天使のストライキ

第15話

 世間を騒がせた田村夫婦の殺人事件から、早一ヶ月。田村夫妻に違法な機械天使を販売した業者も逮捕され、事態は沈静化へと向かっている。警察が事件の真相を公表した際は、「やはり機械天使が人を殺した!」と世間やメディアは騒ぐと秋穂は思っていた。だが、彼らは能力の低い違法業者が作ったのだから、それもありうるという意見だった。どうやら一度機械天使が人殺しをしたという報道で慣れてしまったようだ。当初その事件一色だったメディアも、現在は報道する頻度が大きく減っている。レインエンジニア社を取り囲んでいたマスコミは今はゼロ。人の関心とは、なんと移ろいやすいことか。現在は機械天使の排斥をうたう市民団体のデモが、思い出したかのように報道される程度である。

 まあ、秋穂としては早々に忘れてもらった方が良い。仕事に差し支えてしまうから。

「うーむ」

 秋穂は会社事務所の机で論文と睨めっこ中。

 レインエンジニア社は特に受け持ちの仕事がない時は、自由に研究・開発をして良いとなっている。技術者にとってはなんと都合の良い会社だろう。

 現在秋穂は他の社員の仕事をちょこちょこと手伝う程度であり、業務時間のほとんどを自身の開発に使っていた。秋穂が読んでいるのは、AIに関する論文。著者はエウレカ社の社員。秋穂はハードウエア、機械天使の機体についてもある程度の知識はあるし、簡単な修理はできる。だが、今はソフトウエア、AIの開発に重点を置いている。

「うん、全くわからん」

 流石世界に名だたる大企業所属のエンジニアだ。自分とはレベルが違う。この論文はガブリエルタイプに実装されているAIのことが書かれてあるが、秋穂には二割理解するのがやっとだ。むじろ二割も理解できた自分を褒めたい。

「あのー、すいません」

 部屋の扉が開き、事務員の尾根野真矢が顔を出す。彼女は困ったような顔をしている。

 秋穂は周りを見渡す。他の社員は仕事で手が離せない。秋穂のように手が空いている人間も数人はいる。だが、ここは若い自分がいくべきだなと、妙に年功序列的な考えをし、立ち上がる。

「尾根野さん、どうしたの?」

「ああ、櫂塚さん。ちょっとお客さまから電話があって」

「もしかして、何か問題?」

「ええ。事務員では対応できないもので。機械天使関連で」

「お客さんは何って言ってるの?」

「いや、あの、それが」

 真矢の歯切れが悪い。どうもうまく説明できないと言った風だ。

「じゃあ、俺が電話に出るよ。内線に繋いで」

「うん、よろしく」

 秋穂は自分の机の近くで鳴った電話を取る。

「お電話代わりました。お待たせして大変申し訳ありません。私、レインエンジニア社のエンジニアである櫂塚と言います。何か問題が発生したのでしょうか?」

「……聞かないんだよ」

「あの、申し訳ありません、お客様。うまく聞き取れなかったので、お手数ですがもう一度教えていただけるでしょうか?」

「あんた達から買った機械天使が言うことを聞かないんだよ! あいつらストライキを起こしやがった!」

「……機械天使がストライキ?」

 電話の向こうのがなり立てる声を聞きながら、秋穂は頭を抱えた。

 なんでこうもトラブルが立て続けに起こるんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る