第17話 テンマ村周りの雑草、実は?



「すげぇ。うまい、うますぎる、ついどんどん食べてしまう。おかわりはありますか!」


「ドワーフ族始まって以来の味革命だ! 一体なんと喩えようか、この味を。おら、感動がまとまらない!」

「俺たちクマベア族だって、猪は好物だが……こんな食べ方はしたことないぜっ」



アリスの作った料理は、そりゃあもう大好評だった。


農作業をしていた村民、建築作業に精を出していたドワーフ族、鍛錬で体を鍛えていたクマベア族。


彼らにはそれぞれ休みがてら、舌鼓を打ってもらう。


みな揃っての大絶賛だった。

たくさんあった寸胴の中身が、どれも見る間に減っていく。


「ウオォォ!! 力が湧いてきたぜェェ!!」


食べることで力が溢れるのは魔力を持つ貴族らだけではないらしい。


クマクマ族らは両の拳を握り突き上げ、それを全身で表す。

いつも以上に、その腕は逞しく膨れていた。


「領主さま! 俺たち、これを作ってくれた方に、どうかお礼がしたいぜ!」


彼らの気持ちはありがたかったのだが、それは叶えられそうにない。

みんなに給仕をしてくれていたシンディーと苦笑いを交わす。


「……あー、あとで伝えておくよ」

「むぅ、そうですか。では、よろしくお願い申し上げます!」


俺は、ちらりと物陰を見た。


そこは、さきほどアリスが逃げ込んでいった場所だ。


恥ずかしくて出ていけはしないが、味の反応は気になっていたらしい。

ついさっきまではずっと、こちらを窺い見ていた。


だが、今はその姿が見えない。


「アリス、どうかしたのかー。ついに緊張が限界を迎えた、とか?」


俺が彼女を探して、屋敷の裏手へ行くと、アリスはそこでしゃがみ込んでいた。


だんだん暖かくなってきて高く茂る雑草の中に、その身は隠れている。


いや、少し様子が違うようだ。

どういうわけか、雑草の穂を食い入るように見つめていた。


「それがどうかしたのか?」


声をかけると、やっとこっちに気づく。


一回びくっと跳ねてから、彼女は胸を押さえながらか細い声で言う。


「立派にお米が生えているので、つい。この村は、素晴らしいなと思いまして」

「……おこめ?」


この雑草のことだろうか。


「そ、そう、これのことだよ。食べると、また麦と違って、ほくほく甘くて美味しいんだぁ。

玄米のまま食べると栄養豊富だし、脱穀すれば、魅惑の白米。……あぁ今すぐ炊きたい」

「え、これ食べられるのか? 雑草じゃなくて?」

「……えっ」


束の間、沈黙が流れる。


アリスは、俺の肩をしっかりと掴んだ。細い腕で必死に揺すって、


「4000年後ではお米食べてないの!? もったいない、もったいない! これさえあれば、主食は万全なくらいの優秀な食材なのに!」


と訴える。


豹変しすぎである。

その声は、さっきまでうじうじ陰に隠れていた少女とは思えぬ大声だ。


なにごとか、と村人の一人がやってくるまで、彼女の熱弁は続いた。



百聞は一見にしかずとはよくいったもの。


すぐ屋敷に戻って、俺はアリスにお米というものを炊いてもらう。


碗によそわれた、お米とやらの白さに、俺はまず目を奪われた。

その甘やかな香りに、つい目を閉じてしまう。


とはいえ、これまで食べようと考えたこともない食材だ。

恐る恐る一口食べて、なにか言おうと思ったのだが、その時にはもう二口めを含んでしまっていた。


止まらなくなるのだ、これが。


「…………これ、さっきの猪料理と食べたら何杯でも食べられそうだな」

「よかったぁ、ディルック様が分かってくれる方で!

 この村はすごいんだよ。あたし、もう感動しきり! だって、お米が周りにたくさん自生してるなんてすごい! 食材の宝庫!」


これまでは、水を吸ってしまう悪しき雑草とばかり思っていたが、それは思い違いだったらしい。


いっそ、振るわない農業問題を一挙に解決してしまえる大逆転の一手である。


わざわざ無理に解決策を編み出さずとも、最適解はすぐそこに転がっていたのだ。


「お米って、栽培もできるのか?」

「うん。ちゃんと栽培すれば、もっと芯のないホクホクのお米がとれるはずだよ。それに、お酒だって作れる」


つい、眉間がピクリと反応する。


王都を離れて以来、久しく口にしていないが、飲めるものなら飲みたい。


適度に楽しむ程度には好きだった。



それに、酒は基本的に果実から作るもの。

米から作った酒は珍しいだろうから、売り物としてもよさそうだ。


「たくさん水が必要だけど、ある?」

「それなら問題ない。もう確保済みだよ」

「よかった! じゃああとは場所だけどーー」


普段はともかく、食に関するアリスは頼もしいったらない。


これで、農業面も大きく進歩しそうだ。







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