第16話 新たに召喚した少女は、料理人! その手作りごはんは、魔力を大幅に引き上げてくれるらしい





「こんなにお水飲んでいいのか、父ちゃん?!」

「あぁ、いいさ。その代わり、ディルック様にきちんと感謝するのだよ」


数日ののち、テンマ村に流れてくる湧水は十分な量へと変化していた。


俺は、水を好きなだけ飲む子どもを見て、思わず微笑みを浮かべる。



湧水は潤沢に溢れて、もはや余るほどだった。


とはいえ、せっかくの貴重な資源。

ただ垂れ流してはもったいないので、ドワーフらに頼み、古井戸に貯める仕組みを作ってもらった。


もちろん井戸も、シンディーに頼んで改築を施した新しいものだ。



長く村に住む老人によると、井戸に貯水ができるほど余裕ができたのは、数十年ぶりのことだったらしい。


感極まった表情で、


「あなた様は、私どもに命をもたらしてくだすった。なんと、ありがたい……!」


しっかりと俺の手を握ってきた。


これだけ喜んでくれれば、山に入った甲斐があると言うものだ。


たかが水だが、されど水である。


畑作業だけでなく、生活にも必須の要因である。

この分でいけば、大幅な生活の改善につながりそうだった。




他方、山へと連れて行ったクマベア族たちも、その意識が変わったらしい。


「俺たち、いっそう強くなります! 努力、努力だぜ! 師匠に信頼してもらえる兵になろうぞ!」

「「おぉ!」」


より強くと、鍛錬に励むようになった。


……それといえば、なぜか師匠と呼ばれるようにもなってしまったが、まぁ別に困ることでもない。



生活レベル、防衛力の向上。

それらの成果が、実を結んだらしい。


「おぉっ、ディル様! ついにポイントがお貯まりになられたのですね」

「うん、ちょうど1000ポイント。うん、結構早く溜まったな」


次なる【古代召喚】を発動できるようになった。


「それだけディル様が成果をあげられているということですよ! さっそく、やるのです?」

「うん、そのつもりだよ。どんな、なにが出るかは分からないけど、それも楽しみだ」


もし白龍の時のごとく、大きな生物が出てしまっては騒動を起こしかねない。


村の視察を終えた俺は、シンディーとともに集落の外れまで足を運ぶ。



願うのは、農業系スキルを持つものの召喚だ。


水の確保には成功したが、いまだ畑は弱々しく、発展の途上にある。


より効率のいい栽培方法などがあれば、ぜひ力を借りたいところだった。


「【古代召喚】!」


ポイントを消費して、スキルを発動する。


「あっ、アリスちゃんだ!」


光の中から影が見えた段階で、シンディーが嬉しげに声をあげた。


現れたのは、またしても少女だった。


真っ白の上下に身を包んでいた。


背がすらりと高く、背中に下ろした長い青髪はまるで清流のよう。

立ち姿は、高貴な家の令嬢にも引けを取らない気品がある。


彼女が長いまつ毛をまたたけば、あたりには凛と花びらが舞う。

そんな感覚にさせられた。


「お、お、お、お初にお目にかかりゅぃ…………ます、ご主人様! あぁ、あたしったらまたやってしまった……」


しかし、どうやら見た目とは裏腹に緊張しいらしかった。

そのうえ、ネガティヴときた。


頭に被った縦長のコック帽に、前髪ごと顔を隠してしまう。


「……えぇっと?」

「もう、アリスちゃんってば、いつもそうなんだから。

 ディル様、この子はアリス・アリシア。料理人さんですよ! 昔からいつも厨房に篭ってて、こんな感じなんです。

 アリスって呼んであげてくださいな」


シンディーが代理となって、彼女の紹介をしてくれる。


どうやら、コックさんらしい。


考えてもみない角度だったが、うん、それはそれで面白い。

4000年前の文明を再現し、よりよいものを作っていくには、食文化も必須の要素だ。


「よろしくね、アリスさん」

「は、はいっ! よろしゅく……お願いします」


しかしまぁ、そこまで緊張しなくたって大丈夫なんだけどなぁ。


そこまで露骨に肩を落とす必要もない。



どうしたものかと思っていたら、ひょこっとシンディーが俺の顔を覗き込む。


「わたくしに名案がありますよ!」


と、人差し指を立てた。

どんな? と聞き返し、返ってきたのは端的な答えであった。


「お料理をつくって貰えばいいんですよ!」



たしかに、それならば間違いなさそうだ。






「こっちが猪肉の塩麹焼き、猪ほほ肉のクリーム煮、こっちは小麦をお湯でこねて作ったパスタ麺、それから奥のスープは鷄出汁です。骨を葉物野菜と煮込んでアクを取り除いててーー」


