第21話 01:00 キャロライン&サンダンス
殺し屋サンダンスはズタボロになった相棒ブッチを背負って、大通りから一本入った通りにある宿屋2階の客室でようやく足を止めた。
やっとまともなベッドを見つけたのだ。
そこにブッチを寝かしてから急いでフロントへと降りて水やタオルや酒など必要になりそうなものをかき集めて再び2階へ上がった。
「おい、ブッチ、起きてるか?」
焼けただれた頬をなんとか動かし、ブッチはああと力なく言った。真っ赤なつなぎ服はあちこちが黒く焼け焦げ、火傷でふくれた皮膚にくっついている。
キルボットに囲まれながらもなんとか善戦していたけれど、スローターハウスに生じた巨大な爆発をなんとかすることはできなかった。
爆風がサンダンスに迫ったとき、ブッチが素早く彼の前に立って炎をひとりで浴びたのだ。
結果サンダンスは身体をあちこち打った程度で済んだが、ブッチは人生二度目の大やけどを負ってしまった。
ブッチのこういった行動はこれが初めてではない。理由はあきらかで、彼の家族はみな殺されてしまったが、サンダンスの家族は生きている。
ふたりで酒を飲んでいるときにブッチは時おり言うのである。
「サンダンスが死んでしまったら家族が泣く。でも俺が死んだところで泣く奴はいない」
そんなことを言って自嘲気味に笑うものだから、サンダンスは決まってこう返すのだ。わざとすかした顔をして「おまえの前にいるじゃねえか」と。
その言葉を聞いてブッチはケロイドで硬くなった顔を少し歪める。たぶん半分恥ずかしがっていて、もう半分は喜んでくれているのだとサンダンスは思った。
ベッドのそばに座り込んで壁に背を預け、黒い頭巾を乱暴に脱いで大きく息を吐いた。とにかく疲れていて、あと頭がだいぶ混乱していた。多くのことが一度に起こり過ぎて整理できない。
ほんの数時間前まではいつもと変わらない日々だった。
ところがオズ博士の依頼を受けたときから物事が急転した。悪い方向に目まぐるしく転がって止めようにも止まらなかった。
女神像を盗みに入ったらそこには彼の娘がいて、その時点でかなり動転していたけれど、ブッチの助けでなんとかオズ博士のもとまで女神像を届けた。
すると今度は見渡す限り一面のキルボットに襲われた。
あのとき死ななかったのはほとんど奇跡に近い。
というかそこでもまたブッチが修羅のごとくキルボットを粉砕しながら助けにきてくれたのだ。
そして爆発のときもブッチは彼の楯となった。
サンダンスは自分が情けなくて涙が出てきた。
「すまんブッチ。本当にすまん」
「……何言ってやがる……俺が勝手にやってんだ」
外で銃声が聞こえた。
サンダンスはゆっくり立ち上がり、窓辺に身体をつけて通りの様子を窺った。眼下の通りには家財道具を積んだ山がいくつかあり、それらの影に街でよく見かけるタイプの無頼漢たちが身を隠していた。
彼らは大通りからきたブリキに向かって罵声を浴びせては発砲を繰り返している。
ブリキは3人、うち2人は大口径のライフルを打ちながら、男たちとの距離を少しずつ縮めている。
最後の1人は2人の背後にいて自分の攻撃するタイミングを見極めるようにおとなしくしている。
男たちは狂ったように銃を乱射するが、偶に当たる弾丸もカンッという金属音とともに跳ね返される。
両者の距離が50mくらいまで接近したとき、2人の後ろに身を潜めていたブリキが前へおどり出てガトリング砲を掃射した。その破壊力は圧倒的で遮蔽物の家財道具は一瞬で木くずになり、それらの後ろに隠れていた男たちも無数の肉片となって地面に散った。
サンダンスはこのままブリキをやり過ごそうと考えていた。
ブリキが通りを制圧したあとは軽装歩兵が家々や細かい路地を制圧する。彼らなら音もなく殺すことができるから、そのあとここを出て馬か軍用車でも手に入れ街を出よう。
そう決め込んで再び床に座ろうとしたときだった。
通りをキャロラインとハネツグが駆けてきたのだ。
ふたりを無頼漢の一味と勘違いしたブリキたちが一斉に発砲する。ハネツグは素早くキャロラインを小脇に抱えて建物の入口にある石階段に飛んだ。あそこなら銃弾を避けることができる。しかしブリキたちの銃弾は階段を徐々に削ってゆく。
迷っている暇はなかった。
いますぐ助けに行かなくては。
ブッチの携えている武器から刀を拝借して窓枠に足を掛けたが、その足を一度下ろすと部屋に向き直って頭巾をかぶった。娘に自分が父であると知られるのは避けたかった。父親が暗殺者だなんて知らない方がいい。
