第20話 00:00 イソルダ曹長&オウ曹長
マジョリカは対物ライフルの上で腰をかがめ大通りを南に爆走していた。
背後からミラニウム爆発の衝撃波が怒涛の勢いで迫ってくる。
誰かが彼女の名前を呼んだ気がした。
ふっと広がった視界に入ってきたのはアレン大佐の姿だった。
彼は大通りに面した建物の扉から顔を出し彼女に向かって手を振っている。銃口を上に向けて急停止したとき、大佐は彼女の腰に手を回して抱き寄せるように思いっきり部屋のなかへ飛んだ。
手ひどく床に叩きつけられて流線形のヘルメットが頭からすっぽり抜けた。文句を言おうとした彼女の上に大佐が身体を乗せた丁度そのとき、衝撃波が建物を襲った。
壁も床も空気もすべてが激しく振動した。小ぶりな照明の鎖が切れて壁に衝突し、食器棚は皿やグラスを吐き出しながら天井まで浮いたあと派手な音を立てて床に倒れた。
唐突に振動も爆風もぴたりと止み周囲がひどく静かに感じられた。
アレン大佐はゆっくり身を起こし身体の埃を掃った。
ふとマジョリカを見ると彼女は仰向けに倒れたまま彼に手を伸ばしていた。一瞬意味が分からないといった顔をしたアレン大佐だったが、すぐにはいはいと言いながら彼女の手を握って助け起こした。
部屋にいるのはふたりだけではなかった。ワイルドギースの隊員たちが大爆発を回避するため床に蹲っていた。みな手傷と戦塵にまみれ、怪我人も多く、数は当初の半分もいない。
「随分と寂しくなってしまいましたね」
「これで全員じゃない、オウの部隊は別ルートであなたの店に向かっている」
一行は大通りへと出た。
あれだけ賑わっていた大通りが、今や人ひとりおらず、破壊された建物群の寂しい外観も相まって、大陸で時おり目にするゴーストタウンの風情であった。
「人造人間の攻撃で部隊は大混乱に陥った。そこへ追い打ちをかけるようにあの爆発があって、もう惨憺たる敗走だった」
そのおかげでキルボットがスローターハウスにある在庫共々破壊されたのだからよかったのではとマジョリカは思ったが、それを口にしてはいけないことも分かっていた。アレン大佐は敵にどれだけ損害を与えたかより、味方の損害をどれだけ少なくできたかで戦果を測る人だと承知しているから。
「マジョリカは博学だから、知っているなら教えてほしい。あの大爆発は何だったんだ?」
憎々しげにアレン大佐が訊いた。
「最終戦争のときに救世軍が開発した対人造人間用兵器です」
「そんなもん後生大事に持っているやつが今でもいたのか」
「ええ、そのようですね」
マジョリカは振り返って隊員たちを見回した。
「キャロラインはどうしました?」
「途中まで一緒にいたんだが、殺し屋たちを見つけたとたん、すごい形相で追いかけて行った。なんだろう、あいつに親でも殺されたんじゃないか? 彼氏の方も彼女を追いかけて行ってしまった」
「そうですか」と何か考えるように俯いたあと、
「思えばキャロラインが盗人街にエナジーコアをもたらしたときからすべてが始まったように感じます。
わたくしがあれを購入したことをメイドが人造人間に吹きこみ、人造人間は屠殺人や殺し屋たちを使って奪取した。そしてスローターハウスから満を持して登場したところを、狙いすましたように対人造人間用の兵器で撃たれた」
「まさか、それ全部が仕組まれたものだっていうのか? 一体何のために? 人造人間を倒すためか?」
「いいえ違います。人造人間を倒すだけなら盗人街の3つの勢力を互いに戦わせる必要なんてありません。エナジーコアをスローターハウスに放り投げて、奴が調子に乗って地上に出てくるのを待っていればいいのです」
「じゃあ、本当の目的は何だってんだ?」
答えようとしたマジョリカはふと何かに気づいたように空を見上げた。ワイルドギースの隊員たちも、疑問したアレン大佐さえも同様だった。
彼らの視線を釘付けにしたもの。
それは南の方角、夜空と建物群の境界から高みに向かって登ってゆく無数の白い光りであった。
