第16話
「ちくしょー。なんでうちの会社ばっかり」
信号待ちをしながら秋穂はそう愚痴る。苛立つように車のハンドルの縁を指で叩く。
「まあまあ、落ち着けって」
助手席に座る川村はちびちびと缶コーヒーを飲んでいる。現在秋穂と川村の二人は社用車で、クレームを入れた顧客の元へと向かっている。本来は秋穂一人で向かうつもりだったが、話を盗み聞きしていた川村が自分もついていくと言い出した。納品を終えたばかりでヒマだからだそうだ。
「落ち着けるわけないでしょ。せっかくウチの天使の殺人容疑が晴れたと思ったら、今度はストライキだよ」
「ストライキ、ストライキね。くっ、ふふふ」
「何笑ってんだよ」
「いやー、悪い悪い。ただ、前に比べれば可愛いもんかなってさ。天使達が働きたくなーい働きたくなーいって言ってるのがさ。まあ、大丈夫さ。俺達なら今回も解決できるさ」
どうやら川村は先の機械天使による殺人事件容疑を切り抜けたことで、変に自信がついているのだろう。今回もうまく乗り切れると。つい楽観的になるのはわかるが、秋穂は今回のトラブルを過小評価すべきではないと思う。レインエンジニア社の天使が問題行動を起こしているのは事実なのだから。
「で、天使達がストライキを起こしたって場所はどこ?」
「有馬老人ホームだよ」
「老人ホーム?」
「この県を中心に展開している老人ホームで、結構規模が大きい。機械天使達はご老人のセラピーなどを担当しているみたい」
ここ数年、介護施設に機械天使が置かれることが多くなった。きっかけはとある海外の研究結果。機械天使と一緒にレクリエーションを行うことで、寝たきりの状態を改善し、精神状態を向上させると発表されたのだ。それ以降、各国では積極的に機械天使の導入を推進している。中には補助金を出している国もある。
秋穂は後ろの席に置いてある社内パソコンを川村に渡す。
「えーと、どれどれ、販売履歴は……。ウチから結構な数を引き渡しているんだな」
「そう。有馬老人ホームを経営している有馬介護株式会社は、ここ最近規模を急拡大してる。うちへの依頼も増えるだろうから、なるべく機嫌を損ねたくない。おっと、青だ」
信号が青になると同時に、秋穂はアクセルを踏み発進。
「へー、なるほどな。だけど、おかしくねーか?」
「何が?」
「介護業界は人手不足で重労働、離職率も高いって聞くけど、天使達の役目はあくまでセラピーだろ? ストライキを起こすほどか? そもそも天使がストライキを起こすのか?」
そう、それは秋穂も疑問である。有馬老人ホームに渡した子達は、素直で可愛らしい性格に設定した十歳前後の子達だ。反抗期になるような設定はしていない。
「うーん、俺も初耳だからわからない。でも、機械天使は決して人間の奴隷ではない。確かにロボット三原則の第二条では、人間の命令に従えとある。でも天使達の人工知能は、例え第一条に抵触しなくても、公序良俗に反する度が過ぎた要求ならば拒否することがある。それは天使の人工知能が単なる道具ではなく、子供らしさ、人間らしさをコンセプトとしているから。それは客にも説明している」
「じゃあ、その老人ホームでは、機械天使が何か嫌がることがあったってこと?」
「それは、現時点ではわからない」
「ま、とりあえず現場で確認するしかないか」
その後少しして有馬老人ホームに到着。有馬老人ホームの敷地は中々広く、庭園や噴水が設置してある。一見富裕層向けの高級老人ホームに見えるが、料金はかなりのリーズナブルで人気が高い。現在も多くの人が入居待ちだそうだ。
秋穂と川村が駐車場で車から降りると、怒号が聞こえてきた。
「おい! いつまで待たせるつもりだ!」
振り向くと、顔を茹でダコのように真っ赤にした中年男性が立っていた。
川村は声を潜ませる。
「なあ、秋穂、あれって」
「あー、何かのテレビで見たことある。有馬介護株式会社の有馬社長だよ。電話してきたのも、声からしておそらくあの人だな」
二人は有馬社長に恐る恐る近づく。彼はふくよかな体型を海外の高級ブランドスーツで包んでおり、身につけている腕時計や貴金属も高価そうなものばかりだ。
「ったく、遅いんだよ!」
どうやら相当ご立腹のようだ。秋穂はこれ以上刺激しないよう、声色をなるべく和らげる。
「申し訳ございません。うちの天使達がご迷惑をおかけしたようでして。天使達に会いたいのですが、彼らはどちらに?」
「あいつらに会いたい? ああ、こっちだ。ついていこい」
二人は有馬社長についていく。連れられたのは老人ホームの正面玄関。入り口には椅子や机などでバリケードが作られており、「施設の改善を!」「悪徳業者には天誅が降る!」などの張り紙が貼り付けられていた。建物の窓も板で塞がれている。
「……わぁお」
川村は緊張感のない、半ば呆けたような声を漏らす。秋穂も天使達のストライキと聞いて、内心可愛い反抗だと思っていた。だが、かなり本格的なストライキに思わず言葉を失った。
これは想像以上に面倒なことになりそうだな。
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