第17話

「とりあえず、まずは天使達と話をしよう」

 秋穂は意を決して正面玄関に向かい、川村も後を追う。

「どうする櫂塚、このバリケード?」

 バリケードは一見無造作に作られているように見えるが、椅子や机を紐やテープで強く結びつけている。

「確か車にカッターがあったはず。ちょっと取ってくるよ」

 社用車からカッターを二本持ってきた秋穂は、川村と共にバリケードを崩し始める。三十分ほどかけ、ようやく解体完了。

「すいませーん。誰かいますかー?」

 施設内に入った秋穂は呼びかけるが、応答なし。誰も姿を見せない。

「施設内を探すしかないね」

「面倒くせーな。どうする?」

 この老人ホームは三階建てで結構広い。一階と三階からそれぞれ捜索して、二階で合流しようと秋穂は提案。二人で一緒に探すよりも効率が良いからだ。

「わかった。その案で行こう。俺は三階から探す」

「なら俺は一階からだね。気をつけて」

「気をつけてって、俺達の可愛い機械天使だぜ。違法業者とは違う。人間を傷つけることはねーよ」

「そりゃそうだ」

 川村と別れた秋穂は一つ一つ、一階の部屋を探していく。だが、誰も見つからない。もしかしたら入居者の老人達と機械天使はどこか一つの場所にいるのかもしれない。

 そう思いながら食堂と書かれたプレートの引き戸を開いた時。

 頭に何か柔らかい感触。視界の上から白い煙のようなものが降ってくる。

「これは……黒板消し?」

 頭に乗っている物体を確認すると、紛れもない黒板消し。ホワイトボード用ではなく、最近学校から消えつつあるチョーク用のものだ。

「これはまた随分懐かしいな。色んな意味で」

 小学校時代、よくやられた悪戯だ。これぐらいの悪戯なら人間を害することはない。機械天使でも出来る。

 可愛らしい悪戯に頬を緩めながら食堂に入る。一歩入った瞬間、踏み入れた右足に違和感。なにかを踏んだようだ。

 なんだと思った瞬間。

 秋穂の天地は入れ替わっていた。

「……へ?」

 ブラブラ揺れる視界。上に見える床。

 足に視線を向けると、右足にロープが巻きついており、秋穂を宙吊りにしていた。

「え、え!?、えー!」

 秋穂は川村に助けを求めようとスマートフォンで電話をかける。だが、何度コールしても出る気配はない。 

 仕方がない。自分でなんとかするしかない。秋穂は上体をなんとか起こし、カッターでロープを切断。受け身をとりながらなんとか着地。

「なんだよ、これ?」

 どうやら黒板消しは頭上に意識を向けるためのものであり、本命はこの宙吊りの罠。秋穂は見事に引っ掛かってしまった。

 他にもトラップが無いか、警戒しながら食堂を捜索。どうやら、先ほどの罠だけのようだ。

 秋穂が廊下に出ると、通路の向こう側に小さな人影を見つけた。ボブカットにした十歳ぐらいの女の子。資料に載っていた、有馬老人ホームに引き渡した機械天使だ。

「君達と話をしたいんだ」

 秋穂が近づこうとするが、女の子は通路の奥に隠れてしまった。

「待って!」

 秋穂は追いかけようと走り出す。右足を強く踏み込んだ瞬間。右足が床を滑り、後ろにバランスを崩す。そのまま背中と後頭部を床に打ちつける。視界の端で火花が見えた。

「っい!、〜!」

 声にならない声を上げながら、秋穂は頭を抑え床をのたうち回る。

 しばらく転げ回り、ようやく痛みが引いてきた。

「ん? なんだこれ?」

 秋穂の涙が溢れる目は、あることに気がついた。床は光沢のあるリノリウム製だが、なんか妙にテカテカと反射している。よく見ると白い泡のようなものも点在している。秋穂が指で床を擦ってみると、ぬるっとした滑り。指の匂いを嗅いでみると、フローラルの香りがした。

「石鹸?」

 どうやら床に石鹸水を撒き、滑りやすくしているようだ。

「だけど、こんなこと、機械天使には出来ないはず」

 先ほどの宙吊りトラップと言い、石鹸水を撒いた床といい、人間に怪我をさせる仕掛けだ。ロボット三原則を組み込んだレインエンジニア社製の機械天使には、これらの仕掛けを作るのは無理だ。例え人間に命令されても。

「どうなってんだ、ちくしょう!」

 秋穂は後頭部を撫でながら、先ほどの天使の後を最新の注意を払いながら追った。

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