第18話

 正午を告げるサイレンの音。ここ田舎での日々の習慣であり、秋穂と川村が有馬老人ホームに突入を試みて一時間経った証だ。

「……」

「……」

 秋穂と川村は正面玄関の前で向き合っている。秋穂は全身ずぶ濡れで、服にはトリモチがついており、農業用防虫ネットが靴に絡まっていた。

 一方の川村は顔や手足に多数の痣があり、カラーボールだろうか、カラフルな塗料が服についている。彼が毎朝セットに時間をかけている髪型も、すっかり崩れてしまっている。

 まあ、二人ともなんと無惨な姿である。

「一体、なんなんだよ!」

 川村はつい大声で叫んだ。秋穂も同じく叫びたい気分だ。

 施設の中はトラップが満載であり、まともに進むことができなかった。老人ホームという慈しみの場ではなく、もはや戦場である。

「で、川村、三階に人はいた? 一階は誰もいなかった」

 ボロボロになりながらも、秋穂は何とか一階の捜索を完了。機械天使を一度見ただけで、入居者の姿は確認できなかった。二階に上がったが、川村はまだ来ていなかった。先行して二階の捜索をしようとしたが、強固なバリケードが築かれており断念。数々のトラップで疲弊し、戦意を喪失していたこともあり、川村に一度玄関で会おうと電話したのだ。

「いや、誰もいなかった。ただ機械天使は見つけたな。男の子と女の子の二人」

「俺もちょろっとだけど、一人女の子の機械天使を見つけた」

「……なあ、どう思う?」

「どう思うって? 施設内のトラップのこと?」

「ああ。あれって機械天使には無理だよな」

「うん。流石にあのレベルのトラップは、ロボット三原則に引っかかる」

「だとしたら、人間だよな?」

「入居者であるご老人達、その可能性が高い」

 つまり、このストライキは入居者達と機械天使が協力している。

 秋穂は濡れた頭をかきむしる。

「機械天使がお願いしたのか、それともご老人達が自主的に協力しているのか。それはわからない。どちらにしろ、無策では辛いね」

「だな。説得するにももっと情報がいる。あの成金社長に話を一度聞いてみるか」

 有馬社長は有馬介護株式会社と書かれたワゴンに乗っている。秋穂と川村が近づくと後部座席の窓を開け、不機嫌そうな顔を出した。

「何だ、解決したのか?」

 ボロボロの二人の格好は気にしない。彼にとっては、ストライキの解決が最優先だ。

 その様子にむっと表情を曇らせた川村を制止し、秋穂は尋ねる。

「有馬社長、ちょっとお願いがありまして」

「あ? 何だ?」

「この施設の職員方と合わせてください」

「……職員と?」

「ええ。彼らがストライキを起こす直前の様子を知りたいんです。何に不満を持っているのか、それを掘り下げなければ説得できません」

 秋穂の要望に、有馬社長は明らかな動揺の色。

「職員、職員か。彼らは今はいない」

「いない? どういうことでしょうか?」

「えっと、そう、そう! あんた達の天使がストライキを起こしたせいでショックを受けたんだ! それで休んで、家に引きこもってここに来れないんだ」

「ショックを受けるのはわかります。ただ、全員が全員では無いでしょう?」

 秋穂はスマホでを取り出し、この老人ホームのホームページを調べる。

「ホームページには、二十四時間体制で常に十人ほどの介護職員が常駐していると書かれています。十人全員が休んで話もできないのでしょうか?」

「う、うるさい。職員から話を聞いて何だというんだ! とにかく、あの機械達が反乱を起こしたのは、お前達のせいだろう! 何でもいいから、ストライキをやめさせろ! 俺は忙しい。ストライキを解決してから連絡しろ!」

 有馬社長は運転手に「おい、出せ!」と横柄な態度をとり、車は猛スピードで走り去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る