第6話

 次の日の昼休み。秋穂は事務所の自席でコンビニ弁当を口に運びながら、パソコンを睨んでいた。

 彼の頭を占めているのは、昨日の小城沼の言葉。

 誰が見ても納得できる絶対的な証拠。

「証拠と言ってもなー」

 昨日からずっと考えているが、どうしても思い浮かばない。行方不明になっている機械天使が見つかれば、搭載されているAIと昨日の実験で使用したAIを比較して同一と言えるのに。

 早く警察が見つけてくれないかな。いや、そもそも何故行方不明なんだ。真犯人が隠したのか。だとしたら、すでにどこかに投棄されている? もし、そうなら警察が見つけるのは容易ではないだろう。

 秋穂は頭を振り、余計な考えを振り落とす。

 違う、そうじゃない。今一番考えるべきは、なるべく早くウチの天使が無実であることを証明すること。

 秋穂は昨日、小城沼に言われたことを改めて思い出す。

 小城沼には時間をかけるなと言われた。時間が経過するほど、ウチの会社の悪いイメージが固着する。例え、無実を証明できても、イメージが尾を引き今後の企業活動に悪影響を与えてしまうだろうと。

「でもな、今すぐ見つかれば苦労はしないよ」

 秋穂が肘を机につき頭を抱えていると、机に湯呑みが置かれる。

 顔を上げると、そこには一人の若い女性がいた。

「どうぞ、コーヒーです。インスタントですけど」

「ありがとう、尾根野さん」

 彼女の名前は尾根野真矢。秋穂と同じ年齢であるが、彼女の方が入社歴は二年先輩であり、事務職をしている。中々の美人さんであり、茶色がかったロングの髪を編んでいるなど、ファッションにも気を遣っている。目立つ女性ではないのだが、そのお淑やかな雰囲気から密かに男性人気が高い。

「昼休みも頑張ってるんだねー」

「そりゃ、悠長に休んでる場合じゃないよ。一刻も早くウチの天使が無実であることを証明しないと。このままじゃ会社が本当にやばい」

 真矢は秋穂のパソコンを覗き込む。

「これって、ウチのお客さんを殺したっていう子でしょ」

 真矢が指差したのは、画面に写っている一枚の画像。白い帽子と白いワンピースを被った少女。警察が公表した監視カメラに写っていたものだ。

「そっ」

「そのお客さんってどういう人たち?」

「温厚な人の良い夫婦だったよ。確か田村さん達がレインエンジニア社に足を運んだのは、約十ヶ月ほど前。機械天使への要望を取るために何度か顔を合わせた。引き渡しに二ヶ月ぐらいかかったから、それぐらいの付き合い。接する時間は短かったけど、恨みを買う人には見えなかったな」

「その田村さん夫婦は、どんな子を所望したの?」

「十二、三歳ぐらいの、清楚系なお淑やかな子で妹系。天使としてはありきたりな性格で、ウチの会社も慣れてる。過去の天使の設定を使い回せたから、当時新人の俺でもAIを設定するのが楽だった。それとどうも服にこだわりがあるみたいで、白いワンピースを着せたいとか言ってたな。この画像のようなね」

 まさか、自分の天使に着せたいと思っていたワンピース姿の犯人に殺されるとは、夫婦は夢にも思わなかっただろう。それにしても何故、犯人はこのような血が目立つような格好でわざわざ犯行を行ったのか。何らかの夫婦への当てつけか。

 もしかして自分達の天使がやっぱり殺したんじゃ、と秋穂が思わないのは、天使と会社の技術に絶対の自信を持っているからである。

「ふーん。それにしてもこの犯人、結構小さいよね?」

「小さいって、体格のこと? まあ、かなりの小柄だね」

「確か刺された奥さんの肋骨、折れてたんでしょ」

 秋穂は今朝のニュースを思い出す。そのニュースでは専門家として元警察官が呼ばれており、彼は「相当な恨みがない限り、このように肋骨が折れるほどの力は出さない」と発言していた。

「そうらしいね。で、それが?」

「いや、この小さい体で肋骨を包丁で折るほどの力が出るんだなーって」

 ……力?

 真矢の言葉を秋穂は逡巡する。

 あれ、ちょっと待て。そうだ、あれがあった。あそこならウチの機械天使が無実であることを証明してくれる。

「尾根野さん!」

 秋穂は椅子から立ち上がり、真矢の手を握る。

「ありがとう、尾根野さん! あなたのお陰だ!ああ、 なんで今まで気づかなかったんだろう。本当に俺は馬鹿だ」

「え、え? どうしたの、急に? ていうか、手握って」

顔を紅潮させ慌てふためく真矢を尻目に、秋穂は表情を明るく輝かせる。

 やっと見えた、光明が。

 

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