第12話 特製魔導具は高く売れるらしい


「久々に街らしい街を見た気がするなぁ」

「へぇ、これが4000年後の街ですか! こんなものを見られるなんて、わたくし感激ですっ」


馬車で行っても、テンマ村からは二日、歩いたならば約一週間。


村から最も近場にある街、ボーリックシティまでは、そんな途方もない距離であったが、白龍に乗ればものの数刻だ。


険しい山も川も厭わず、彼はなんのそので越えていった。


「でも、なんというか。わたくしたちの時代とは、また少し違った趣ですね。

 もう少し、街全体の開発がされていたような気がします」

「そうなんだ? でも、今の時代だと、これはかなり進んでいる類に入る街なんだけどな」


とくに、地方の中では目立って発展している都市の一つである。


その証拠に、きちんと警備隊が配備されており罪人の収容所もあった。

先ほどそこへ、捕えた蛮族達を引き渡したばかりだ。



予想外だったのは、彼らが札付きであったことである。

田舎で捕まえた者を、この街で、奴隷として売っていたらしい。


警備隊もかなり手を焼いていたようで、思いがけず、たっぷりの報奨金を手にしていた。


「じゃあ、とりあえず街歩きでもしますか? わたくし、旦那さまとのデート憧れてたんです! せっかく、お金もたくさんもらえたことですし♪」


シンディーは半ば踊るようにして、俺の少し先を行く。

とても、とても機嫌がいいらしい。


右足を軸に小さく飛ぶと、くるりと反転して腰をかがめ、手は胸元に寄せてピースマークを作る。


この、とんでもなくあざとい仕草に加え、心もとない広さの生地である。


周りの男どもの視線を一瞬でかき集めていたが、彼女の興味はあくまで俺だけのようだ。


じっと、期待の揺れる目で、こちらをみつめてくる。


「シンディー。それもいいけど、ちょっと行きたいところがあるから後にしような」

「はーい。わたくし、ディル様の行くところなら、どこへでも!」


俺の腕に引っ付いてきて、今度は鼻歌を歌いはじめた。


機嫌は相当いいようだが、その視界はかなり狭まっている。


くだんの男たちが残念そうに

「なんだ、旦那持ちかよ」

「羨ましい、羨ましすぎて、あいつらが眩しい、ちくしょう」

などとため息を漏らしていたのも、彼女は気づいていないらしかった。


……旦那じゃないんだけどね?




ここへきた目的は、蛮族の引き渡しのほかに、もう一つあった。

いや、そちらが本命と言っていいかもしれない。



俺とシンディーは、商人街へと出て目印となる紅葉紋の旗を探す。


数多いる商人の中でも、一際大きく目立っていたため、それはすぐに見つかった。


折を見て、商人に声をかける。


「私、ディルック・ラベロという者ですが……」

「なんと、これはこれは。ディルック様じゃありませんか!? おぉ、お久しぶりでございます!」


どうやら、俺のことを知ってくれていたらしい。


彼らは、『メイプル商会』という商人集団だ。

国中を股にかけて、その商いを展開している大きな組織である。


王都にいた頃は、政策の連携などの関係から、親密にさせてもらっていた。


「知ってもらえていたとは、光栄です」

「そりゃ、もちろん。商人にも好意的な文官様、それも王の側近でいらっしゃる方ですから! ボスにも、名前は何度も聞いておりますよ」


まだ俺の罷免は、地方まで伝わっていないらしい。


悪気がないのは分かっていたので、言いにくいながら、事情を伝える。


「こ、これは大変失礼しました!」


途端に眉を落として、恐縮してしまった。それから、物悲しそうに西日の差し出した空を見上げる。


「しかし、そうですか……。王都で蔓延っていた粗悪品を一網打尽にしたり、規制緩和をかけあってくれたあなたのような方がいなくなるとは国も惜しいことをする」


「はは、それは買い被りすぎですよ。今は辺境の小さな村の領主ですから」


っと、そろそろ世間話も終わりにしなければなるまい。


日が暮れきてしまうと、厄介だ。


「実は、メイプル商会様に新商品として見ていただきたいものがございます。シンディー、例のものを」

「はいっ、こちらですね!」


彼女が、俺の背負っていたカバンから引っ張り出したのは、魔道具だ。


持ってきたのは、自動で水の注がれるグラスと、これまでにないほど明るいライトの二つである。


「これは、また珍妙な……」


商人さんは、懐からルーペを取り出して、まずその外装を確認する。


「これを売り物にしたいんですが、どうでしょう」

「……ふむ、見たことがない形で面白くはあるのですが」


顔つきが、一商人としての目に変わる。


だがもとより、俺への贔屓で売ってもらおうとは思っていない。


シンディーが、商人さんにそれらの使い方を教える。


「ほ、本当に水が沸いた!? しかも、なんだこの明るさ! これなら夜も商売できるほどだ……!」


やはり、本物だった。

専門職の目利きにも、敵うものだったらしい。


「ディルック様! これを売っていただけるのですか!? ライトには一つ10万ペル、コップにも一つ5……いやこれも10万ペルは固い!」


10万ペルと言えば、働き手によっては労働者の一月分の給与にもなりうる。


うん、十分な好条件だ。


「かまいません。そのために、持ってきたんですよ。あなた方なら信頼もできます。ただ、一つ条件が」

「……そ、それは?」


ごくり、商人さんが生唾をくだす音が聞こえる。


「私の領地・テンマ村まで、キャラバンの足を伸ばしてほしいのです。後は適正額でお売りしますゆえ」

「テンマといえば、あの海沿いの村ですか。たしか、かなり小さな集落だったような覚えがあるのですが……。

 それもかなり遠かったような」


そう、地理的には不利である。


商売にかかる経費や、道中のリスクを思えば、なかなか難しい側面もあるのは理解していた。


けれど、俺は引かない。


「えぇ、でも土地は有り余ってますし、逆にいえば伸び代はたっぷりです。

 それに、この魔道具はその村で作る予定です。

 この商品を販売できるのなら、補って余りあると思いますよ」


錬金術という魔法はたしかに奇特だが、決して奇跡を起こすような魔法ではない。


今は、シンディーと俺しか作れないが、きちんと分析をすれば、量産することだって可能なはずである。


「ただ、あそこは人攫いが出ると言う話もありますし……」

「あぁ。それなら、今日、退治したところですよ。問題ありません」

「そ、そんなまさか! かなり厄介な奴らだったのに」


信じてもらうため、俺は警備隊に受け取った感謝状を見せる。


商人さんは一読して、口をあんぐり開けていた。


自信を持って言う俺の顔を見返し、強く何度も頷く。


「それならば、ぜひルートに加えさせていただきましょう! 私どものグループで、今度そちらまでお伺いいたします!」


こう決断してくれた。


俺は、商人と握手を交わし、シンディーと軽く手を合わせるのであった。

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