最初、それは流れ星の大群か、あるいはロマンチックなアレン大佐の表現を借りるなら、遅刻した星々が慌てて配置につこうとしているように見えた。
しかし長年の傭兵経験は即座に否定して現実的な判断を下す。
あの輝きと形状は明らかに新政府軍の照明弾である。
「ああ、なんてこと!」マジョリカは血相を変えた。
「なんで新政府軍がこんなに接近しているの!? ガンシップが哨戒しているはずなのに」イソルダ曹長が困惑気味に呟く。
「あれは首都に行っている。ここにはない」
「こういうときに役立つ屠殺人もわたくしたちが殺してしまいました。ワイルドギースだってこの有様では新政府軍に応戦するのは困難です。もしかしたら、すべては新政府軍が盗人街へ侵攻するための布石だったのかもしれません」
「いや、さすがにそれは深読みしすぎだ」とは言いきれない。
「たしかに、でもだとすると、わたくしたちは新政府軍が盗人街を占領しやすくするため互いの力を削り合うという、とんでもなく不毛な争いをしていたことになります」
「とにかく今は盗人街から脱出することを考えよう」
大佐はマジョリカに説得するような口調で言ったあと部下たちを見て「マジョリカの店まで一気に走るぞ」と指示した。
みなが大通りを南に向かうなか、マジョリカだけは踵を返して北へ歩きはじめた。
「マジョリカも逃げるんじゃないのか?」
「逃げますよ。でもその前にやらなければいけないことがあります」
「エナジーコアか? これからスローターハウスに行くのか?」
マジョリカは黙ったまま対物ライフルを宙に浮かせてその上に颯爽と立った。
エナジーコアに入れあげてからマジョリカはおかしくなった。商人としての利も理も失い、いつもの貫録にほつれがでてきた。
もっとも象徴的だったのは人目も憚らず涙を見せたことだ。そんなこと今まで一度もなかった。
というかマジョリカが泣くなんて想像すらしたことなかった。
エナジーコア、あれは厄介の種だ。そうアレン大佐は思った。
「マジョリカ、お願いだからエナジーコアは諦めて、俺たちと一緒に逃げてくれ」
「わたくしはしばらく単独で行動します。すべて終わったらママエフの丘で合流しましょう。明け方までには到着します」
上昇するマジョリカをアレン大佐が追いかけようとしたとき「大佐!」とイソルダ曹長に声をかけられ同時に腕を掴まれた。
思わず振り向くと彼女はたまらなく不安そうな顔で大佐を見上げていて、そこでやっと大佐はワイルドギースを避難させるという、司令官として真っ先にしなければならない役目を思い出した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
マジョリカは大通りを北に向かって全速で飛んだ。
途中、照明弾がさく裂して激しい光りが降り注いだ。おかげで粉塵が視界を塞いでいる状況でも立坑を容易に探し当てることができた。
今まで厳重な警備があったため入ることができなかったスローターハウスに彼女は迷わず入って行った。
対物ライフルに立ったまま高度を下げて闇の奥へと降りてゆく。
黒いライダースーツは立坑の闇と同化して外目からだと彼女の白い顔と下から吹き上げる風で扇状に広がる金髪だけが闇に浮かんでいるように見える。
やがて最下層に到達した。
床には水が溜まっているため対物ライフルから降りず、周囲に発光する蝶を数匹放って視界を確保すると周囲を捜索した。
前方に小さな光りを発見した。光のもとへとゆっくりライフルを進め、見えたのは水辺に半ば沈んだ状態で顔を上げている人造人間と、そばに立つメイドの姿だった。
マジョリカは対物ライフルの照準をメイドに合わせてすぐに発砲し、途端に彼女の身体は吹き飛んで闇に消えた。
そんな彼女を一瞬だけ目で追った人造人間がすぐ射手のマジョリカを見つけたとき、すでに彼女は人造人間の前にいてライフルから床に着地した。水しぶきが跳ねて人造人間の顔にパシャリとあたる。
