第14話

 犯人が捕まってから丁度一週間後の日曜日、その早朝。秋穂はとある墓地に来ていた。

「ここだな」

 秋穂の前には、田村家と掘られた古くも立派な墓石。この墓には殺害された田村夫婦が眠っている。

 秋穂は胸に抱いた献花を墓の前に供える。線香を上げ、目を瞑り二人の冥福を祈った。祈りを捧げた後、目を開ける。

「田村さん、あの時の言葉、ようやくわかりましたよ」

 あの時の言葉というのは、面談時に夫婦が言っていた「妹系」という言葉である。

「あの子、茜ちゃんには、お姉さんが一人いたんですね」

 犯人が捕まって数日後。遠藤達警察が会社にやってきて、事の顛末を社長である雨宮に話した。そして、雨宮から会話の内容がメールで送られてきた。捜査中のため、全てを教えられた訳ではないが、その内容に秋穂や他の社員は驚愕。

 あの夜、罠に引っかかった犯人は、十代半ばの女児、の姿をした機械天使だった。さぞ警察は驚いたはずだろう。

 彼女は警察の取り調べに素直に応じているらしい。彼女の名前は、田村葵。約三年ほど前に田村家に迎えられた。だが、問題は彼女が違法業者よって製作された無登録の機械天使だったことだ。

 ここ数年において法整備がなされたが、機械天使が出回り始めた時は本当に酷かった。安全性無視の機体を販売している業者がわんさか存在。技術力が足りないばかりに、ロボット三原則を誤って削った機体が事故を起こしたり、公序良俗に反したりなど、一時期機械天使の販売を禁止するという話まで出ていた。

 現在は機械天使を製造・販売する際はライセンスを取得する必要がある。取得するためには厳しい審査を通る必要があるのだが、各種コストを払えない、払いたくない業者がいる。そしてライセンスの存在を知らない人々は今も少なくなく、違法業者につい引っかかってしまうことが未だに多い。

 警察所属のエンジニアが解析した結果、葵はロボット三原則の第一条を削られていた。つまり、彼女は人間を害することができたのだ。性格も出鱈目な設定がされていた。しかも機体の最大出力が相当高く、成人男性の力を簡単に凌駕するようだ。今までの振る舞いから犯人が大暴れする可能性があると、警察がネットランチャーを用意していなかったら、何人か負傷者が出ていただろう。

 拘束具で椅子に縛られた彼女は、警察に動機を包み隠さず語った。

 茜が家に来てから、両親は茜ばかり。それで嫉妬して、つい両親を手にかけてしまった。茜は粉々に破壊して、家から逃げる際にバックに入れて持ち運んだ。あれは畑の小屋に置いてある。私が隠れていた場所に。

 警察が調査した結果、とある耕作放棄地の農機具を保管する小屋、そこで機械天使の残骸と思われる鉄屑を見つけた。現在はレインエンジニア社の社員が型番などを確認し、田村家に引き渡したものであるか確認中だ。

 一方、レインエンジニア社の工場を襲撃した動機については彼女はこう語っている。

 あいつを作った存在が許せなかった。わざわざあの格好をしたのは、あいつに罪を着せることで、あいつとあいつを作った会社の名誉を地に落とすため。

 秋穂は、その葵という子について想像してみる。どうやら葵は少し我儘な部分があるらしい。遠藤は彼女のことを「思春期特有の気難しい性格」と評していたようだ。

 もしかしたら、田村夫婦が違法業者に要望を出した際、ちょっと我儘な子供らしい子が欲しいと言ったのではないか。だが、その業者では性格を設定することができず、ロボット三原則に手を加えた。後から自分達が依頼した業者が違法業者だとわかったが、警察に通報すれば愛する我が子である葵は廃棄処分になるかもしれない。だから、彼女の写真は一枚も撮らず、存在をひた隠しにした。そして数年後、葵に妹を作ってやりたいと、夫婦はレインエンジニア社を訪れた。きっと葵が喜んでくれるだろうと。だが、そうはならなかった。葵の眼には自分を蔑ろにし、新しい機械天使に夫婦が夢中になっている、そう映った。そしてあの日、ついに嫉妬は限界を突破。嫉妬に狂った葵は夫婦を殺害。彼女はこれで自分だけのものになったと喜びに震えた。いや、自分を見ない両親はいらないと、そう思ったかもしれない。そして、自分から両親を奪った憎き妹を破壊し、さらに殺人マシーンの汚名を着せた。

 秋穂は目の前に墓跡に語りかける。

 「相談してほしかったですね。一言、我々に葵ちゃんのことを相談してほしかった。何か力になれたかもしれないのに」

 機械天使の記憶メモリを別の身体に移し替えることは可能だ。警察や行政に相談すれば、廃棄処分は免れただろう。

「いや、今更何を言っても意味はないか。そもそも俺の想像に過ぎないし」

 そう、所詮は秋穂の想像、妄想。秋穂がこうすれば良かった、ああすれば良かったなど考えても意味はないのだ。

「では、俺はそろそろ行きますね」

 秋穂は踵を返す。

 田村夫婦はいい人達だった。きっと天国に行けるだろう。

 だが、機械天使には魂は存在しない。茜も、これからスクラップになるであろう葵とも、天国で再会することはない。

 秋穂は田村夫婦の冥福を祈りながら、墓地を後にした。

 技術者である秋穂には、それしかできない。

 

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