第18話 魔導具の再現、量産に成功したようです。



アリス・アリシア。


美しくも小心者な料理人を召喚したことで、最も不安のあった食料問題が解決へと向かう中、


「ディルック様! こちらをご覧になってください、いかがでしょう。おらたちの技術を結集して作った魔導農具です!」


生産面では、より大きな一歩が踏み出されようとしていた。


アリスの料理により、常にいいパフォーマンスを発揮できるようになったのが、功を奏したらしい。


ドワーフの族長・ドワドが俺たちの屋敷へと持ってきたのは、魔導農具だ。


例の変形する鎌である。

これは、魔法で作り出したものではない。


ドワーフらが手ずから組み上げたものだと言う。


「わぁ、ほんとによくできてますねぇ! わたくしの作ったものとほとんど差がありませんわ……」

「うん、本当に高い再現度だな。正直、見分けがつかない」


応対したのは、俺とシンディーの2人。

召喚して以降、アリスも同じ館に住み始めたが、彼女の人見知りは健在だ。

お茶を出すだけ出して、すぐに引っ込んでしまった。


「動きもかなりよくできてるな」

「はいっ、ちゃんと変形もします……」


俺たちは、持ち込まれた道具に驚きの息を漏らすしかなくなる。


ずっと魔道具の調査や、作成法は探ってもらっていた。

それがついに結実し、高次元での複製に成功したらしい。


「いやぁ、あんなに素晴らしい道具を分解させていただいたおかげでさぁ。おらたちも、勉強になりました。

 組み立て図も作成しておりますゆえ、再現は可能でさぁ」


俺より頭二つ分ほど下で、白髭面がほっほと笑う。


「おかげさまで、工場の方ももうすぐ完成いたします。これが出来上がれば、さらなる量産もできますぞ」

「それはよかった。力を余している村人たちにも、作業に加わってもらえそうだな。

 指導してもらってもいいかな?」


「もちろんですとも。いやしかし、人族と同じ場で働くことになるとは感慨深いですなぁ。それもこれも、領主さまの徳のおかげです」

「テンマ村の人たちがいい人だからですよ」


「それもありますが……。あなた様が、彼らにも、おらたちにも分け隔てなく接してくれているおかげでございます。

 これからも、どうぞよしなに」

「うん、もちろんだ。こちらこそな」



お礼の応酬をしたのち、ドワドはさらにいくつか他の道具類も取り出してみせた。


水の湧き出すグラスも、強い光を放つ灯りも、いつのまにか完成していたらしい。


それらも、文句なしの出来だ。

シンディーが、「ほ〜」と感心の声を上げるほど。



その最後にとっておきとして出てきたのは、腕輪だった。

中央に大きなパープル色の魔石が嵌め込まれている。


「それから別途、こんなものを作らせていただきました」

「……これは?」

「ただの腕輪ではなく、魔力を溜めておける腕輪・輪廻の輪にございます。

 前に領主さまが山で討伐された、岩石ゴーレムの魔石から作りました」


輪廻の輪。

それは、久しぶりに目にしたものだった。


たしか長生きしたゴーレムの魔石からしか作れない、かなり高価なものだったはずだ。


文官だった頃の給料では、一年分あっても足りない。


「あ、できあがったのですね! 4000年前にも見たことがないものだったので、ずっと気になってたんです」


シンディーが物珍しそうに手にとって、つぶさに観察し始める。


これは逆に、古代にはなかったものらしい。


こうやって4000年前と今との文化が混じり合っていくのも、また面白いものだ。


「どうぞ、お納めください。これほど大きな輪廻の輪、領主様くらい大きな魔力を持つ者でなければ持て余すでしょうから」

「ですね! じゃあ、わたくしが嵌めて差し上げますわ。旦那様の身だしなみですものね」


今度は否定の隙も与えてもらえなかった。

シンディーはすかさず俺の手首に触れて、一度唇を寄せたあと、腕輪を嵌める。


いちいち上目遣いで、なかなか絡めた指を離してくれなかったが、それはともかく。


効果は、すぐに感じられた。

目を瞑れば、腕輪のついた右腕へ熱の流れができたことをはっきりと意識できる。



一方で、腕輪に嵌った魔石が強く光っているから間違いなさそうだ。


「……魔力が吸われてるみたいだな」

「えぇ。必要時には、強く握れば発動できる仕様でございます」


消費した魔力は、暮らしているうちに自然と貯まり回復するものだ。


使わないでいると、それ以上は留めて置けない。

ただこの腕輪があれば、その無駄を防ぐことができそうだ。


「シンディー様には、こちらを。頼まれていたものでございますれば」

「あれ、シンディーはなにか頼んでたんだな?」


「はいっ。ドワーフたちから、ちらりと腕輪を作ることを聞いていましたから、旦那様とお揃いにしてもらったんです♪

 こっちに同じ効果はありませんが、見た目はそっくりそのままです」


そそくさと自分ではめて、シンディーは恍惚の表情で腕輪を見つめる。


「あぁ、これが愛の証……! 二人の気持ちが一つである揺るぎない形。わたくし、一生大事にしますね。

 どう、似合ってるでしょ?」


彼女は俺ではなく、なぜかドワーフ族長へと尋ねる。


「も、もちろんでさぁ。おらには、二人がとってもお似合いに見えますな」

「嬉しいこと言ってくれますねっ!」


ドワーフの辿々しい言いぶりからして、どうやらシンディーが言わせたらしい。


いや、それでいいのかよ……。


そう思うが、いかにも満足気にシンディーは俺の方へと顔を寄せる。

んふふ、と実に嬉しそうだ。ハートが飛んでる錯覚さえ見える。


「ご主人様。アリスちゃんがきても、あくまでお嫁さんはわたくしですよ?」

「……どっちもお嫁さんにしたつもりはないんだけど」

「あぁっ。ディルック様ってば、そんな素気ない態度まで格好いい…………!」


うん。もうだめだ、こりゃ。手の施しようがない。


俺が諦めの境地へと至る寸前、


「わ、私も腕輪ほしい…………かも」


とか細い声が壁の奥から聞こえてきた。


給仕を終えたアリスが、聞き耳を立てていたらしい。


「残念でした〜。これは、わたくしの腕輪ですよアリスちゃん!」

「うっ……でもディルック様とお揃い羨ましい、あたしも欲しい」

「むー、渡しませんよ主人のことは! わたくしが先に召喚されたので、わたくしがお嫁さんです」


いや、なにその理論。


「でもでも、あたしが毎日ご飯作ってるし、これって実質その、お嫁さんって言うんじゃ……」

「そ、それはズルです、ズル! ちょっと料理が得意だからってぇ。

 それを言うなら、わたくしは毎日同じベッドで寝てます!」


むしろ、勝手に入ってきて困っているくらいだが……?


「というかアリスちゃん、新入りのくせに〜!!」


シンディーは、やけを起こしてしまった。

まるで、後輩いびりをする先輩みたいなセリフだ。


壁を挟んだまま、小競り合いが繰り広げられ始める。


女子同士のやり合いに置いてけぼりにされて、俺はドワーフの彼に手を合わせる。


「じゃあアリスの分と、それから白龍の分も腕輪をお願いしていいかな? 大きさは、人間の腕と同じくらいにしてくれれば、白龍の指にはまると思うから。後から揉めたくないしな」

「ほっほ、うまく纏めますなぁ領主さまは!」

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