サンダンスは窓から身を乗り出し、屋根伝いに移動してから通りへ音もなく着地した。
彼の前にはブリキの背中が3つ見える。
ブリキを装着しているのは新政府軍でも選りぬきの連中だ。不意打ちでひとりは倒せるとしても、ふたり目は真っ向勝負、3人目を倒すのは望み薄だった。しかもサンダンスは芯まで疲労している。
どこまでできるかな、と半ば他人事のように思いながら、まずはガトリング砲を撃ちまくっているひとりに向かった。
氷上を踏むように慎重に足を運びつつ刀を逆手に握って振り上げる。絶好の間合いに入った瞬間、ヘルメットと弾倉の入ったバックパックとの間に刀を力いっぱい突き刺した。
「ぐあっ!」という断末魔の叫びをあげて、ブリキはガトリング砲を撃ちながら時計回りに振り返ったものだから、右どなりにいたブリキが至近距離で被弾し風船が割れるように弾けて粉々になった。
撃ったほうのブリキもサンダンスと向かい合う前に地面にくずおれた。
これはいい流れだと彼は思った。残りのブリキも片付けようと狙いを定めたとき、すでにブリキの銃口は彼に向いていた。
サンダンスは焦らない。これだけ近い距離なら銃よりも刀のほうが数段有利に働くと知っているから。
彼は素早く左右に跳ねて、撃ち出される銃弾をぎりぎりの距離で回避しつつブリキの眼前まで迫った。
いつものセオリーに従うならば、ここで高く飛びあがりブリキの背後に立って装甲の継ぎ目を突き刺せば終了となる。サンダンスは身体を屈めて跳躍のため足に力を入れた。
しかし力が入らない。彼は自分が認識するよりずっと深刻な疲労を抱えていた。
大事なこの瞬間に腰から力が抜けるように地面に肩膝をついてしまった。視界がガクッと下がり、慌てて前に向き直ったとき、そこにブリキの姿はなかった。
直後、地面を抉るような音がした。
彼が素早く視線を送るとブリキが倒れていて、その上に被さるようにハネツグが抱きついている。
重装機甲歩兵の装備は重量1000キロを超える。
転倒させようとして闇雲に体当たりしてもびくともしないだろう。
しかし不可能というわけでもない。
例えばブリキが攻撃態勢に入るときに生じる僅かな重心のズレを読みとって、充分な加速をつけた上で低い姿勢から突き上げるように体当たりすれば転倒させることは可能である。
まだ駆け出しのコソ泥だった頃に初めてブリキと戦ったとき、サンダンスは即座にその理屈にたどり着いた。
目の前にいる青年もまた自分と同じく、状況から的確な方法を導き出す質なのだと思った。
ただひとつ違うのは、若かりし頃のサンダンスはブリキを転倒させたあと間髪入れずとどめを刺したが、目の前の青年は脳震とうでも起こしたのか、ブリキの上でぐったりしたままである。
重装機甲歩兵は白兵戦には不向きである。ゆえに度々不意を喰らって敵の接触を許すことがある。そのため装甲に接触した者には3000ボルトの電圧がかかる装置が内蔵されている。
サンダンスはハネツグの襟をつかんで力任せに放り投げると、ブリキが動く隙を与えずヘルメットで唯一装甲のない複眼と集音振動板が隠れた細い隙間に刀を刺し込んだ。
つかの間くぐもった悲鳴が聞こえ、ブリキは手足をだらりと放りだして絶命した。
サンダンスは刀を抜いてハネツグに近づいた。ふらついて起きるのもままならない彼に手を貸そうとしたのだ。
「動かないで!」
キャロラインの鋭い声が何を意味しているのか、サンダンスは一瞬わからなかった。
彼が介抱に向かっているからハネツグにそのまま寝ていろという意味だとさえ思った。
しかし彼女がサンダンスに銃を向けていることや、彼の握る刀が滴る血で禍々しく光っている状況から判断すると、サンダンスが危害を加える目的でハネツグに近づいているとキャロラインの目には映ったらしい。
サンダンスは刀を捨て、恭順を示すよう両手を軽く上げながらハネツグから離れた。そのまま歩いてキャロラインと一定の距離を保ちつつすれ違った。
「あなた、誰?」
「その銃どこで手に入れたの?」
震える声で訊くがサンダンスは答えない。
顔を覆う頭巾の下から大きくなった娘を見て不意に感じ入ってしまい、湧いた涙を見られまいと目を逸らした。
娘の視線を背中に受けながらどんどん歩いてゆく。
全く様にならない銃の構え方のままキャロラインは語りかける。
「私、父さんを捜しているの」
サンダンスは答えず歩きつづける。
「父さんみたいな有名な悪者になりたいから」
驚きのあまり足が止まった。
自分みたいになりたいだって!?
