第2話
「うん、かなり不味い事態になるかもしれない」
肯定する雨宮の声は暗かった。いつもはおっとりとした楽観的な人だが、電話越しに聞こえてくる声のトーンは低い。本当にかなり不味い事態なのかもしれない。
「櫂塚君は、確か今日休日出勤しているんだよね。サポート契約の。今は会社にいるの?」
「いいえ。依頼の方はすでに完了しています。今は家の近くの喫茶店で朝食を摂っています」
「そうか。今から会社の方に戻ってこれる?」
電話では話せない内容だから、顔を合わせて説明したいということだ。
「はい。大丈夫です」
「それは良かった。ではよろしくね。他のエンジニアにも声はかけているから。僕が着くまで一緒に会社で待っていてくれ」
「承知しました」
電話を切った秋穂は、すぐさま伝票を持って立ち上がる。会計を済ませ店を出ると、現在の時刻を確認。最寄り駅に電車が到着するまでの時間は短い。秋穂は早歩きで向かう。駅に到着すると丁度電車が到着し、その電車に乗りこみ席に腰を下ろす。
電車に揺られながら雨宮が言っていた、かなり不味い事態とやらを考える。一番可能性が高いのは、我が社が製造している機械天使が事故を起こしたことだ。もちろん、何重にも安全策を施し、何度も試験をしており、事故が起きないように作り込んでいる。今までも事故は起きたことは無い。高品質の機械天使を客に提供していると、自信を持って言える。だが、この世に絶対は無い。万が一ということもある。
悪い考えが代わる代わる頭を過ぎり、気分が沈んでいく。
駅に着くと秋穂は電車を降り、早歩きで会社に向かう。
最寄駅から徒歩で十五分ほどの距離に、レインエンジニア社はあった。敷地面積は総面積約千二百坪を誇り、この片田舎では最大の工場だ。元々は農業機械のエンジンやバルブなどを作っていた。現社長、雨宮が父親から工場を継いだ時、社名をレインエンジニア社に改名し、機械天使の製造・販売に事業を変更した。
雨宮の祖父が建てたこの工場は所々塗装が剥がれ、ヒビが入っている窓もある。外見はオンボロ工場だが、中の設備は最新の機材を揃えており、ただ古いだけの工場ではない。
工場の近くには白い三階建ての事務所があり、秋穂達システムエンジニアが機械天使のプログラムを開発したり、事務員が働いている。
その事務所の玄関前、スーツを着た男性が二人立っていた。
「ん? あの二人は」
秋穂は二人の男性を訝しげな目で見る。
社長に呼び出された社員かと思ったが、二人の顔に見覚えがない。この会社の社員はパート・アルバイトを含め、約百人ほどいるから単に覚えていないかもしれないが。
とりあえず、事務所の中で待つか。
秋穂が事務所に向かうと、その足音に気付いたのか、男性達は振り向いた。一人は深い皺が刻まれた中年の男性、もう一人は二十代後半ぐらいの精悍な顔立ちの青年だ。
「あんた、この会社の人?」
中年男性はしゃがれた低い声で尋ねる。
「ええ。そうですが……」
今の質問、レインエンジニア社の人間じゃないのか。
秋穂の疑問が顔に出たのか、「ああ、すまん。我々はこういうものだ」と中年の男性は胸ポケットから手帳を取り出し、秋穂に開いて見せた。
金色に輝く旭日章。この国の治安維持を担う役割を示す警察手帳だ。
「……え、警察、なんで? なんで、ここに」
秋穂は思わず頓狂な声を漏らす。
「あれ? あんた、会社から聞いてないの?」
「いえ。何か問題があったことは知っているのですが、とりあえず会社に来いと。詳しい説明は会社に来てからすると」
刑事達は顔を見合わせる。
「遠藤警部、社員の方には先に伝えておきましょうか」
「だな」
遠藤警部と呼ばれた中年男性は、秋穂に向き合う。
「あんたのところの機械天使が人を殺した」
「……はい?」
中年男性の言葉が理解できず、秋穂は思わず聞き返した。
何を言っているんだ、この人は。
混乱する秋穂に対し、男性は言い聞かせるように、ゆっくりと話す。
「あんた達が作って売った機械天使が、客を殺したんだよ」
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