第13話

 秋穂はコーヒーを飲みながら、リビングでテレビをぼーと眺めていた。今映っている深夜番組はアイドルと芸人が出ているバラエティー。時折、テレビから楽しそうな笑い声が聞こえてくるが、秋穂はピクリとも笑わない。彼の眼球はただのガラス玉のようにテレビの映像を反射しているだけだ。

 コーヒーを飲み干し、もう一杯淹れようと立ちあがろうとした時、テーブルに置いていたスマートフォンからメールの着信音。

「来た!」

 スマートフォンを手に取り、すかさずメールの内容を確認。送信主は社長の雨宮。全社員に一斉送信されたメールの本文は、ただ一文だけ。

 犯人お捕まええた。

 よほど焦って送信したのだろう、誤字がある。

「や、やった!」

 秋穂は嬉しい声をあげるが、現在深夜であることを思い出し、口を慌ててつぐんだ。

「これでようやく終わった、終わったんだ……」

 秋穂はウキウキ気分でコーヒーメーカーに残っていたコーヒーを飲み干し、歯磨きなどの眠り支度をし、布団に入った。

「これで明日から、ようやく業務に集中できるよ」

 秋穂は目をゆっくりと閉じる。

 そして、今夜の作戦の内容を夢として反芻する。



 昨日、日曜日の朝。

 レインエンジニア社事務所の会議室。この部屋には秋穂、雨宮、川村、そして、刑事である遠藤と木村の二人。全員の視線は部屋に備え付けのスクリーンに向いている。スクリーンには一枚の写真。田村夫婦と天使である茜の仲睦まじい写真である。背景に写っている半開きのクローゼットが赤い丸で囲っていた。

 スクリーンの横に立つ秋穂は、赤い丸を指差す。

「田村さんは面談の時、こう言ったんですよ。迎える機械天使は白い服が似合う清楚な雰囲気であり、妹系であるがしっかりした子が良いと。そして、こうも言いました。この子には黒など暗めの落ち着いた服は着せたくないと。なのに、クローゼットには暗めの服が何着もあります。それに三人の写真を撮るためには、誰にカメラで撮影してもらう必要がある。つまり、別の誰かがもう一人、あの家にはいたんですよ」

 秋穂の説明を雨宮は難しい顔をし、両腕を組んで唸る。雨宮や川村などには事前に説明したが、まだ信じきれていないらしい。川村も同感のようだ。

 だが、重要なのは雨宮や川村が納得できるかどうかではない。

 秋穂が注目すべき人間は別にいる。

「刑事さん達はどう思いますか?」

 話を振られたは遠藤と木村の二人は無言。秋穂は構わず話を続ける。

「本当は、ウチの天使以外の存在に気づいていんじゃないんですか? あなた方をこの場に呼ぶ際、私は田村さんの家には、当時別の人物がいたかもしれないと言いましたね」

 二人はまだ口を閉ざしたまま。

「そして、あなた方はわざわざこの場に足を運んできた。再現実験をした時もそうです。あの時、あなた方はあっさり引き下がった。欠陥があって、実はもっと強い力が出せるのではないかなど、追求しなかった」

 刑事二人は顔を見合わせた。幾度かアイコンタクトを交わし、秋穂に向き直る。

 遠藤は声を顰める。

「いいすか、これから話すことは、重要な捜査内容。例えオタクの会社でも、本来なら教えてはいけないんですよ。多言無用でお願いする」

 遠藤は自分の口に人差し指を当てるジェスチャーをする。秋穂達が頷くのを確認し、話し始めた。

「行方不明の機械天使、オタクが作った天使の足取りを追うため、被害者夫婦の家を徹底的に調べた。そこで、とあるものを見つけた。えーと、そちらの兄ちゃん」

「櫂塚です」

「櫂塚さんの言う通り。実は奇妙というか、不自然なものが見つかった」

 田村家には多くの子供服が置いてあった。それ自体は特に珍しいことではない。機械天使のために、服を大量に買い込む家庭はよくある。

 だが、鑑識の一人があることに気がついた。

「その男は五人の子供がいて、自他ともに認める親バカだ。そいつがな、服のサイズが違うってことに気がついたんだよ」

 確認した結果、二種類のサイズの服が見つかった。人間の子供ならば、成長を考え複数のサイズを事前に用意しておく。だが、機械天使はその必要がない。機械の体は不変なのだから。

「だが、それだけ。旦那さんが写真を趣味としているが、夫婦とオタクの天使以外が写っている写真は見つからなかった。サイズが違うのは、間違ったサイズを注文しただけだと当初は思っていた」

 だが、レインエンジニア社の機械天使が無実だとわかり、その後犯人と同じ格好をした人物が工場を襲撃した。さらに秋穂から田村家にもう一人誰かがいたのではないかと、連絡が来た。

 遠藤は秋穂に向き直る。

「それで櫂塚さん、そろそろ我々をここに呼んだ理由を教えてくれませんかね。単にあなたの推理を披露するためだけに、我々を呼んだ訳ではないんでしょ?」

 そう、ここからが本題である。

「罠を仕掛けようと思います」

「罠?」

 遠藤は素っ頓狂な声を上げる。隣の木村も困惑顔。だが、秋穂は構わず続ける。

「はい。理由はわかりませんが、犯人はおそらく弊社に恨みがあるものだと思います。出なければ、ウチの工場を襲撃するはずがない。最初はウチの天使に罪を、濡れ衣を着せるつもりだったが、それが見破られた。本来ならその時点で出来るだけ遠くに逃げるはず。なのに」

「オタクの工場を襲撃した。自分がここら辺近くに潜伏しているとわかってしまうのに」

「はい、そうです。逃げることよりもウチの会社に対し害を与えることを優先した」

 以前、小城沼弁護士が犯人はウチの会社に恨みがあるのではと言っていたが、その通りのようだ。

「なるほど。具体的にはどういった罠を仕掛けるつもりで?」

「メディアを使い、ウチの工場の被害が少ないこと、特に機械天使が無事であることをアピールするんです。犯人は機械天使を執拗に破壊していました。ウチの会社の中でも、特に天使に対して強い恨みを持っているのではないかと。その天使達が無事だとわかれば……」

「なるほど。つまりオタクの天使を餌に、犯人を誘き寄せるというわけか」

 遠藤は雨宮に向き直る。

「社長さんは、この罠については?」

「すでに承認済みです。刑事さん達の話を聞くまでは半身半疑でしたが。……我が社としても早々にこの件を解決したいです。業務にかなりの支障が出ていまして」

「……わかりました。署にこの話を持ち帰って、上に打診してみます」

 そう言い残し、刑事達は警察署に戻って行った。

 正午頃に遠藤から連絡。上層部が罠を張ることを承認した、と。秋穂は随分と早いなと思った。偏見であるが、警察などの行政機関は動きが遅いと考えていたからだ。あくまで秋穂の想像だが、警察としてもこの件を早々に片付けたいのかもしれない。世間から注目されており、未だに犯人を捕まえていないと批判されているからだ。

 その後、レインエンジニア社と警察が打ち合わせ。まず地元メディアを呼び、会社の工場及び機械天使が無事であることを見せた。メディアによる報道後、警察が会社の敷地内外で見張りにつく。そして、罠を張った初日の深夜、犯人が工場に侵入し警察に逮捕された。

 秋穂が遠藤達を呼んだ日、たった一日の出来事である。

 

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