第一章 銀髪の少年







 ——————————数年後 







 季節はめぐり春がやってきたことを知らせるように、

 薄桃色うすももいろをした桜の花びらが、あたたかい風に吹かれて空へと舞いあがる。


 いろいろな思いを胸いっぱいに抱えて、新たな出会いにワクワクしながら迎える朝。

 そんな中、家中にこの世の終わりといわんばかりの叫び声が響き渡った。


「ちこくだぁぁぁあ!!」


 ボサボサな銀髪に、艶のある黒翡翠くろひすいのような瞳を、大きく見開いた少年がベットから飛び起きる。


 少年は慌ただしくクローゼットをあけると、真新しい服を手に目をキラキラさせながら満面な笑みをうかべた。

 それは黒羽色くろばねいろをした学生服だった。


「待ちに待ったこの日が来たんだ……っ!? って、みとれてる場合じゃないんだよ!」


 少年は自分にツッコミをいれながら、すばやく制服に着替える。

 そして黒い大鎌のピアスを両耳につけると不慣れな手つきでネクタイを結び、みだれた格好のまま部屋をあとにする。

 スクールバッグをもった少年は、階段をドタドタと降りると長い廊下から玄関へと走ってゆく。


「龍斗、朝からうるせーぞ。もっと静かに降りられんのか。だから、あんだけ早く寝ろといったんだ!」


 ふいに、苛立った低い声が龍斗の足を止める。


「うるせーな! そんなこと言うなら起こしてくれてもいいだろ! じいちゃん!!」


 そこには、少年と同じ瞳の色を左眼に、右眼には傷を隠すように眼帯をした銀髪を逆立たせた高年の男性が立っていた。


「何回も起こしたわい。起きなかったろうが! このバカたれが!!」


 龍斗が祖父と口喧嘩をしていると、


「二人とも朝から喧嘩なんかしてないで早く朝ご飯食べちゃいな!」


 二人の言い合いを遮るように、どこか落ち着いた雰囲気の高年の女性が割ってはいってくる。


「ごめん、ばあちゃん! 朝ご飯食べてたらほんとに間に合わないから!!」


 龍斗は祖母にそういうと再び玄関へと走っていく。


「待ちな。龍斗!!」


 声に止められ、振り返った龍斗の目の前に海を連想させるような、

 蒼玉そうぎょくの瞳をしている祖母がなにか言いたそうに佇んでいた。


「なに? ばあちゃん! 俺、今話してる時間っ!? うっ!?」


「なら、黒糖パンでいいから咥えて行け!」


 祖母の声に再び振り返った龍斗は、口の中に黒糖パンを突っ込まれ息苦しそうにその場にしゃがみ込む。


「う……うぅ……っ! ばっ、ばあちゃん、突っ込み方考えてくれ。窒息して死んだらどうすんだよ!!」


 呆れた様子で龍斗を見ていた祖母はため息をつく。


「そんなんで死んでたらあんた何回死んでるんだい?」


 龍斗は口に入っていた黒糖パンを手に、


「それもそうか! ってことは、俺何回死んでるんだ!?」


「そんなこと考えてないで早く行きな! 本当に遅刻しちまうよ!!」


 龍斗は黒糖パンを咥えなおし慌てて玄関に手をかける。


「そうだった! それじゃあ、じいちゃん、ばあちゃん行ってきまーす!!」


「うるせーから帰ってくんな!」


「行ってきな!」


 龍斗の後ろ姿を見守るように、二人は幼き頃の龍斗を重ねた。


「あの人間嫌いで臆病だった小僧がのぅ……」


「そうだねぇ〜、龍斗があの学院に入りたいと言い出した時にはびっくりしたわ」







 ☆★☆★☆★☆★







「やはいって、しょにひからひこくってわはえねーよ!」

(やばいって、初日から遅刻ってわらえねーよ!)


 龍斗は走りながらスマホで時間をみると、咥えていた黒糖パンを一気にのみこむ。


「よし、まだ間に合う」


 そういうと、猛スピードで走り学校へと向かっていく。

 龍斗は息を切らせながら正門をくぐると、同時に予鈴がなった。


「はぁ……はぁ……。良かった! まにあっ……ぐふっ」


 突然、ものすごい勢いで頬を殴られた龍斗。


「痛てぇーな!!」


 龍斗は殴りかえそうと拳をにぎり振り返る。


「このヤロッ! えっ!?」


 そこには森林を思わせるような美しい緑玉りょくぎょくの瞳と、

 背中まで伸びた黒髪に若草色わかくさいろのメッシュがはいった、

 見覚えのある少女がニコニコしながら制服姿で立っていた。


「あ……っ! 葵ねえーちゃん!!」


 龍斗の幼なじみでもあり、姉のような存在でもある少女。

 九条くじょうあおいだった。


「龍ちゃん? あんだけ寝坊しないようにって言ったよねぇ? おねぇーちゃん優しいから言い訳を聞いてあげよう」


 葵に質問された龍斗は、ヘビに睨まれたカエルのようにその場で固まっていた。


(やばい……目が笑ってない)


 ほかの人が聴けばやさしい声だが、龍斗からしてみればものすごく怒ってるようにしか聴こえなかった。


「……。あ……葵ねーちゃん。ご飯食べて、風呂はいって、すぐ寝た……よっ?」


 葵は龍斗の落ち着きのない態度に、笑顔で握りこぶしをつくる。


「龍ちゃん? ほんとのこと言いなさい」


 龍斗は葵に再度質問され、あきらめた様子でピースした指を目元にもっていくと笑顔で応える。


「ほんとは、明け方まで起きてました。 てへっ!」


 ゴツンッと、鈍い音が龍斗の頭部から聴こえてくる。


「……ってーな! 葵ねーちゃん朝から痛てぇーよ! 謝ったじゃんか、そんなんだからいつまでも彼氏の一人もいないんだよ!! あっ……」


 龍斗は言ってはいけないことを口走ってしまい、焦りながら口を手で覆った。

 葵は満面の笑みでポキポキと指を鳴らしながら、一歩また一歩と龍斗に近づいていく。


「龍ちゃん……今なんていった?」


 龍斗は苦笑いしながら後退りしていく。


「あはっ……あははっ……。葵ねーちゃんはとてもお綺麗で、すぐにでも彼氏ができると思います! ですので、ほんとにごめんなさいっ!!」


 葵はひきつった笑顔で握りこぶしを振り上げる。


「龍斗……。覚悟しろ」

「ギャァァアーーーー! ぐふっ……」


 龍斗は逃げきれず、葵のパンチをくらい倒れ込む。

 葵は満足そうな顔で倒れている龍斗の首根っこを掴み、教室へと向かっていく。


 ガサッ……。ガサッ……。


「…………っ」


 二人のやり取りを木の影から眼を血走らせ見ていた女子生徒がいた。

 

「やっと……やっと……見つけた……っ」


怒りと憎しみを混ぜたような顔をした少女は、静かにつぶやいた。






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