どんなに名を馳せようと、ゆらい悪人は非命が通り相場である。
こんな世界に足をつっこんでは駄目だとキャロラインに釘を打っておかねばならない。
サンダンスは意を決してキャロラインと向き合った。
そのとき、新政府軍が放った照明弾が作動し周囲を眩しく照らした。光の中で見えた景色にサンダンスは戦慄した。そしてホルスターから銃を抜いた。
キャロラインは腰が抜けるほど動転した。父親かもしれないと思っていた男が自分に銃を向けたのだ。
もう何が何やらわからず、ひたすらびっくりして、目だってぎゅっと閉じてしまい引き金を引いたのも無意識だった。
キャロラインは自分の銃から控えめな発砲音が聞こえるより僅かに早く、眼前の男の銃から同様の発砲音を聞いた。
一瞬後、彼女の背後で重い物が落ちたような音がして、反射的に目を開けた。
すると彼女と向き合っていた黒装束の男が腹部に手をあてて倒れていた。
次に背後を振り返ると、酷く身体を火傷した男が同じく腹部を押さえた状態で蹲っていた。
男のかたわらには使い込まれたナイフが転がっている。
そこまで見て一挙にキャロラインは状況を理解した。黒装束の男は彼女を撃つために銃を構えたのではない。
この男を撃つために、つまり彼女を守るために銃を抜いたのだ。
サンダンスは腹部に焼けるような熱さを感じながら、照明弾で真っ白になっている空を見ていた。
あの瞬間、彼が目にしたのは、悲しいくらい屁っ放り腰で銃を構える娘と、彼女の頭上数メートルの空中を落下しながらナイフを振り上げ、今まさに彼女を刺し殺そうとする相棒ブッチの姿だった。
通りの喧噪で目覚めたブッチは2階の窓から眼下を眺め、相棒サンダンスに銃を向けているキャロラインに気づいた。
ブッチはサンダンスとキャロラインが親子だとは知らない。
だから彼は今までしてきたように、今回もサンダンスを助けようと、怪我と火傷にまみれた身体に鞭打って窓から飛んだ。
サンダンスは瞬時に選択しなければならなかった。
このまま何もしなければ娘のキャロラインは相棒ブッチに刺し殺される。しかしキャロラインを助けようとすればブッチを撃たなければならない。
頭よりも先に身体が動き、気づけばブッチを撃っていた。ほぼ同時に、娘の撃った弾丸がサンダンスの腹部を貫いた。
サンダンスは遅まきながら自分とブッチ、ふたりを縛る呪いの存在を思い出していた。
かつて死神と呼ばれた頭目がふたりにかけた呪い。それは一方が他方を傷つけた場合、傷つけた方も運命的に全く同じ傷を負うというものだ。
キャロラインは震える身体でサンダンスを見ていた。ふと両手に構えた銃に目を落として不気味な生き物でも握っていたかのように慌てて捨てたあと、恐る恐るサンダンスに歩み寄る。
「……ねえ」おっかなびっくり彼の顔を覗き込んだ。
「頭巾、とってくれ」
小さくて早い呼吸の合間にサンダンスが呟いた。
キャロラインは彼のかたわらに膝をついて言われた通り頭巾を脱がせた。そして現れた男の顔が、家にある昔の写真で見た若い頃の父親とゆっくり二重写しになり、違和感なく重なった。
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