第3話

 月曜日というものは、社会人や学生にとって憂鬱となる日だ。多くの人は月曜日が来るのを嫌がり、朝になると億劫となる。毎回のように来るな来るなと祈る。そして、秋穂は今までの生涯において、これほど月曜日が来ることを恨んだことはない。

 今朝、レインエンジニア社の社内の雰囲気は悲壮というには生ぬるく、もはや絶望の域だ。

 事務所にいるエンジニア達は頭を抱えていたり、うつろな目でパソコンの画面を見つめている。

 秋穂もキーボードに置いた手が微動だにせず、プログラムのソースコードを瞳に写すだけ。 

「……なんで、こんなことに」

 誰かが溜息混じりに呟く。

 二日前の土曜日、社長の呼び出しに応じた社員達は、社長及び居合わせた刑事達から衝撃のことを聞き、当時来れなかった社員にもすぐに広まった。その内容は、自社が開発し販売した機械天使が人を殺害したというもの。

 事件が起きたのは、先週の金曜日。深夜、アルバイト帰りの男子大学生が、一人の女性が道路に倒れているのを発見。声をかけようと駆け寄った大学生は、腰を抜かした。女性の顔は青白く生気が感じられず、胸に深々と刺さった包丁から既に息絶えていることは明白。慌てふためいた大学生は、すぐに警察に通報。駆けつけた警察官達は、女性から目の前の家まで血が点々と続いていることに気がついた。田村という表札のその家を訪ねた警察は驚愕した。リビングで頭から血を流している男性を発見したからだ。警察は殺人事件と判断し、すぐに捜査を開始。向かいの家の監視カメラを確認すると、事件の一部始終が映っていた。

 怯えたような表情で女性が家を飛び出し、続いて顔を隠すほどのツバの大きい白い帽子と、裾の長い純白のワンピースを身につけた小さな少女が出てきた。少女は女性を押し倒した後、馬乗りになり包丁を何度も振り下ろす。十数回ほど包丁を突き立て、女性が死亡したことを確認すると、少女は家の中へ。少しして大きなキャリーバッグを肩にかけ、家の中から出てきて何処かへ行ってしまった。

 警察は被害者と少女の正体を調べようと家の中を捜索。機械天使の購入契約書と、夫婦及び白いワンピースを着た機械天使が写っている写真たてを発見。その機械天使が何か知っていないかと行方を探したが、見つけることはできなかった。そこで警察は機械天使が夫婦を殺害・逃亡した可能性もあると考え、販売元であるレインエンジニア社に事情を聞きにきたのだ。

「なあ、櫂塚」

 秋穂の隣の席である川村明紀は椅子を滑らせ、秋穂に顔を近づける。この男は秋穂の同期入社であり、席が隣であることから仲が良い。

「……何?」

「どうなると思う、ウチの会社?」

「そりゃあ、不味い状況に陥るでしょ」

「だよな」

 レインエンジニア社の機械天使が人を殺害したというニュースは、瞬く間に世間に駆け巡った。今までも機械天使による不慮の事故はあったが、機械天使が明確に殺意を持って人間を殺したのは前代未聞だ。今朝のニュースもその事件一色であり、海外でも取り上げられている。一応、警察発表では関与の疑いがあるという表現にとどめているが、監視カメラの映像を見れば、機械天使が殺人を犯したと捉えるのが普通だ。しかも、その機械天使が現在行方不明なのだから、世間はてんわやんわだ。

 警察発表後、レインエンジニア社の電話は鳴りっぱなしだ。内容はもちろん、人殺しだの、悪魔を作っただの、といった非難一色。現在も電話は鳴り続け、事務員の作業に支障をきたしている。

「ただいまー」

 スーツ姿の若い男性が扉を開け、部屋に入ってきた。

「よう、市野」

 川村は市野と呼んだ男に向けて手を挙げる。

 彼の名前は、市野守。秋穂と川村の同期であり、営業を担当している。

 秋穂は市野を手招きする。

「営業先に外回り、してきたんでしょ。どうだった?」

 秋穂の問いは、営業先が今回の事件に対し、どういう反応をしていたかである。

 市野は空いている席に座り、ネクタイを緩める。

「ほとんどのお客さんは、信じてくれたよ。ウチが人殺しの機械を売るはずないって」

 市野の言葉に秋穂は思わず感激。自分達が良いもの、安全なものを作ろうとひたむきに頑張ってきたことは無駄ではなかったのだ。きちんとお客さんの信頼を得ていたのだと。

 川村も思わず頬を緩める。

 だが、市野の表情は対照的に暗い。十代に見えると言われる童顔は、今は年相応に老けこんで見える。

「ただ、ただ、エウレカ社から暗に今後の契約について縮小するかもって言われたよ。ほら、最近新型を発売したでしょ」

「新型って、えーと、名前なんだっけ、櫂塚?」

「ガブリエルタイプ」

「それ。確か最近発売したやつで、結構売れてるんだろ」

「その売れているガブリエルタイプにウチの部品が使われてる。せっかく売り上げが好調なのに、今回の事件で水を指されるのを嫌がっているんだよ。しばらくは様子を見るって言ってたけど、このままだと契約を打ち切られるかもしれない」

「まじかー」

 川村は思わず頭を抱える。秋穂も深いため息をついた。

 エウレカ社への納品はレインエンジニア社の売上の約二割を占めている。その売り上げが全て無くなったら、中小企業であるこの会社は一気に経営が厳しくなるのは明白だ。

「みんな、ちょっといいか」

 振り向くと、部屋の扉の前に社長である雨宮が立っていた。雨宮はまるっとした顔にいつも笑みを浮かべている温厚な人物であるが、今は顔がこわばっている。

「みんなに大事な話がある。これからのことについて」


 

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