第一章 一日目

 葵は龍斗を引きずりながら一年生のフロアをさまよっていた。


「あれ〜どこだったかなぁ。 あっ! あったあった!」


 葵は龍斗の教室を見つけ勢いよくドアをあける。

 そして、手を振りながら大きな声で名前を呼んだ。


「紅葉ちゃーん! 龍ちゃん連れてきたよー!」


 騒がしかった教室は一瞬で静かになり、生徒たちは葵の方へと顔をむける。

 そんな中、一人だけよそよそしく歩いてくる生徒がいた。


 猩々緋色しょうじょうひいろの赤髪に、紅蓮の炎を連想させる紅玉こうぎょくの瞳。

 女の子と言われてもおかしくない顔立ちの少年が、葵の前に立ちどまる。


「葵さん。僕、一応男の子なのでちゃん付けしないでくださいよ……」


 恥ずかしそうにそういったのは、龍斗の親友の迦賀美かがみ紅葉もみじだった。

 葵は紅葉のことを見ながらニヤニヤする。


「ごめんね紅葉ちゃん! でも、女の子より可愛いよ?」

 

 紅葉は顔を真っ赤にしながら大きな声を出した。


「葵さん! もう、いつもそうやってからかってくるんだから!!」


 紅葉をからかっていた葵は、何かを思い出したかのように龍斗を手から離した。


「あっ。忘れてたわ! 龍ちゃんのことよろしく。私、自分の教室に戻るからあとは任せたよ! じゃあまた後でね」


 紅葉は風のように去っていった葵を見て、ため息をついた。

 すると、教室からヒソヒソと話声が聴こえてくる。


「今の誰? 綺麗な人だったなぁ〜」

「いや、アイツの首根っこ掴んでたぞ! 確かに綺麗ではあったけど……」

「てか、紅葉ちゃんって!?」

「男の子なの!? 女の子なの!? どっちなの!?」


 そんな話声が飛び交う中、紅葉は鼻血を出して倒れている龍斗の頬を軽くたたく。


「龍斗起きて! 龍斗!」


「…………」


 紅葉はため息をつきながら、ものすごい勢いで龍斗の頬を引っぱたく。

 パチンッ……。と、いい音が教室に響きわたった。


「龍斗いい加減起きて!」


 龍斗はびっくりした表情で飛び起きる。


「……はい! って、紅葉かよ。イテテッ……朝から殴られるとは思わなかった。ってか、ここ何処だ?」


「はぁ……ここは教室だよ。葵さんが引きずってきたよ。また、葵さんを怒らすようなこと言ったんじゃないの?」


 龍斗は口を尖らした。


「龍斗、子供じゃないんだから。どうせいつものように怒られたんでしょ? 彼氏ができないとか言って」


「紅葉すげーな! もしや超能力者か、何かか!?」


 龍斗は目をキラキラさせながら、紅葉を見つめていた。

 紅葉は話を聞いていない龍斗を見て、頭を抱える。


「龍斗、学習能力ある? 毎度毎度、同じことで怒らせないの!」


「そんなもんあるわけねーだろ。ほんとのことを言って何が悪い!」


 紅葉はため息混じりで説教をしたが、龍斗には伝わっておらずドヤ顔をしていた。

 そんなことを話していると教室のドアが開く。


「はーい! 皆さん席に着いてくださいねー!」


 雪原に灯る灯火ともしびのような、朱色しゅいろの長髪を両端で結び、

 鷲目石わしめいしのような瞳を、パチパチさせた童顔の女の子が入ってくる。

 桃色のゆるふわなワンピースをフリフリしながら、当然のように教卓の前に歩いていく。


 龍斗と紅葉は顔を合わせ、頭に疑問符を浮かばせる。

 生徒たちも同様に、不思議そうに女の子を見つめている。

 女の子は電子黒板に自分の名前を表示させると、元気な声で自己紹介を始めた。


「今日からこの一年四組を受け持つことになった、担任の雪焰せつえん緋奈ひなだよぅー! 緋奈先生って呼んでねぇー! それでは、ホームルームを始めまーすぅ!!」


 とても素晴らしい笑顔でそう宣言した女の子は、満足そうな顔をしている。

 が、次の瞬間、教室に衝撃が走る。


「「「「「はぁぁぁあ!!」」」」」


 龍斗たち含め生徒たちの口は、開いたまま塞がらないでいた。

 そんな中、緋奈は龍斗たちの方へと歩いていく。


「龍斗くん、紅葉ちゃん早く席に着きなさぁい! あれ、龍斗くんその傷どうしたの!? 早く保健室に行かないと!」


 龍斗は緋奈に腕を掴まれる。


「せんっ……先生! 緋奈先生、俺は大丈夫だから! それより紅葉の方を見てみ?」


 緋奈は龍斗に言われるがままに、紅葉の方をむく。

 

「先生、僕は男の子です……。女の子じゃありません」


 紅葉は魂が抜けたようにふらふらと自分の席に歩いていく。


「僕はどうせ女の子に間違われるんですよ……。わかってますから……」


 緋奈は顔を真っ青にしながら慌て始めた。


「えっ……。男の子だったの!? だって、願書の顔写真おんなの……っ!? あっ、性別見るの忘れてた! ごめんなさいぃ!」


 龍斗は慌てている緋奈に追い討ちをかける。


「あぁ、先生やっちまったなぁ。あーなった紅葉は、当分落ち込んだままだぞ。どうすんのあれ?」


 緋奈は涙目になりながら叫ぶ。


「どうしたらいいのよーー」


 朝から賑やかに始まったホームルームは、自然と緊張がほぐれるものだった。

 そんな中、緋奈は涙目のまま始めていく。


「それでは……ぐすんっ。ホームルームを……うぅっ、始めます……うぁーん!」


 紅葉は見兼みかねたのか緋奈の元へと足を運んだ。


「緋奈先生、もう怒っていないので話を進めてください。それと僕は男の子なのでそこだけは覚えといてくださいね」


 緋奈の涙はいつの間にかおさまっており、


「紅葉ちゃん、ほんとにごめんね! 今後、気をつけるね!!」


 と、笑顔になった緋奈に紅葉は、半ば諦めた顔でもう一度言う。


「先生もう一度言います。僕は男の子です。もういいですそれで……」


 紅葉は諦めて自分の席に戻る。

 緋奈は紅葉の気も知らずに無邪気むじゃきな子供のように、握りこぶしをあげた。


「よし、先生がんばるぞぅーー!」


 緋奈は元気になり出席確認を始めた。


「それでは、出席をとりまーすぅ!」


 緋奈はそれぞれに決まって、ちゃん・くん付けをして名前を呼んでいく。

 ある生徒で出席確認がとまる。


天龍寺てんりゅうじ葵莉朱ありすちゃん! あれ、返事がない? 葵莉朱ちゃーん!! むむむっ……。入学式から欠席とは先生を舐めてますね!? 登校してきたら覚えておくといいのです!」


 緋奈は子供みたいことを言うと、葵莉朱を飛ばして他の生徒の名前を呼んでいく。

 そして、最後に呼ばれたのは龍斗だった。


杠葉ゆずりは龍斗りゅうとくん!」


 龍斗の名前が呼ばれた途端、教室内はざわつき始め重たい空気に変わっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る