第9話

 秋穂は早朝六時を告げる目覚まし時計で覚ます。顎が外れんばかりの大きな欠伸をした後、布団から体を起こし、浴室に直行。シャワーで眠気を吹き飛ばすのが、秋穂の毎朝の習慣だ。シャワーを浴びた後、リビングへ向かいコーヒーメーカーの電源をON。

 コーヒーが淹れ終わるの待ちながら、秋穂はテレビの電源を入れる。

 いつも見ているニュース番組にチャンネルを合わせると、丁度田村夫婦の殺害事件が報道されていた。壮年の男性アナウンサーが原稿を読み上げる。

「昨日、警察が記者会見を開きました。この記者会見では、現在行方不明となっているレインエンジニア社の機械天使について、新たな事実が判明したました。この機械天使には、被害者夫婦を殺害した可能性があると世間の一部で言われていましたが、今回の警察発表はそれを否定するものです」

 遠藤達に再現実験を見せた日の夜。警察が記者会見を開き、レインエンジニア社の天使による殺害を否定した。

 その日のうちに公表してくれるとは、秋穂も思わなかった。もしかしたら、レインエンジニア社が世間から叩かれていることに同情してくれたのかもしれない。

 アナウンサーから話を振られた初老のコメンテータは、「ロボット三原則を組み込んでいる機械天使が人を殺すとは考えにくいです。恐らく犯人の情報を知っているため、連れ去られたのではないか」と答える。

 秋穂は思わず呆れてしまった。このコメンテータは数日前に、うちの機械天使が犯人の可能性が大いにあると言っていたではないか。

 秋穂は本音を言えば、うちの機械天使を殺人マシーン扱いしたことを謝罪してほしいのだが、どのメディアも謝る気配はない。まあ、世間に天使の無実を広めているだけでも良しとするかと、自分を納得させる。

 本日は金曜日。多少の不満は残っているが、これで休日はゆっくりと過ごせる。

 コーヒーメーカーの抽出完了のブザー音。ブラックコーヒーが飲めない秋穂は牛乳を取り出そうと冷蔵庫を開けて、「……ああ、しまった」と声を漏らした。冷蔵庫の中は空であり、朝食の材料がない。

「買い物忘れてた」

 昨日、仕事帰りに買い物に行く予定だったのが、自分達の機械天使の無実を証明できたと浮かれて、頭からすっぽ抜けてしまった。

「どうすっかな」

 秋穂は朝食を調達するか考える。

 現在、秋穂は小さな賃貸の一戸建てで一人暮らし中。実家は自転車で二十分ほどの距離にあり、朝食をご馳走してもらおうかと考えたがやめた。突然、来られても迷惑だろう。

「コンビニ行くか」

 近所のコンビニで弁当を買ってきた弁当を平らげ、コーヒーを飲んでいると、寝室からスマートフォンの着信音が聞こえてきた。

 寝室に向かいスマホの画面を確認すると、相手は雨宮。

 早朝の電話、何か嫌な予感がする。だが、社長からの電話に出ないわけにはいかない。

「はい、もしもし」

「櫂塚君、早朝にすまない」

「……何か、あったのですか?」

「ああ、問題が発生してね。申し訳ないのだが、早めに会社に来てくれるかい?」

「ええ、大丈夫です。今から向かいます」

 通話を切った秋穂は、またかと思わず頭を抱える。

 とりあえず、まずは会社に向かうか。

 秋穂は身支度を整え、電車に乗り会社に向かう。

 会社に着くと、工場の前に社員の人だかりができていた。

「櫂塚!」

 こちらに気付いた川村が手をあげる。

「川村、何があったんだ?」

「まあ、見た方が早い」

 川村は顎で工場の中を指す。視線を向け工場の中を確認した秋穂は、唖然とする。

「なんだよ、これ……」

「なあ、ひでえだろ」

 工場の中は荒らされており、工具や部品が床に散らばっている。機械天使の製造機械は何かで叩かれたように凹んでおり、動作確認が必要そうだ。工場内の物が色々と破壊されているが、特に念入りに壊されているのが、保管していた機械天使達だ。新しい家族の元に行く予定だった天使達が見るも無惨な姿になっている。手足が折れ曲がり、人工皮膚が破けている。中には首が断裂している子もいる。

「一体誰が、こんなことを……」

 秋穂は握り拳を作り、肩を振わせる。

 自分達が丹精込めて作り上げた天使が蹂躙されたのだ、まさに怒髪天を衝くとはこのことだ。

「……川村」

「ん?」

「俺達で捕まえよう、犯人を」

「もちろんだ。こんなふざけた奴許してはおけねえよな!」

 ああ、そうだ。こんなふざけたことを許せない。次から次へとトラブルが発生するが、絶対に負けない。自分達の会社、そして機械天使はなんとしてでも守り抜く。



 秋穂と川村は早速工場を荒らした犯人の特定に動き出した。自分達で犯人を見つけたいと雨宮に言い寄ったが、彼は当初難色を示した。犯人探しは警察に任せて、社員達には溜まっている仕事を片付けてほしいというのが経営者としての本音。だが、他の社員も賛同し、最終的には秋穂達の熱意に負けた。あくまで通常の業務が滞らない程度ならば、と許可してもらった。

 現在、秋穂は川村、市井と共に工場内に設置されたパソコンに齧り付いている。画面には工場内の監視カメラの録画映像が映っている。

「じゃあ、再生するよ」

 秋穂は映像を再生。本日の午前四時ぐらいになると、工場内に異変。画面の端からガラスが飛び散り、犯人が現れた。

 川村は思わず身を乗り出す。

「……マジか」

 秋穂と志井、そして後ろで見ていた他の社員達も絶句。

 顔を隠すほどの大きさの白い帽子、そして白いワンピース。薄暗いが、月明かりに照らされたワンピースには赤黒い模様が点々と付いているのが確認できる。

 犯人は暴れ回った後、監視カメラを見上げる。帽子のつばで顔全体は見えなかったが、口元は吊り上がっていた。酷く歪んだ笑顔を向けた後、画面外へ消えていった。

「まさか、よぉ、こいつは」

 川村の言う通りだ。

 間違いない、田村夫婦を殺害した犯人だ。

 

 

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