第10話 捕虜を解放したら領民が増えた話


捕まえた人攫い集団が口を割るまでに、さしたる時間はかからなかった。


彼らが目を覚ました明くる日、


「わ、ワシらの巣なら、海沿いにある洞窟の下だァ! だから、これ以上はやめてくれぇっ」

「その程度の情報で、やめると思う? 旦那さまに手を出そうとした輩に、わたくしが、あまーい情けをかけるとでもぉ!?」

「ひ、ひぃっ!?」


シンディーが、強制的に口を割らせたのだ。


そこまでしなくてもいいと伝えたのだが、彼女は止まるところを知らなかった。


「はん! ワシらのリーダーを舐めんなよ。場所が分かっても、あのアジトは簡単に入れるような代物じゃーー」

「ねぇ、どうやったら入れるのー?」

「答えられるわけがないだろ!」

「答えなさい、今すぐよ」


うん、むしろシンディーの方が恐ろしくなる迫力であった。

光が消えて影の落ちた桃色の瞳で、賊たちに脅しをかける。


いつの間にか錬成したらしい鞭を持ち出すのだから、本気だ。


「ひ、ひぃっ! わ、わかった。言うよ! 海際の洞窟の奥にあるから、波が引いてる朝方の一瞬しか出入りできないんだっ」


さらに、知っていることの全てを吐かせてから、俺の前までやってくる。


「ディル様! 偉いですか、わたくし?」


両手を握り合わせ肩を窄めて上目遣い。

身体をくねくねと揺らしながら、瞳には星を宿す。


「あ、ありがとうなシンディー」

「な、なんと! そんな言葉がもらえるなら、わたくし、なにでもしますわっ♡」


ついには両頬を抑えて、恍惚の表情を浮かべていた。

とんでもない高低差に、俺は苦笑いするほかなかった。



いずれにしても、これで詳細な場所も分かった。

俺はさっそくシンディーとともに、海を目指すことにする。


「ねぇディル様。今は、真っ昼間ですけど、どうやって洞窟まで行くんです?」


腕を後ろ手に組んで、こちらを覗き込むシンディーの疑問は、もっともだ。


けれど俺だって、なんの考えもなしに動いているわけではない。



村と十分な距離を取ってから、俺はそこで【古代魔法】を使用する。


魔力を相当量消費するが、仕方ない。


呼び出したのは、雲よりも白い鱗を全身に纏った白龍だった。

本当にポイント消費なしに呼び出すことができて、ほっとする。


「思ったより吾輩の出番が早かったのう、主人よ」

「あぁ、ちょっとね。本当ちょっとしたことだ」

「ふん、どんな雑用でもかまわんさ。貴殿に尽くせるのなら」


雄大に翼をはためかせると、それだけで風が巻き起こる。

シンディーが、「きゃっ」と短い前髪を抑えていた。

こんな仕草まで、徹底されている。


「おぉ、シンディーを召喚しておったか。有能だろう、彼女は」

「あら♡ ディルさまの前で褒めてくれるなんて、ありがたいですわ。もっともっと褒めてくださいな、白龍」


4000年前から来たもの同士、シンディーと白龍は顔見知りだったらしい。


少し三人で話を交わしてから、俺は白龍に事情を伝える。


「ふむ、この盆地から海辺の洞窟までか。吾輩に任せるがよい。主人らを運ぶくらい、簡単なことだ」


すぐに翼を下ろして、俺たちをその背に乗せてくれた。




飛ぶことなどもちろん初めてだったが、白龍の背中は安定していたので、快適な飛行時間だった。


むしろ、そのまま海を渡れそうなくらいだったが、それはまた別の機に取っておく。



空から行ってしまえば、引き潮だとか満ち潮だとかは、もはや関係なかった。



俺たちは直接、洞窟へと辿り着く。


入り口の広さによっては、そのまま白龍に蹴散らしてもらいたいところだったが、そうまで都合良くはない。


数人通るのがやっとの狭さだった。



俺はシンディーには外で待っててもらい、中へと立ち入る。


「だ、誰だ!? まさか侵入者か!?」

「お前らか、村から物や人を奪う悪党ってのは」


刀に手をかけながらの俺の問いに答えたのは、奥から現れた賊長らしい男だ。

昨日、襲撃してきた連中と同じ身なりをしている。


「ここがよく分かったなぁ。誰だ、テメェは」

「答える義理はないだろ」

「だったら入ってくんじゃねぇよ。突然やってきて、よそ者が文句あるのかァ?」


「……なかったら、こんなところには来てないっての。それに、もう俺もここの人間だ」


「ふん、綺麗事が好きらしいな。弱いものが搾取されるのは当たり前のことだろ、バカめ!!」


そいつはケタケタと大笑いしはじめた。洞窟内に反響して、耳鳴りへと変わる。



剣を抜いた手に、つい力が篭った。


村人たちの苦しい生活を思うと、唇を噛まざるを得ない。

善良な彼らが、不法の輩に搾取されるのは間違っている。


こういう輩を許してはおくわけにはいかない。

こういうときに、弱いものを守れてこその強さだ。


「野郎ども、こいつをやっちまえ!! 生かして帰すなよ、ワテらの悪事がばら撒かれちまう。まとめてかかれ!」

「やられるかよ。

 こっちは、新米領主。早く帰って、やらなきゃいけないことが山積みなんだ」


一対多数、しかも敵の陣内。