「ついさっきまでいっぱしの神さまを気取っていたのに、見るも哀れな姿になってしまいましたね。もう死んでおしまいなさいよ」
「ミラニウム弾の攻撃さえなかったら、きさまを殺すことができたのだ」
人造人間は恨みがましい目でマジョリカを見上げた。
「それは否定しません。たしかにあのときは危なかった」
「すべては新政府軍の仕業だろう。とはいえ、きさまが新政府と謀し合わせていたとは考えにくい」
「当たり前です。たったいま新政府軍が街に侵攻を始めました。やつらは街を占拠してわたくしの店にある財産も没収してしまうでしょう」
「だとしたら、どうしてこうなった? 危ういながらも均衡を保っていた盗人街の平穏があっという間に崩れ、しかもそれを奇貨として新政府軍が攻撃を開始した。そんな事、確率的に考えたって……」
マジョリカは苛立つように「おだまり!」と言い放った。
「駄弁はけっこう。今のわたくしにはそれ…」
彼女は人造人間の胸元の青い光りを見つめる。
「そこにあるエナジーコアを返してもらえば、わたくしは満足です」
マジョリカは腰に差したスピアを引き抜いて迷うことなく人造人間に振り下ろした。
悲鳴と共に彼の胸元がぱっくり開き、エナジーコアの青い光りがより強烈に周囲を照らした。
「きさま商人だろう! まっとうな商売をすると自らに呪いをかけたのだろう! いつ強盗になり下がったんだ!」
「強盗などではありません。奪われた物を取り返すのだから」
マジョリカはスピアを鞘に納め、手を伸ばして傷口を広げた。
「それを取るな! 自分にかけた呪いで死ぬことになるぞ!」
「わたくしは商人を止めることにしましたの。エナジーコアで国を興すのです」
マジョリカがエナジーコアを握ったとき、人造人間は一際おおきな声で叫んだ。
「そのエナジーコアは盗品だ!」
彼女の手がぴたりと止まった。
盗人街はその名のとおり盗人の街である。彼らがマジョリカの店に持ち込む商品は大概がまっとうなルートを経たものではない。盗んだ物や強奪した物が多い。
もし商品が盗品であると知ったなら買取りを拒否するべきだし、買い取った後に盗品であると知ったら、売り主に返還した上で代金を返してもらうのが商人のあるべき姿である。
マジョリカの店で商品を売ろうとする者たちはその商品が盗品であるなどとは告げないし、店としても訊こうとしない。
それでいいのである。
盗品であると知らなければ所持している者が所有者であるとの推定に基づいて取引してもなんら問題はない。
つまりマジョリカは、敢えて訊かず故に知らずを通すことで商売をしてきたのだ。
しかしたった今、状況が変わった。マジョリカはエナジーコアが盗品であると告げられてしまった。
「嘘です! あなたは大嘘つき!」
「このエナジーコアは女神の形を模している。旧政府が格別の働きをした聖職者に献上した品だ。聖職者に物を所有する権利はないから所属する教会が所有者となる。教会の物は神の物だ。だから誰も売ることはできない。きさまの店にエナジーコアを持ち込んだ娘は教会からこれを盗んだのだ」
「その口を閉じなさい!」
マジョリカはエナジーコアを掴んで思いきり引っ張った。
青い光りを放つ女神像にはたくさんの血管が張り付いていて、それらは束となって引っぱり戻そうとする。
「きさまはまっとうな商売をすると金貨に誓ったはずだ。裏切ったら金貨に殺される」
「わたくしは店をたたみます!」
「商売やめても呪いがとけるわけじゃない!」
「自分の呪いに殺される?! 金貨に殺される?! そんなものに殺されるわたくしではありません」
そう言っている間も血管は次々と切れてゆく。
マジョリカは躊躇わずエナジーコアを引っ張り続け、それでも離そうとしない血管をスピアで切断した。
途端に人造人間は力を失い床に溜まった水に仰向けに倒れた。
