第7話

 夫婦殺害事件から早四日経とうとしていた。

 早朝のレインエンジニア社の工場内、試験室の前に秋穂はいた。彼の他には、同僚である川村と雨宮社長、土曜日に会社に来ていた刑事の二人、そして小城沼弁護士がいた。

 中年の刑事、遠藤は訝しげに試験室と書かれた表札を見ている。

「今回の事件で重要な情報があるとオタクに言われて来ましたが、何故ここに連れてきたんですか? 急かすようですが、早くその情報とやらを教えてくださいませんかね」

 せっかちな刑事さんだなと秋穂は内心苦笑。

 まあ、事件の捜査で忙しいから仕方がないか。

 秋穂は試験室の扉を開け、刑事達に入るよう促す。

 言われるまま部屋に入った刑事達は「うっ!」と思わずたじろいだ。

 部屋の椅子に座っていたのは、白い帽子と白いワンピースを被った少女。夫婦殺害の容疑がかけられている少女とまったく同じ格好なのだ、驚くのも無理もない。警戒する刑事達に対し、秋穂は大丈夫と宥める。

「この子はウチの機械天使です。田村さんに渡した子と同じモデルを使用しています。今日は田村さんの奥さんが殺害された時の再現実験を行おうと思いまして。彼女には犯人と思われる人物と同じ格好をしてもらいました」

「な、なるほど」

 若い刑事、木村は遠藤の後ろに身を隠し、機械天使を覗っている。

「おい、なにビビってんだよ。同じ格好しているだけだろ」

「はは、すいません。つい」

 全員が部屋に入ったことを確認した秋穂は、部屋の隅に置いてあるマネキンを機械天使の前に置く。遠藤は身をかがめ、マネキンを覗き込む。

「これはもしかして、ガイシャである奥さんのつもりか?」

「はい。今から機械天使にこのマネキンを刺すように指示します」

「マネキンを刺す? 人間ではないといえ、そんなこと命令通りに実行するのか?」

「マネキンを破壊することはできます。まあ、性格によっては拒否する子もいますが。今回この子の感情は無に設定しています。少し危ないので、壁際に寄ってもらえますか?」

「はいよ」 

 秋穂は全員が機械天使から離れたことを確認した後、機械天使に包丁を渡し、マネキンを刺すように指示。彼女は無機質な声で「わかりました」と答える。

 天使は両手で握った包丁を大きく振りかぶり、そして振り下ろした。

 包丁がマネキンに刺さり抜かれるたびに、マネキンが大きく震える。その様子を見ている二人の刑事の様子は対照的。遠藤は腕を組んで見据えていたが、木村は思わず「うへえ」と情けない声を漏らしながら目を逸らす。

 七回ほど刺したところで秋穂は、天使に止めるよう指示。

「今、天使には七回刺してもらいました。これは田村さんの奥さんを刺した数と同じです。では、次にマネキンを状態を見てもらいます」

 秋穂はマネキンの表皮を捲り内部を露出させる。

「このマネキンは医療の実習で使われるマネキンでして、骨や内臓をある程度再現しているんですよ。骨の強度も人間のものと同じです。刑事さん、ここを見てくれますか?」

 覗き込む刑事達に対し、秋穂が指差したのは肋骨。

 遠藤は「ああ、なるほど」と唸る。一方、木村は不思議そうな顔をしている。頭に疑問符を浮かべる木村に対し、秋穂は補足。

「木村刑事、田村さんの奥さんは検死の結果、肋骨が折れていましたよね?」

「はい」

「一方、このマネキンはどうですか?」

 木村はまじまじと肋骨を観察。

「折れてはいませんね。小さな傷はついていますが……ああ、そうか!」

 木村はようやく合点がいったという表情。秋穂は木村に対し頷く。

「我々が田村さん夫婦に渡したのは、乙姫Ⅱというモデルです。このモデルは華奢な女の子をイメージしており、力が弱いんです。とてもじゃないですが、成人女性の肋骨を包丁で砕くことなどできません」

 木村は「あ、でも」と何か思いついたように顔を上げる。

「田村さん夫婦に渡したのが、乙姫Ⅱというモデルだと証明できますか? 実はもっと力が強いモデルを間違って渡したり?」

「いえ。それはあり得ません。木村さんは機械天使安全法という法律をご存知ですか?」

「恥ずかしながら自分は詳しくなくて。機械天使を安全に運用する法律としか」

 「ちゃんと勉強しておけよ」と遠藤は眉間にシワを寄せ、手で額を抑える。秋穂は苦笑いしながら木村にその法律を説明。

「この法律は機械天使による事故を防ぐことを目的としたものでして、機械天使の最大出力の規制や管理について書かれたものです。そして、この法律には機械天使の受け渡しの際に関するものがあります」

「受け渡しに関する?」

「はい。機械天使管理局という国の機関がありまして、購入者は必ずこの機関に行かなければいけません。そこではまず受け取った天使が国の基準を満たしてるか、会社から渡された情報と合致しているか確認するんです。問題ない場合は、続けて天使の登録を行います。警察の方から機械天使管理局に確認してください」

「そこに確認すれば、乙姫Ⅱがきちんと田村さん夫婦に渡されたかどうかわかるわけですね」

「そうです」

「あ、でも受け取った後、田村夫婦が勝手に機械天使を改造したということはありませんか?」

「それはないと思いますよ。ウチの天使は専用の工具を使わないと分解・組み立てができない部分があるんですよ」

 なるほどと頷く木村の脇腹を、遠藤が小突いた。

「そんなこと、レインエンジニア社に聞いても意味ねーだろ。そもそも夫婦が改造する必要ないし」

「言われてみばそうか。あ、そうだ、櫂塚さん」

「はい」

「再現実験の映像ってあります? 事件の資料として必要でして」

「それでしたら、川村」

「はいよ」

 川村は手に持っていたビデオカメラからSDカードを取り出し、木村に渡す。

「川村が今の実験の映像を撮影していました。そのSDを持っていってください」

「ありがとうございます」

 警察側にはウチの天使が犯人ではないことは示せた。

 だが、これで終わりではない。ここからが本当に重要だ。

 秋穂は一度咳払い。

「実は刑事さん達にお願いがあります」

 

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