第8話

 お願いとはなんだと、遠藤と木村は怪訝そうな表情を浮かべる。

 秋穂はこちらの意図を説明。

「今回の実験で、ウチの機械天使が無実であるとはお分かりいただけましたよね?」

「まあ、機械天使管理局への裏どりは必要だが、オタクの天使ではガイシャを殺すのは不可能とわかった」

「それでですね、そのことを警察から発表してほしいんですよ」

「ウチが? なんで?」

 そこからは自分が説明すると、雨宮が代わる。

「現在、ウチの会社は人を殺す機械天使を販売したと、世間からかなりの非難を受けています」

「……そのようですな」

「そのきっかけは、あなた方警察の公式発表ですよ」

 遠藤は慌てて首を振る。

「いやいや、雨宮社長、それは違う。我々はオタクの機械天使が事件の事情を知っている可能性があると言っただけだ。少なくともマスコミ対しては、今回の事件の犯人とは一言も言っていない。マスコミが勝手に解釈しただけだ」

「はい。そのことは重々承知しています。ですが、我々としては会社の名誉を回復する必要があります。警察の方からウチの会社は無実であると言って頂ければ、世間の非難は止むでしょう」

「いや、しかし、まだ捜査の途中でして。簡単に捜査状況を世間に話すのは」

 遠藤と木村は悩むような表情。

 彼ら警察が悩むのも無理はない。警察は捜査の進捗具体を逐一発表しない。何故なら捜査の手が自分に伸びていると、犯人が知ればより遠くに逃亡するからだ。

 夫婦を殺害した真犯人は、レインエンジニア社の機械天使が疑われていることを、内心大いに喜んでいるだろう。だが、真犯人が別にいると、警察が考えているとわかったなら、慌てて逃げるはずだ。もしかしたら海外に高飛びするかも知れない。

 それを二人の刑事達、警察は懸念しているのだ。

 だが、レインエンジニア社も引く事はできない。一刻も早く汚名を雪ぐそそ必要がある。

 どうやって警察を説得しようかと秋穂が悩んでいると、今まで静観していた小城沼弁護士が口を開く。

「刑事さん達、レインエンジニア社さんの提案はあなた方にも利はありますよ」

「あんた、弁護士か。えっと」

「小城沼です。レインエンジニア社の顧問弁護士をしています。以後、お見知り置きを」

「それで、小城沼弁護士、その利というのは?」

「現在、警察は捜査に行き詰まっているんですよね? 白いワンピースの少女や、レインエンジニア社さんから購入した機械天使の行方がわかっていない。だから、本日の重要な情報とやらに飛びついたのですよね」

「……痛いところをつきますね」

 遠藤は顔を引き攣る。木村も罰が悪そうに下を向く。

「確かに我々の捜査が停滞している事は認める。ですが、それが今日の実験、この会社の機械天使が無実であることを公表することと関係あるのですか?」

「ええ。もちろんあります」

 小城沼は刑事達にいいですかと、指を一本立てて見せる。

「いいですか? この事件にはおかしなところが、一点あります。それは犯人の犯行時の格好ですよ。犯人は顔が隠れる帽子に白いワンピースという格好でした。これはレインエンジニア社さんの機械天使が犯人と見せかけるためだと思われます」

「……その可能性もあるっちゃ、ありますな」

「ですけど、おかしいんですよ」

「おかしい? 何が?」

「罪をなすりつける相手です。何故、機械天使に罪を擦りつけようとしたのでしょう。警察が天使が殺人を犯すはずがないと思うかも知れないじゃないですか? 実際、刑事さん達も人間が犯人であることも考慮しているのでしょう?」

「まあ」

 秋穂もその事は疑問に思っていた。犯人が罪をなすりつける相手は、夫婦に何か恨みがある人物にすればよかったのだ。すぐにその人物に犯行は無理だと判明するかも知れないが、時間は稼げる。その間に遠くに逃げれば良い。機械天使に罪を被せるよりも、よほど現実的だ。

 その秋穂の疑問に、小城沼は一つの可能性を示してくれた。

「何故、機械天使に罪をなすりつけたのか。それはレインエンジニア社さんを貶めるためですよ」

「……は?」

 遠藤は思わず素っ頓狂な声をあげる。他の人間も小城沼の発言に困惑。

 秋穂は何を言っているんだと、口が開いてしまった。

「皆さんが困惑されるのも無理ないでしょう。ですが、矛盾はしないんですよ。刑事さん達は否定できますか?」

「いや、それは、でき、ない」

 秋穂としては自分の会社は恨みを買うとは思わない。小城沼の発言には正直抗議したかったが、口をつぐんだ。彼の意図に気付いたからだ。

「それでですね、レインエンジニア社さんの天使が無実だと公表してほしいという理由がまさにこれに関わってきます。世間に無実であることが知れ渡れば、犯人の狙いが瓦解します。そのことに焦りボロを出すかも知れません。どちらにしろ、あなた方警察は捜査のアプローチを変える必要があります。このままでは時間が過ぎるだけですよ」

「……」

 二人の刑事達は黙りこくる。

 三十秒ほど経った後、遠藤が頭を掻きむしる。

「わかった、わかりましたよ。上に打診してみる。だが、確約はできませんよ」

 秋穂や川村は手を打合せ、雨宮はほっと胸を撫で下ろす。警察が公式に発表してくれれば、レインエンジニア社への批判は止むはずだ。

 遠藤達は機械天使管理局に確認すると言い、レインエンジニア社を後にした。

 刑事二人を見送った後、雨宮は小城沼に礼を述べる。

「いやー、小城沼先生、ありがとうございます。警察を説得していただいて。流石は弁護士、交渉がお上手ですな」

 雨宮は小城沼に向かって頭を下げる。秋穂と川村も頭を深々と下げ、礼を述べる。

 流石は経験豊富な弁護士だ。秋穂達だけでは刑事達を説得しきれなかったかも知れない。

「いえいえ。まだ気を抜いてはいけませんよ。雨宮社長にはまだまだやることがありますよ」

「やること、ですか?」

「はい。事実を無視して、御社をおもしろおかしく誹謗中傷する人間はがいるはずです。そういった人間達に対し、訴訟も辞さないと警告をする必要があります。警察発表があったら、すぐにその旨をホームページに載せられるよう準備をしておいてください」

「は、はい! わかりました」

「では、私はこれで失礼します。他にも抱えている案件がありますから」

「本日はありがとうございました」

 雨宮達はもう一度小城沼に頭を下げ、見送った。

「櫂塚君と川村君、ご苦労だったね。私はこれから役員と話をするから」

 雨宮社長はそう言い、事務所に早歩きで戻った。

「櫂塚!」

 秋穂の首に櫂塚が腕を回す。

「なに」

「何ってつれねーな。もっと喜べよ。俺達の天使と会社の無実が証明されたんだぜ!」

 相変わらず馴れ馴れしいなと半ば呆れながらも、秋穂は川村の腕を振り払う事はしない。

「喜びよりも安心感の方が大きんだよ。これでとりあえず一段落ついたなって」

 そう、これで一応は大丈夫なはずだ。田村夫婦殺害事件はまだ解決していない。だが、自分の会社と機械天使は守ることが出来た。

「さあて、川村、今回の騒動で溜まっていた仕事を片付けよう」

「え! もう疲れちゃたし、少しぐらい休もうぜ。社長もちょっとサボっても許してくれるって」

「駄目だ。お客さんを待たせてるんだから」

「はいはい。わかりましたよー」

 仕事したくないという川村だが、彼の顔はにやけており、スキップしながら事務所に向かっている。そして、秋穂の足取りもまたとても軽かった。



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