第5話
集会が解散した後、社員は各々自分達の天使の無実を証明するために奔走する。もちろん、秋穂もだ。
秋穂と川村は工場内に設けられた試験室にいた。この試験室は分厚い鉄板で囲まれており、万が一機械天使が暴走しても被害を最小限に止めることができる。
川村と秋穂の前には、パイプ椅子に座った一体の機械天使。髪は腰まで届く黒い髪で、柔和を笑みを浮かべている。この機械天使には殺害された夫婦に販売した機械天使と同じ設定の人工知能が入っている。この機械天使を使い、自分達の機械天使が人殺しをするはずがないと証明するつもりなのだ。
秋穂は三脚の上に設置したビデオカメラを確認し、川村に合図。
「じゃあ、川村、よろしく」
「はいよ」
川村は機械天使に顔を近づけ、睨みつける。
「おい、そこの機械天使!」
「は、はい。なんでしょう?」
天使は怯え、思わず椅子ごと後ろに下がった。人間の子供なら、眼に涙を溜めていることだろう。だが、川村は構わず声にドスを効かせる。
「なんでしょうだあ? なんだ、テメー、俺のこと馬鹿にしてんのか! ああ、おい!」
「いえ、いえ。馬鹿にしていませんよ」
「嘘つくな、カマトトぶりやがってよ!」
川村が握り拳を作り振り上げると、天使は「ひい」と悲鳴を上げ、体を震わせる。
その光景を見て秋穂は思わず胸を痛める。実験とはいえ、自分達の天使を罵倒し、殴るふりをするのは流石に辛い。
「川村、もういいよ。データは取れたから」
「はいよ」
「天使の君、シャットダウン」
「承知しました」
秋穂の言葉を聞いた天使は目を瞑り、機能を停止した。
「で、櫂塚どうだった、今の実験の結果は?」
秋穂と櫂塚はノートパソコンの画面を確認。画面には機械天使の精神状態のパラメータを示す数値が並んでいる。
「んー、元々AIは奥ゆかしい気の弱い子って設定。実験では怯えや恐怖といった負の感情が強くなっているけど、どれも正常の範囲内。異常な値を示したものはないよ。暴走するなんて、やっぱりあり得ない」
「だよなー、何度も試験したし。そもそもロボット三原則が組み込まれてるから無理なはずなんだけど」
レインエンジニア社の機械天使は、ネットに出回ったオリジナルの設計図を改良して製作されている。人工知能にも手を入れているが、一度も触れていない領域がある。それがロボット三原則だ。ロボット三原則は元々米作家、アイザック・アシモフのSF小説に出てくる架空の設定だ。
第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。(※)
要はロボットに課された制約だ。一応、イジること自体は可能である。だが、安全性と設計者への畏敬の念から、技術者の間では三原則の設定を変えないことが暗黙の了解となっている。そして、この三原則がある限り、ロボットは人を傷つけることができない。
川村は三脚のビデオカメラを手に取る。
「じゃ、早速実験の映像を社長に渡そうぜ。警察に見せてもらおう」
「そうだね」
秋穂と川村が試験室を出ると、部屋の前に一人の男性がいることに気がついた。
「やあ、櫂塚さん。こんにちは」
「あれ、大沼さん」
男性は五十代前半ぐらいの相貌で、白髪まじりの髪をオールバックにしている。グレーのシックなスーツの襟首には、弁護士バッチ。
小城沼憲行はレインエンジニア社の顧問弁護士である。
「どうして、小城沼さんがここに、という質問は愚問ですね」
「ええ。雨宮社長から今後のことについて相談を受けまして。今は社員の方々から話を聞いて回っているんですよ。それで櫂塚さん達にも話をお聞きしたいと思いまして」
「なるほど」
小城沼は試験室と書かれたプレートに視線を向ける。
「もしや櫂塚さん達は、機械天使が殺人を犯さないことを実験していたのですかな?」
「はい、そうです!」
川村が秋穂の代わりに答え、胸を張る。
「あの夫婦に渡した天使と同じAIで試してみたんすよ。実験でストレスをかけたりしたんですけど、うちの天使は殺意を抱いたりはしませんでしたよ。これでウチの汚名を晴らせます」
「あー、大変申し上げにくいんですけど」
自信満々な川村に対し、小城沼はバツの悪そうな顔をする。
「その実験ではダメですよ」
「はい? なぜ?」
川村は間の抜けた声を発し、秋穂も納得できないような表情をする。小城沼は「いいですかと」と言い聞かせる。
「AIが同じものであると、第三者が納得できる絶対的な証拠がありますか? 事件後にAIに欠陥があることが判明し、実験ではその欠陥を修正したものだと言われる可能性があるんですよ」
「え、え?」
困惑する川村のために、秋穂が噛み砕いてやる。
「小城沼さんはこう言いたいんですよね? 同じAIで実験したというのは、口ではなんとでも言えると。レインエンジニア社内だけで検証しても意味がない。公正な立場の人にお墨付きをもらう必要があると」
「はい。秋穂さんの言うとおりです」
「そんなー」
川村はがっくりと肩を落とす。秋穂も自分達の考えが甘かったと痛感。
確かにレインエンジニア社が自分達の天使は無実だ、内部の実験で確認したと言っても、警察は純真無垢に信じたりはしない。自分達に都合の良い実験をしたかもしれないと疑うだろう。田村家に引き渡した天使は現在行方不明であり、彼女に搭載されたAIと実験のAIが同じものであるとは証明できない。
小城沼は落ち込む秋穂達に念押し。
「いいですか。もう一度、言います。あなた方、あなた方の機械天使の無実を証明するためには、絶対的で公正な証拠が必要です。警察もマスコミも世論を黙らせる絶対的な証拠が」
(※) 引用 2058年の「ロボット工学ハンドブック」第56版、『われはロボット』小尾芙佐訳、早川書房〈ハヤカワ文庫〉、1983年1月(原著1963年6月)、5頁
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