と、まぁこんなふうに。


厨房に入った途端、アリスは人が変わったように、自信満々になった。



猪肉の質がかなりよかったらしく、彼女は鼻息を荒くして調理にかかる。


この間、山に設置した仕掛けで、今朝方仕留めたばかりの肉だ。

こんなところで、活きてくるとは思わなかった。



「4000年前の調理器具があるなんて! どうして?!」

「俺とシンディーで、錬金していたからね」

「ありがとう、二人とも! あとは任せてね」


アリスは慣れた手つきで、いくつもの料理を作り上げていく。

その手つきに見惚れていたら、あっという間だった。


いつの間にか、食卓の上はたくさんの皿で彩られている。


それにしても、


「アリスちゃん。作りすぎですわよ、これ」


シンディーが呆れるほどの量だった。


大きな寸胴鍋が3つ分、め一杯埋まっているのだから、俺も同じように思わざるを得ない。


「ご、ごめんなさい! 材料もあったし、昔はお店をやっていたので、ついその癖で……」


アリスは肩を窄めながら、ペコペコと頭を下げる。


せっかく乗り気になって喋ってくれていたのに、このままではまた過度に恐縮されかねない。


「別に気にしてないよ。せっかくだから、あとで村の人たちにも食べてもらおうか」


俺がこうフォローすると、その青い瞳は嬉しげに光を弾く。


「は、はい! ディルック様はもちろん、たくさんの人に食べてもらいたくて。私、ずっと召喚されるのを待ってました……!」


うん、アリスは生粋の料理人らしい。


そんな彼女がせっかく作ってくれたのだ。冷めてしまったら勿体無い。


俺は手を合わせ、それからフォークを手にする。

さっそくいただくと、


「…………うまい。こんなもの、王都でも食べたことがない……!」


これがとにかく絶品だった。

俺の横では、「ん〜っ!」とシンディーが目を細める。


「本当ですか、よかったぁ! これはですね……」


アリスが生き生きと語り出すのを聞きながらも、フォークを運ぶ手が止まらなくなる。


まず口にしたのは、猪肉の塩麹焼きだった。


「麹」という、謎のどろついた液体を使ったらしいが……。

その効果か、猪肉はほろほろと口の中で崩れ、旨味だけを溶かし出す。


生臭さなどはまるでなく、むしろ香りに浸りたくなるほどだ。


王城の宴で口にしてきたどんな料理と比べても、最も美味い。


どれも珍しいものばかりだと言うのに、全ての皿がことごとく大当たりだった。


そればかりか、身体の端々まで力がみなぎってくる。



一人前分をすぐに食べ終えてしまってから、ふと思う。


そういえば、なんのスキルが手に入ったのだろうか。

ふと、ステータスを確認してみて驚いた。


____________


【古代召喚】

四千年前の古代を生きた者の魂を実体とともに、現代に復活召喚させ、従わせる。

 また、そのスキルと同等の能力を得る。


(利用可能能力)

・龍の神力 レベル3/5

・錬金術 レベル3/5

・七色調味 レベル1/5……この能力により作り出したシーズニングで味付けをした料理を食べた場合、体内の魔力量が増え、その出力が3割強化される。また、使用シーズニングに応じてさまざまな魔法攻撃への耐性がつく。


 領主ポイント 0/2000


____________



力が溢れてくるという感覚は、気のせいではなかったのだ。


本当に、魔力の量が増えていたらしい。

しかも、食べるだけで魔法への耐性がつくときた。


「ちなみに、この塩麹の猪はなんの耐性がつくんだ?」

「風属性に耐えられるようになります……。鶏出汁に混ぜた辛み油は、えっと、火属性に強くなれます、はい」


俺はフォークを置いて、俺たちの食べる様子をじっと見ていたアリスに言う。


「君の料理はすごいな。そんな力まであるなんて、他にないスキルだと思うよ」

「そ、その、ディルック様も同じ能力を手にしているはずでは?」


……あぁ、そういえばそうだった。


とはいえ、俺の乏しい調理能力では、ここまで美味い料理は作れない。


「早くみんなにも食べてもらおうか。ありがとう、アリス。ごちそうさま」

「お、お褒めいただきありがとうございます。その言葉だけで、あたし、もう満たされました。長い間待っててよかったぁ」


アリスは、目を潤ませてこう呟いていた。

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