とうとう手に戻ったとマジョリカは安堵の笑みを浮かべてエナジーコアを見た。
周囲に未練がましく貼りついていた血管たちもすぐ灰になってさらさらと落ちて行った。
「さよなら学者さん、あなたのこと嫌いじゃなかったですよ」
マジョリカが対物ライフルに飛び乗って反転したとき、上空の闇に無数の小さな光りを見た。
気づくとその光りたち彼女の頭上すべてを覆いつくしている。
やがて光のひとつから聞き慣れた鳴き声が耳に届いた。
コッコココッコ……コケコッコー、
ようやく復旧した人造人間の遠隔操作に導かれ、マジョリカの前に現れたのは、豚爆弾、牛鉄球の流れを汲む、「三大家畜系どうかしてる武器」の三つ目「飛ぶ
はっとして人造人間に視線を投げると彼は水辺から上体をあげていた。
その顔には皮膚が再生しはじめ、瞼もできあがっている。
エナジーコアを取り除いたのになぜ死なず、あまつさえ再生まで続けているのか。そして彼女は思い出した。
屠殺人が取り込んでいた小さなエナジーコアはどこにいったのか? 人造人間はその疑問に答えるように自分のこめかみを指で軽くつついた。
「あなた、頭蓋の中に……」
マジョリカは対物ライフルを人造人間の頭に向けるが、すかさず鶏たちが舞い降りてマジョリカを襲った。彼女も即座に反応してスピアで鶏を次々と斬ってゆく。
しかし数がはんぱではない。堪らずライフルにしがみついて地上へと一気に加速した。
人造人間は水面に身体を横たえて鶏の遠隔操作に専念した。
身体の再生に遅れが生じてしまうが仕方ない。ここでマジョリカを逃したら永遠に純正のエナジーコアを手に入れることができない気がした。とにかく今は鶏を使って彼女を追いかけるしかない。
運よく彼女を倒せればそれでよし。そうでなくても彼女を追跡することはできる。
自分の身体が浮遊可能な程度に回復すれば鶏の後を追ってマジョリカと対決する。
そのときこそ彼女を倒す。
小さいとはいえ今の彼はエナジーコアを装着しているから、身体が完治すれば勝つのはそう難しい事ではないと人造人間は判断していた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ワイルドギースはマジョリカの店へ急いだ。
キルボットの攻撃がなくなったため背後を気にする必要はないが、生き残っている隊員は大半が負傷していて、歩けず担架に寝かされている者や銃を杖にしてのろのろ進む者もいるため素早く移動することはできない。
アレン大佐は先頭に立って順路を示しながら、隊列が間延びしないように気を配った。あらゆる物を一掃して無人となった大通りとは違い、店に向かう細い辻々には街から逃げようと家財一切を抱えて右往左往している人々が溢れていた。
みんな大佐を発見するとすがるように駆け寄ってきた。
「どうした! 早く盗人街から逃げろ、新政府軍がやってくるぞ!」
「どの門に行っても新政府の兵隊が張りついていて、街へ戻れって言うんだ。無視して近づいた奴は撃たれるか逮捕された」
すでに囲まれているということか。
「どんななりだ?」大佐を取り巻く人々は声を揃えて「ブリキ!」と叫び、彼らを押しのけるようにひとりが大佐に詰め寄り「でっかい四つ足もいた!」
ブリキとは強化外骨格で身体を包んだ重装機甲歩兵を指し、四つ足とは全地形型機動兵器「エレファント」のことだろう。エレファントがいるとなると、敵は旅団規模の軍隊だ。
そうこうしている間に、上空に射出された無数の照明弾が10000mの高高度に達し、時限発火装置が作動して爆発的な光を下界に放射した。
盗人街の夜闇はあっという間に消え去り、真昼同然に明るくなった。
南門の方角から単発的な銃声が発生して、人々の中から悲鳴や泣き声がちらほら聞こえはじめた。
「みんな、魔女の店に行こう。あそこなら防御が硬いし移動車両も用意してある」