状況こそ不利な立ち回りだったが、結果としては圧倒的だった。


白龍の火を纏った刀、それも王を守るためのラベロ流剣技をもって、敵となるような相手ではない。


あっさりと、一味すべてを薙ぎ倒すことに成功する。


「お、お前、いったい何者なんだ!? 強い、強すぎる」


リーダーの男は、水の溜まった地面に這いつくばりながら、呟きを漏らす。


「そうだ、ワテらのリーダーになってくれよ! な!? 稼げるぞ、この仕事は! お前ほど強ければ、誰でも攫うことができる! 人を売って、一生ウハウハ生活だ!

 どうだ、いいだろう? そう思わないか!?」


あろうことか、こんな話を持ちかけてきたので、首に手刀を打って意識を落としておいた。


事がついて、俺は頭をかく。


「なに言ってるんだ、俺はここの領主だっての」


そこへ、シンディーが中へと入ってきた。


「早かったですね、さすがディル様! なにか喋ってたんですか?」

「ううん、大したことじゃないよ」



賊の始末を終え、俺たちは基地内を奥へと進んでいく。


奪われたのだろう食糧や物資が、山のように積まれていた。

ざっと数ヶ月分くらいはあるかもしれない。小麦や野菜も豊富に蓄えられていた。


そして、それだけではない。


突き当たりの窪んだ空間には


「……まさか攫われた人たち?」

「まぁ! それも、結構な人数がおりますね?」


何人もの人が括り付けられていた。

ざっと、二十人近い数だ。


さまざまな者がいて、中には明らかに背の低い小人族・ドワーフや、反対に俺たちより頭三つ分以上も大きい獣人などもいる。


毛深く太い腕や、頭の上の特徴的な丸耳を見るに、クマベア族で違いない。


彼らのような人に似た存在は、総称して「亜人」と呼ばれている。


かなり久しぶりに見る存在だった。

どちらも今では数が減り、人里離れて暮らす種族である。


最近では、人との交流もあまりないはず。


「みなさん、今縄と手錠を解きますからお待ちください」


だが、俺の言葉には、


「おぉ、本当か! 助けがくるなんて奇跡だぁ〜! 信じられねぇ」

「ありがとう、ありがとうっ。これで村に帰れる!」

「恩に着ますぞぉ、兄貴ぃ!」


この瞬間ばかりは、種族などに関係なく解放を喜び合っていた。

身体は疲れているだろうに、みな揃っておいおいと泣き叫ぶ。


聞けば、さまざまな場所から連れ去られて、ここに放り込まれたらしい。


売られるのを待つ身の者や、下僕として小間使いさせられていた者もいたそう。


全員の拘束をとき終える。


すると、まさかの全員土下座で頭を下げてくる。

身体を起こしたドワーフの男が言うには、


「あんたは、おらたちの命の恩人だ。なにか手伝えることがあったら、なんでもしまさぁ!」


とのこと。

それに、その場の全員が賛同した。


「でも、元の住まいに戻らなくていいんですか?」

「ふっ、恩返しもしねぇで戻れませんよ。同じドワーフたちに顔が立たねぇ」


この意見にも、反論は出なかった。


どうやら、義理堅い人たちのようだ。


本当なら、その気持ちだけを受け取り、辞退するのが美しいのだろう。

なにも恩を返して欲しくて、彼らを解放したわけではない。


けれど、体裁にこだわっていられるほど悠長ではないのが、今のテンマ村である。



「なら、村の整備をお願いしたいです。少し、いや、かなり荒れてまして」


一つこれだけは、どうしてもお願いしたかった。

人手としても、技術力や戦闘力としても、彼らは頼もしい存在だ。


「そういうことなら、おらたちが力になりますよ! ドワーフは、ものづくりが得意なんでさぁ!」


と、まず了承をもらう。


一方クマベア族の方はといえば、


「俺らだって、手を貸したいのはやまやまだが、村人たちに怖がられないだろうか」


腕を、獣のそれに変形させてみせ、やや顔を俯ける。



至極、当然の考えだった。


種族にもよるが、獣人は基本的に人間よりも高い身体能力を持つ。


中には凶暴な種族もいるので、その力を過度に恐れている人間は多い。

そのため、獣人であるというだけで、入ることすら許されぬ街などもある。


「そこは、どうにか説得しますよ」


けれど、俺が領主となったからには、その偏見は取り払いたかった。


『外れスキル』と扱われ、迫害されてきたこともある。

そもそも俺は、その差別的な考え方には昔から反対だ。

全員が全員、凶暴だなんてあるはずがない。


「彼らなら大丈夫さ。一緒にこの牢獄のような場所で苦しんだ仲だから、分かるんだ」


同じく捕まっていた人間たちも、こう太鼓判を押してくれる。


それが、クマベア族の心を動かしたらしい。目に涙を浮かべて言う。


「そういうことなら……。警備でも力仕事でも、なんでも任せろ!」

「おう、なにせあんたには今回だけで、返しきれねぇ恩を受けたんだ」


うん。一気に、人手が増えそうだ。







 

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