第一章 入学式

 教室内からポツリポツリと声が聴こえてくる。


「あいつが杠葉ゆずりはの……。最初見た時、友達になれると思ってたのに」

「同じクラスにいたら呪われそうだわ」

「まじで最悪。他のクラスに行きたいでーす」


 クラスメイトたちが言っていることに、我慢ができず紅葉は立ち上がる。


「おい……おまえらいい加減にっ!?」


「紅葉!!」


 紅葉は突然、龍斗に大きな声で名前を呼ばれ、驚いたのか身体をビクッとさせる。

 他のクラスメイトたちもバツが悪そうに口をつぐむ。

 龍斗は落ち着いた様子で、


「大丈夫だから。先生、俺のこと呼んだんだよね?」


 緋奈は龍斗に質問され再度、笑顔で名前を呼んだ。

 龍斗は何事もなかったように返事をする。


「はーい」


 龍斗の変わらぬ態度にクラスメイトたちは、苛立ちをつのらせ眉間にシワを寄せる。


「それじゃあ、雪焰せつえん緋奈ひなちゃん!」


 龍斗は緋奈の名前をちゃん付けで呼んだのだ。

 緋奈は、躊躇ためらいもなく笑顔で返事をする。


「はぁい!」


 龍斗はイタズラをした子どものような笑顔で、


「これから緋奈ちゃんって呼ぶね!」


 緋奈は子ども扱いされたとおもい、顔を真っ赤に染める。


「今、子ども扱いしたでしょー! おこですよぅ、激おこですぅ!」


「だって、子供にしか見えないし」


「子どもじゃないぃ! ちゃんと先生つけなさぁい!!」


 そんなやりとりを見ていた紅葉は、胸中でつぶやく。

(人の気も知らないで……。はぁ……。でも、よかった)


 クラスメイトたちは龍斗と緋奈の言い合いを、不満げに聴いていることしかできなかった。

 ほどなくして言い合いが終わり、緋奈はクラス全体を睨み雰囲気が一変する。


「ホームルーム終了後、入学式が執り行われます。その後、神器しんき適正検査てきせいけんさを実施して終了となります」


 緋奈の変わりように、紅葉含めクラスメイトたちは恐れを覚え、おそるおそる返事をする。

 龍斗は一人恐れるどころか、ふざけた様子で返事をした。


「ほーい!」


 緋奈はクラスメイトたちを見渡し、軽くうなずくと笑顔に戻り、


「それじゃぁ、入学式の会場にレッツゴーしよぅ!」


 そんな言葉とともに、龍斗と紅葉を含めた他のクラスメイトたちは教室を後にする。







 ☆★☆★☆★☆★







 龍斗と紅葉は、話ながら入学式の会場に向かっていた。


「なぁ紅葉、面白い先生だな!」


「どこも面白くないよ。朝から女の子って間違われるし……」


 紅葉は「それに」と自分の顔をグイッと、龍斗の顔に近づける。


「龍斗! なんであの時止めたの!? 言われたい放題だったじゃないか」


 龍斗は前髪をいじりながら、


「あの時、紅葉を止めなければ緋奈ちゃんが動こうとしてた」


「っ!? なんで、緋奈先生が?」


「それに紅葉が嫌な思いをする必要はないよ。ありがとな。庇おうとしてくれて」


 龍斗は紅葉の疑問に応えないまま、スタスタと歩いていく。

 あの時、怒っていたのは紅葉だけではなかった。

 緋奈は笑顔を崩さずほんの一瞬だけ口元を動かし、手元の空間には若干の歪みがあり、今にも神器しんきを出しそうな雰囲気を放っていた。

 龍斗が紅葉を止めたのは、緋奈が今にもぶち切れそうだったからだ。


(雪焰緋奈……。読めない人だな……)


 龍斗がそんなことを考えていると、


「龍斗、考え事してるとき必ず前髪さわるよね? 何を考えてるの?」


「何も考えてないよ。大丈夫だって! 本当に何かあったときはお願いするからよ。そんときはよろしくな!」


 紅葉は納得できないという表情で、龍斗を呼び止める。


「龍斗、待って!」


 龍斗は紅葉の言葉を遮るように、目の前の真っ黒いドーム型のホールに指をさす。


「着いたぜ!」


 龍斗はそういうと、入り口へと向かっていく。

 紅葉はモヤモヤした気持ちを抱えたまま龍斗の後を追った。


「待ってよ! 龍斗!」


 会場の中に入ると、学年ごとに一階から三階に分けられて、一年生は一階のフロアだった。

 龍斗は会場全体を見渡した。


「こんだけ生徒がいれば色々な奴がいるんだろうなぁ。これから楽しみだな、紅葉!!」


 紅葉はワクワクしている龍斗に声をかける。


「龍斗。ニヤニヤしてないで早く座りなよ。入学式始まっちゃうよ?」


 龍斗はまるで無邪気むじゃきにはしゃぐ子どものようだった。


「この学院に入るのが目標だったんだぜ! それに夢への第一歩なんだ……」


 紅葉は先ほどのことは掘り返さず、龍斗の顔を見ながら微笑んだ。


「出会った頃から龍斗は変わらないね」


「ん? なにか言ったか?」


 紅葉は慌てた様子で、


「ううん、なにも言ってないよ! それより早く座りなよ!」


 龍斗は首を傾げながら椅子に座る。

 紅葉はそんな龍斗を見ながら、胸中で力強くつぶやいた。


(僕は龍斗の夢を、一緒に追いかけるためにここに来たんだ。僕をあの時……)


 突然、ざわついていた会場は暗くなり、女性の声が響き渡る。


「これより、第四十二回、亜来学院あくるがくいん入学式を始めます。一同、起立!」


 生徒たちは一斉に椅子から立ち上がる。


「これより、学院長よりお話があります。静かに聴くように。着席! それでは、鳳条ほうじょう学院長よろしくお願いします」


 名前が呼ばれると、真っ白いスーツの男性が壇上に向かって歩いていく。

 整った烏羽色からすばいろをした髪と、特徴的な琥珀こはくのような瞳は、全てを見透みすかしているようだった。

 学院長が一礼すると、会場内がざわつき始める。


「静かにできねぇーのか。ここに遊びにきてんのか?」


 会場内は静まりかえる。

 

「前任の戸崎学院長に代わって、この春から学院長になった鳳条ほうじょう旋藏ぜんぞうだ」


 学生たちは不安と驚きに包まれ、不穏な入学式が始まった。

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