしたら、お前の好きな王城の仕事に戻してやるよ」


アクドーは、さらに俺の方へと歩を寄せて、手を差し伸べてくる。


驕り高ぶった笑みが浮かんでいた。


自分だけが全て正しいと思い込んで、それを一切否定されずに生きてきた人間の顔だ。


昔からなに一つ変わっていない。


「ディル様。……嘘、やだやだ、わたくしまだあなた様と、あの村にいとうございます!」

「領主様……! いや、しかし、恩人様の決断。おらたちが口を出せることじゃないか」


背後で、シンディーが泣き声をあげる。

ドワドは、苦々しそうに言葉を吐き出す。


俺は少し俯いてから、ため息を吐いた。


「なんだ、こんな好条件だってのに迷ってんのかぁ?

お前に選択の余地はねぇんだぞ? 見ろよ、後ろの馬車! お前の決断次第では、あいつら商人の命はねぇぞぉ」

「……なにを言っているんだ、アクドーお前というやつは」

「おいおい、ご主人様だろ? 我が下僕ディルックよ。早く答えろ!」


そうせっつかれずとも、決まっている。


俺は迷いなく、アクドーの手を打ち払った。


「な、なっ、貴様!!」

「悪いが、王城を二週間近くも空ける穀潰しの側近様に従うつもりは毛頭ない。

 それに、俺はもうテンマ村の領主だ。その仕事を、大切な領民を放棄するようなことはしない」


シンディーが後ろで、「ディル様ぁ! わたくし、一生ついていきます〜!」と咽び泣く。


「領主様……。あなたの御心、いたくいたく刺さりましたぞ…………! 本当に、あなたについてきてよかった」


ドワドも、こう声を震わせる。


俺は、思わずふっと微笑んでしまった。



それとともに、やはり俺の考えは間違っていなかったと再認する。

ここまで慕ってくれている仲間を見捨てるなんて、万に一つもあり得ない。


「吠えるな、ドワーフめ。人間様の貴族様だぞ、僕は! 目の前にいる時点で穢らわしい!

 ちっ、クソディルックめ。お前に選択権などないと言ったろうが!!」


限界を超えたらしい。アクドーは怒って剣を抜き、罵声を浴びせてくる。


俺はひとつ策を講じたのち、剣を構えて相対した。


仲間たちを守るためと思えば、負ける気がしなかった。

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