アレン大佐は部下たちに怪我人や年寄りに手を貸すよう指示して、自らも親とはぐれて泣く子供ふたりを両脇に抱え再び移動を始めた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
盗人街の正門と称される南門の周囲には、第10重装機甲歩兵旅団の先発隊が即席の堡塁を構築していた。
さしたる反抗もなくそれらを完成させると、巨大なアーチを潜って本隊が大通りに足を踏み入れた。
大通りの真ん中を地響きあげて歩くのは全地形型歩行兵器エレファント。重装機甲歩兵旅団が侵攻の要とするこの兵器は、いわば移動する特火点である。
敵陣に錐のように深く攻め込む火力と防御力を有しており、高さ30mの四つの脚は超硬合金の上から耐火タングステンが何重にも巻かれ、砲弾の直撃を避けるため円柱形になっている。
それらの脚が支える躯体は縦長で側面に銃眼、上部中央にあるキューポラには重機関銃を構えた軽装歩兵が常に上からの敵に目を光らせている。
躯体の前方上部には100mm砲を搭載した砲塔が設置されており、この砲塔は躯体からやや前にせり出していて、前方であれば俯角射撃で至近距離にいる地上の敵も砲撃することが可能となっている。
エレファントの移動の合わせながら大通りの両側面を一列になって行進するのは通称ブリキと言われる重装機甲歩兵である。
彼らは重装機甲歩兵旅団の中心的な存在であり、旧時代中期の甲冑にも似た重金属の強化外骨格は対人武器程度なら容易く弾き返す。
また、身体機能を向上させる伝導補助機能を搭載しており、通常なら重すぎて据え置きで使うガトリング砲さえも単独で携帯することができる。
エレファントの砲塔てっぺんに設置されたメガホンから牧歌的な音楽と共に若い女性のアナウンスが流れはじめた。
―本日只今より、この街は新政府の管理下に置かれます―
―武器を捨てて両手を上げ、建物から出てください―
―兵から指示があった場合は、素直に従ってください―
大通りをゆくブリキたちは脇道を発見すると3名1組になってその道に折れてゆく。
―あなたには戸籍が交付されます―
―あなたには権利能力が認められます―
アナウンスに従って家々から大人しく出てきた人々は、ブリキのあとからやってきた軽装歩兵に銃をつきつけられ、堡塁のある南門へと引っ立てられる。
―あなたには新政府に忠誠を誓う義務が生じます―
―その他、納税の義務、従軍の義務、勤労の義務、密告の義務、喜捨の義務など、新政府再教育プログラムに規定する様々な義務が生じます―
盗人街という通称からも分かるとおり、この街は存在自体が違法である。
新政府に反発する無法者たちの牙城であり、あらゆる義務を放棄した欲望自然主義者たちの吹き溜まりである。
ゆえに自発的に投降する者など極わずかで、ほとんどが武器を手に家々の窓や通りの角から新政府軍を発見するなり問答無用で攻撃をはじめる。
第10重装機甲歩兵旅団もそれは充分承知しているおり、とりあえず人を発見したとき、それが明らかに投降者であると判断できる場合以外は容赦なく発砲する。
エレファントは大通りを北に進みつづける。ブリキと軽装歩兵は木の枝のように東西に広がり、徐々に戦火は盗人街全体に広がっていった。
アレン大佐たちがマジョリカの店の前まで来ると、通りにいる新政府軍の軽装歩兵たちが店に乗り込もうとして、一足早く店に戻っていたオウ曹長の部隊と激しい銃撃戦を繰り広げていた。
店の屋上から状況を見ていたオウ曹長がアレン大佐たちに気づいて、部下に号令を出すと一斉に援護射撃を行った。
怯んだ敵が攻撃をとめた隙にアレン大佐たちは数人ひとかたまりとなって店の中に入ってゆく。
ワイルドギースは街で抵抗している輩とは統率力や火力の面で数段上だから軽装歩兵ばかりではおいそれとは近づけない。
しかし遅れてやってきたブリキが臨場した途端、状況は一変した。ブリキのガトリング砲がけたたましい音と共にレーザーのような光りを放射して、店に入ろうとしていた人々は原形をとどめないほどに粉砕された。
来ることは分かっていたが、あと数分待ってくれればとオウ曹長は顎に手を当てて小さくため息をはいた。
彼は地面に並べた銃火器を吟味したあと、対戦車ロケットを手に取った。これでブリキを倒せるとは思えないが、やるだけやってみよう。
擲弾を装填してさっそく構え、ブリキに向けて発射した。
ブリキは擲弾が胸元に直撃した衝撃で背後に倒れ、斜め上に跳ね返った擲弾がレンガ造りの建物の壁に当たって爆発した。粉塵をまき散らしながら瓦礫が大量に降ってきて、堪らず新政府軍は後退した。
その隙にアレン大佐と残りの人々は店に向かって走り、なんとか事務所区画に到達することができた。
廊下を進むアレン大佐にオウ曹長の部下たちが合流して状況を説明した。オウ曹長は大佐と同じく逃げ場を失った人たちを連れて店に入り、大佐の指示で用意しておいた運送車両に乗せた。
あとは大佐とイソルダ曹長の部隊が戻ってくるのを待つだけだが、人造人間の稲妻で通信機器が破壊されふたりの状況がつかめず、隊員を偵察に出そうとした矢先に新政府軍が現れたという。
アレン大佐は部下や非戦闘員を車両に乗せるようイソルダ曹長に指示してから屋上に向かった。
梯子を上って屋上に立つと、ちょうどオウ曹長が屋上にいた部下たちを集めて店に戻ろうとしていたところだった。
「心配したぞ」オウ曹長は大佐の両肩に力強く手を置いた。
「必要な物は全部車両に積んである。街を出るには東門がいい。南は硬いし、西は大通りを横切らなければならない。北は遠すぎで論外だ」イソルダ曹長も屋上に上がり、ふたりに駆け寄った。
「早く車庫に行きましょう。搭乗はあらかた終えました」
眼下の通りから敵のかけ声が聞こえ、徐々に店へと近づいて来るのが分かる。店内に戻ろうとしたとき、アレン大佐は複数の照明弾で明るく照らされた空の下、長い金髪を後ろになびかせて飛ぶマジョリカを見つけた。
彼女も大佐に気づき、ライフルの銃身をこちらに向けて接近してくる。どういうわけか彼女は背後に鳥の大群を引き連れていた。
何の魔法かと思っていると彼女は大佐に向かって手をのばした。
「手伝ってくだい!」
追われていると分かり、アレン大佐も走ってマジョリカの手を握ろうとした。
そのとき耳元で何かが飛来する音が聞こえたかと思うと、耳をつんざく爆音が広がり大佐は反射的に身を屈めた。
すぐに顔を上げて見えたのは通りの枝道からこちらを窺っているエレファントの砲塔だった。
店前の通りに前脚を踏み出し100mmの砲身を不気味に動かしている。
同時に大佐はイソルダ曹長の悲鳴を聞いた。
素早く視線を走らせると彼女の身体は爆風で宙を舞っていた。放っておいたら緩い弧を描く天井から転げ落ちることは確実だった。
イソルダ曹長は大佐を見ながら助けを求めるように手をのばした。大佐は身体すべてを使って跳躍し、彼女の手を掴んだ。
直後、大佐の頭上をマジョリカの手が通りすぎた。
マジョリカは高度を一気に下げてエレファントの股の間を潜ってから急上昇した。あとを追う鶏たちはエレファントの脚に次々と衝突した。
それだけならビクともしないエレファントだが、急上昇した大群の一部が最も装甲の薄い低面に特攻してきたのは致命的だった。
なんとか鶏から逃げようとするエレファントだったが、元から速度の出ない機体であるうえ、狭い道では充分な回避行動もとれない。
連続して嘴を突き立てる鶏たちはすぐに装甲を突き破って内部へ侵入した。数秒後、起動部から火災が発生し、擲弾が誘爆して空気を震わす爆音とともにエレファントの頭部砲塔が真上に飛び、エレファントは四肢を崩しながら地面に倒れた。
屋上から事務所区画に戻り、バンカー裏手にある車庫を目指すアレン大佐たちだったが、すでに事務所に侵入していたブリキたちのガトリング砲に晒され隊員たちが次々と倒れてゆく。
きれいに配置されていた衝立は粉々になり、机も椅子も棚も無残にひしゃげ、あたりは硝煙で充満している。
霧のような景色の中をブリキのシルエットがゆっくりと大佐たちの方へ近づいてくるのが見えた。
「相手をしても死ぬだけだ。こうなったら全力で車庫に逃げるしかない」
運よく車庫までたどり着けたとしても、乗車して店から逃げ出す前にブリキたちに追いつかれる可能性が高いが、そうするより他に道はない。
みんな急いで走り出すなか、オウ曹長はアレン大佐の叫びも耳に入っていない様子でその場に立ち尽くしていた。
「オウ、何やってんだ!?」
アレン大佐はオウ曹長の肩を殴るように叩いて彼の正面に回った。
そして驚きのあまり一歩退いた。
どうした事かこの巨漢、感極まって落涙しているのである。
「やっと訪れた! どれほど待ったかこの瞬間をっ!」
オウ曹長が幼少期を過ごした街は新政府軍によって破壊された。
街の指導者だった彼の両親はひとりでも多くの住民を逃がすべく退路を進む群衆の最後尾にいた。
ブリキたちが背後に迫り、もはやこれまでと誰もが思ったとき、ふたりは幼い曹長を親類に託して踵を返し、ブリキ集団の正面に立った。
ここで彼らを足止めして住民たちが逃げる時間を確保しようと考えたのだ。
そのための技をふたりは備えていた。
武器は自身の身体のみ。姿勢を正し両の拳を腰にあて、足を肩幅より大きめに開いて内股に力を込めるように少し膝を曲げる。多彩な足技を駆使した一撃必殺の武術、テコンドーである。
ふたりは同時に右足をすっと前に出して踵を浮かせた。右手を手刀に変えて軽く伸ばすと手のひらを上に向け手招きするように指を何度か曲げる。
そして目前に達したブリキたちに優しく言った。
「お相手しましょう」
街は完全に破壊されたが住民たちは脱出に成功した。
犠牲者はたったのふたり。
あれから長い月日が流れたが、親類の肩越しに見た両親の背中をオウ曹長はひと時も忘れたことはなかった。
あの背中には両親が彼に教えたかった最も重要なことが書いてあるように思えた。
それはつまり、己が生とは他者の生に供されるものであり、死もまた然りであると。
「大佐、ここは俺が食い止める」
「なに言ってる! 銃が利かないんだぞ!」
「そんなもん要らねえ」と、オウ曹長は銃をぞんざいに放った。
アレン大佐は意味がわからない。
こうなったら強引にでも連れて行こうとオウ曹長の服を強く握ったが、彼はそんな大佐の手をやさしく握り返した。
肩透かしを食った格好の大佐が曹長を見上げると彼の目は驚くほどに澄んでいた。
「おまえ、本気なのか?」
正気の沙汰でないのはオウ曹長だって百も承知している。
しかし、やらずにはいられないのだ。
「さあ、行ってくれ。すべての車両が店を出るまでは踏ん張って見せる」
オウ曹長は静かだけれど強固な声で言った。
「どうして死に急ぐ?」
「たんなる気まぐれさ」
それが嘘であることはアレン大佐にも容易に理解できた。
オウ曹長はまるでそうする事が運命であり、彼もまたそれを受け入れているような雰囲気を纏っていたのだ。
もはや彼を翻意させることは不可能と判断して、大佐は彼に背を向けた。
「いいか、死ぬな」
到底無理な最期の命令を言い置いてアレン大佐は車庫に走った。
そんな彼を目で追いながらオウ曹長はニッコリほほ笑み「生きろよ、若者」と小さく呟いた。
ブリキが3名、オウ曹長の前まで歩み出た。彼らは武器を持たないオウ曹長を投降者と判断したのか、銃口を下ろしている。
曹長は堂々たる魁偉を誇るように背筋をのばし、右足を前に出すと踵をあげた。そして右手をブリキたちの方へとのばした。
彼の動作に戦意を感じたブリキたちは再び銃口をあげるが、彼は動じることなく手のひらを上にむけ、指をクイクイと数回曲げてから言った。
「お相手しましょう」
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